矢野経済研究所 ICT・金融ユニット

アナリストオピニオン
2009.05.12

エイサーのスマートフォンビジネス参入に注目!

2009年3月に調査レポート「2008-2009 スマートフォン/UMPC/PND 世界市場動向調査」を発刊した。編集の都合上割愛したが、個人的に気になる企業が出現したのでこの場を借りて述べさせていただく。

台湾のエイサー、倚天資訊を傘下に収めてスマートフォン市場に進出

エイサー(Acer)は台湾のパーソナルコンピューターを中核としたIT機器メーカーである。2008年のパソコンの世界市場シェアでは、(米)デルを抜き、ヒューレットパッカード(以下HP)に次ぐ世界2位に躍進した。日本でも昨年、エイサーのネットブックPC「Aspire one」が大ヒットしたのは記憶に新しい。

そのエイサーが2009年よりスマートフォン市場に進出した。スマートフォン事業参入に伴い、エイサーは同じ台湾のスマートフォンメーカー倚天資訊(以下E-TEN)を傘下に収めた。E-TENは「glofish」ブランドのスマートフォンをロシア、中欧地域に年間20万台程度出荷するメーカーである。E-TENはビジネス規模こそ小さいものの、独自技術にこだわったスマートフォン製品を開発することで業界内から高い評価を得てきた。

エイサーは自社の製造工場を持たず、ODM・EMS企業に開発・製造を委託しているが、商品企画、設計の大半は自社で行なっている。エイサーは自社に欠けていたスマートフォン製品全般における人材とノウハウの獲得を目的にE-TENを買収し、エイサーがPC製造で培ったノウハウとE-TENのスマートフォン開発ノウハウを融合することでコスト面、製品開発のスピード、そして品質面において後発のデメリットを解消すると同時に、スマートフォン市場の競合他社に勝るとも劣らない体制を構築した。

2009年中に計9モデルを導入、一気に世界トップ5入りを狙う

エイサーはスマートフォン市場参入にあわせて、ウインドウズモバイルOSを搭載した製品を4機種同時に導入している。特にビジネス用途が多いスマートフォンではニーズに応じて異なるハードウェアが求められるため、4機種導入は理に適った対応である。
またスマートフォン市場において早期にブランドを確立する上で、商品ラインアップ充実が不可欠であるとエイサーは判断したものと推察されるが、E-TENを買収した効果が発揮されている。
しかしエイサーが導入したスマートフォン製品は、定石に則ったスペックを満たしているものの、目立った特徴は見受けられない。

エイサーでは、2009年中に(米)グーグルが主導するアンドロイドを搭載したスマートフォン製品を含め計9モデルを導入し、トータルで70~80万台のスマートフォン出荷を計画している。エイサーは2012年にはスマートフォン市場で世界トップ5を目指しているが、矢野経済研究所の2012年予測(2億3,080万台)に照らし合わせると、2,300万台で先行するHTCに匹敵するビジネス規模になる(資料における弊社の2012年予測値とは大きな隔たりがある)。

「パソコンなどのIT機器との相乗効果」がエイサーのスマートフォン戦略の核

世界トップ5入りを実現するにあたってのエイサーの戦略の核になるのは「パソコンなどのIT機器との相乗効果」である。前述の通り、エイサーは世界第2位のPCメーカーであり、世界中に販路を持つ強みがある上、PC市場で確固たる評価を確立しており「エイサーのスマートフォン」として認知されやすい。

また、エイサーは2008年にネットブックPC「Aspire one」が世界的な成功を収めており、スマートフォン市場に参入するタイミングも良かったと言える。先進国をはじめ3.5Gサービスの普及が始まったばかりであり、中国やインド、ロシアといった巨大市場についても3G(3.5G)普及はこれからというタイミングで、今後スマートフォンのニーズが拡大するなかで市場参入を果たせたのはエイサーにとって好都合だった。

一方でリスク要因としては、以下のような点が挙げられる。

【エイサーのリスク要因:1】
PC市場とは異なった競合企業、通信事業者との付き合い、独特の商慣習といった携帯電話ビジネスとは異なった市場である

【エイサーのリスク要因:2】
スマートフォン市場では、(フィンランド)ノキア、(加)リサーチ・イン・モーション(RIM)や(米)アップルや(韓)サムスン電子、LG電子など、これまでとは勝手が異なる企業と競合する

【エイサーのリスク要因:3】
スマートフォンメーカーが自らアプリケーション、コンテンツ流通を手掛け、ユーザーの囲い込みを図る垂直統合化モデルが進む状況下で、エイサーがハードウェアの販売のみで市場を獲得できるのか不透明である

【エイサーのリスク要因:4】
これまで同業のHP、アスース(ASUS)がスマートフォンで先行しているものの、出荷台数は数十~200万台レベルに留まっており決して成功したとは言えない

【4】については、さらにデルもスマートフォン市場に参入すると言われており、PCメーカーのスマートフォンビジネスだけみても厳しい競争環境にある(その点でアップル「iPhone」の成功は驚異的と言える)。

エイサーのスマートフォン戦略は日本メーカーにとって「格好の研究材料」

今後の製品展開について、エイサーは定評のあるデザイン性と質感の高さを前面に出し、女性ユーザーなどの取り込みを狙った製品など多数の製品を導入してくると考えられる。またコスト競争力を生かした低価格モデルや、ネットブックPCとの隙間を埋めるべくMID(Mobile Internet Device)を導入して製品ポートフォリオを強化することも考えられ、PCを手掛けるメーカーとしての優位性を発揮したアグレッシブな展開をしていくのではないかと考えている。

以上の点からみてエイサーのスマートフォン市場参入は大いに注目できる事例である。日本の携帯電話メーカーは海外市場開拓に失敗してきた苦い経験がある が日本メーカーは決して製品そのもので負けたのではなく、一言で言えば「戦略の欠如」によって負けたと言ってよい。

エイサーは「スケールメリット」「ブランド力」「流通」といった自社の強みを最大限生かすと同時に自社に不足している部分をしっかりと補強して参入し、新規参入とは思えないほどのスピーディーなビジネスを展開している。
今後海外市場へ参入を図るメーカーにとってエイサーは格好の研究材料であり、エイサーの動向に是非とも注目してもらいたい。

賀川勝

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賀川 勝(カガワ スグル) 上級研究員
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