矢野経済研究所 ICT・金融ユニット

アナリストオピニオン
2011.07.13

急伸する新興携帯電話メーカー

携帯電話の世界市場動向

2010年全世界の移動体通信端末の出荷台数実績は13億2,983万台だった。スマートフォンの出荷台数増加によりメーカーシェアにも大きな変動が生じ、新興メーカーが急成長を遂げる一方、(韓)サムスン電子をはじめとする大手メーカーが(米)GoogleのAndroidOSを搭載したスマートフォンを導入し、激しい販売競争を繰り広げている。

一方でこれまで携帯電話市場の底辺を支えてきたローエンド市場にも大きな動きが見られ、中国、インドなどのアジア圏を中心に新興メーカーが急速に台頭した。
ローエンド市場では新興国・途上国を対象にした超低価格機が導入され、Nokiaがブランド力と販売力を背景にシェアを拡大させてきた。近年では欧米で成功を収めたサムスン電子、LG電子も更なるシェア拡大を目指し、ローエンド市場に参入した。さらに、(中)華為技術(Huawei)やZTE(中興通迅)が通信事業者向けOEM供給でシェアを拡大させ、中堅メーカーとして足場を固めつつある。そしてここ1~2年、中国・インドなどの民族資本による新興メーカーが急速に勢力を拡大させて注目を集めている。具体的には中国(香港系)のG‘FIVE(基伍国際)、K-TOUCH(天語)、インドのMicroMAX、RageMobileなどである。これらのメーカーは商社、販売代理店、ベンチャーなど企業の成り立ちは様々であるが、製品開発のベースとなったのは山賽機(ノーブランド携帯電話)である。山賽機は2000年代中期より台湾のファブレス半導体メーカーMediaTek社が開発したGSM携帯電話チップセットをベースに携帯電話が製造され、ピーク時には年間1億5,000万台の山賽機が流通したとされる。山賽機メーカーは政府機関に法人登録(製造認可)を得ずに無許可で製品を製造販売していたが、現在は取り締まりによって減少傾向にあり、それらの一部が正式に認可を得て端末メーカーとして再出発したとされる。

新興メーカーのビジネス展開のスピードは凄まじいものがあり、中国、インド、ASEAN諸国などのアジア圏を手始めに、既に中南米、中近東、アフリカ諸国にも進出している。中でも2008年に設立されたG‘FIVEの出荷実績は2009年には僅か277万台だったが、2010年には2000万台を越える出荷を記録し、携帯電話の世界シェアのベスト10に食い込む勢いである。

新興携帯電話メーカー成功の秘密

1:現地ニーズへの対応
新興メーカーが急成長した要因として現地のニーズに即した商品企画が挙げられる。例えばインドでは大手事業者を筆頭に傘下を含めて数十もの携帯電話事業者が存在するが、多種多様な料金体系が存在し、ユーザーは複数の事業者を使い分けることで、料金の低廉化を図っている。端末に複数のSIMカードスロットを装備することで、使い勝手の向上を図ったものだが、新興メーカーが初めて採用して市場で支持され、その後大手メーカーが追随した機能である。
2:半導体市場の成熟化
MediaTekの低価格チップセットを一言で言い表すなら「パソコンのベアボーンキット」である。マザーボード、CPU、メモリ、無線用ベースバンド、アンテナに加え、OSがセットされ、端末メーカーは筐体、キーボード、ディスプレイを組み合わせれば端末を仕立て上げることが可能である。同社はDVDプレーヤーなどでも同様の手法を導入し、中国市場で大手メーカーのDVDプレーヤーを駆逐している。
一方で、世界的な半導体技術の進歩と低価格化により、端末メーカーが容易に部材を調達することが可能となったため、K-TOUCHのように低価格を実現しながら大画面ディスプレイや高画素カメラを搭載した携帯電話の開発を可能とした点も留意しておくべきである。

携帯電話メーカーのビジネスモデル

1:商品企画
新興メーカーの商品企画に共通する特徴として 1.商品化スピードの早さ 2.少数ロット 3.モデル数の多さ が挙げられ、最終的にはコスト競争力の確保に結びついている。ベースが山賽機メーカーであったことから商品の開発スピードは1機種あたり50日前後と言われ、筐体デザインと一部のGUI、パッケージなどほんの一部とされる。即ち採用されている内部部品はチップセットを含め基本的に共通化することで徹底したコストダウンを進めている。
2:開発製造
山賽機メーカーは取り締まりにより経営が立ち行かなくなる中、頭角を現したメーカーはそれらを取り込む事で傘下に複数の下請けメーカーを抱え込み、同時に複数のプロジェクトを進行させることで、大量の新製品投入を実現している。また、ビジネス規模の拡大により次第に大手EMS、ODM企業からも注目されるようになった。その結果、品質などの面においても大手メーカーと遜色のないレベルを確保した企業も存在する。
3:流通政策
新興メーカーは徹底したローコストオペレーションを行なっている。1カ国あたりの現地駐在員は数名といわれ、少人数で運営されている。1機種あたりの製造ロット数を限定することで「売り切り」を徹底した。その結果、余計な宣伝広告費を掛ける必要がなく、低価格での販売を可能としている。また、現在サムスン電子やLG電子などの低価格機はMediaTekの低価格チップセットを採用しており、新興メーカーの製品と内部構造はほぼ同一である。しかし、販売価格は大手メーカーの同等製品より3割以上安価であり、現状では新興メーカーが採用する手法は高い価格競争力を維持できているのは明らかである。
4:3G対応
これまでGSMのみで流通してきたが次世代製品として3G対応を進めている。当初は2011年内の登場予定だったが、開発が遅れており市場導入は2012年以降に持ち越しとなる見通しである。
また3G対応と同時にスマートフォン対応が計画されており、Android搭載を前提とした設計が図られる見通しである。
既に200ドル以下の低価格スマートフォンが市場に流通しており、Nokia、Huaweiなどは低価格機を導入済である。しかし、MediaTekのソリューションはより低価格製品を可能とするため、100ドル以下のAndroid機が登場する可能性は否定できない。また、今後Androidをベースに現地の事業者向けにカスタマイズされたOSが多数登場する可能性が考えられ、それらのOSを搭載した製品の普及に販売奨励金が導入されると、「タダ製品」が溢れかえる可能性が生じ、携帯電話端末市場の販売価格に大きな影響が出るのは必至である。
今後、3G対応低価格機メーカーのターゲットはローエンドスマートフォンになるのは確実である。既にその兆候は欧米市場にも出ており、大手メーカーは通信事業者向けOEMモデルの商談において中国メーカーとの価格競争に晒されている。

携帯電話の世界市場展望

新興メーカーの台頭に対し、大手メーカーも手をこまねいておらず、G‘FIVEはNokiaから知的財産権の侵害で訴えられている。新興メーカーをはじめとする中国メーカーは模倣文化の中で育ってきたため、国際社会における著作権や特許など国際ルールへの配慮は無いといえる。今後、新興メーカーがグローバル市場で経済活動を行なっていく上では国際ルールを学習することが求められるのと同時に、デザインを含めた独創性が求められる。

新興メーカー各社はビジネス規模の拡大により今後、サービス、サポート体制の強化が求められ、コスト増加のリスクが伴う。また、競争力を維持するためにはR&Dの機能も必要となる。そして、市場が成熟するに従い、「ブランド力」がモノをいうが新興メーカーが手をつけてこなかった分野である。
新興メーカーが築いてきたビジネスモデルはやがて行き詰まり、いずれ転換を迫られる。今後、規模の拡大に伴い自社のリソース拡大を図るのか、それとも徹底したアウトソースと最小限のリソースによって会社機能を最小限で維持するのかが注目されるが少なくとも「ブランド力」を高めるには多大な投資が必要なのは言うまでもない。
中国市場では沿岸部で経済が発展した結果、消費者の所得が上昇し携帯電話についてもブランド品への嗜好が強まっており、中国メーカーのシェアは減少傾向にある。また中国政府が山賽機への取り締まりを強化したことが追い討ちをかけ、メーカー自体が減少傾向にある。。実はG‘FIVEは中国市場には未参入であり、今後中国市場へ参入する計画を持っている。参入にあたっては3Gへの対応とハイエンドモデルの導入を中心とした自社ブランドの強化を図る予定だが、同社がこれまでやってきたことと対極のビジネスモデルであり、これまで以上にシェア確保は高いハードルである。

既存メーカーは新興メーカーの攻勢に対してどのように対処すべきか?最も参考になる事例は韓国企業のブランド戦略である。サムスン電子やLG電子などの韓国企業はこれまでブランド周知とブランド強化を徹底的に行なってきた。世界的スポーツイベントへの協賛、空港や都市部での広告投下、そして現在、アジア圏のみならず欧州でもブームとなっている韓流タレントについて韓国企業は自社ブランドのイメージ向上に利用している。一方で彼らはデザイン力を磨き、競合他社との差別化を図るために半導体産業を育成し、自社製品の競争力を向上させてきた。中でもサムスン電子はディスプレイ、カメラ、メモリだけでなくメインCPUの内製化に成功した。結果的にサムスン電子やLG電子は「ものづくり」を徹底的に磨いたことで新興メーカーの台頭においても惑わされない強靭な体力を身につけたのではないかと考える。

成熟市場に足を踏み入れつつある中国においては、サムスン電子、LG電子が採ってきた施策は実を結びつつある。しかし、インド以下の新興国や途上国が成熟するには暫く時間が掛かる。それまでの間は新興メーカーの攻勢を上手くかわしながら自らのビジネスを確実に遂行していくことが求められるろう。

賀川勝

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