矢野経済研究所 ICT・金融ユニット

アナリストオピニオン
2010.12.06

ノキアの衰退とデフレ化が進む携帯電話市場

2010年11月に最新調査レポート「2010-2011 携帯電話世界市場動向調査」を発刊した。レポートサマリーでは書けなかった重要なポイントをこの場で述べたいと思う。
AndroidやiPhoneが世間で話題になる一方、携帯電話の巨人であるノキアの存在感が薄くなっているが「ノキアはどうしたの?」と気になっている方も多いと思う。そこで現在、市場で起こっている事とノキアを絡めて見る事にした。

二極化進む携帯電話市場 中華系ベンダーの台頭

2008年秋に起こったリーマン・ショック以降の世界同時不況により2008年第4四半期、2010年第1四半期の携帯電話市場は惨憺たる状態だった。しかし、2009年第2四半期以降、中国・インドなどの新興国の需要増加と、iPhone、BlackBerryに代表されるスマートフォンの需要拡大を契機に携帯電話が力強い回復を果たすと同時に、新たな時代を迎えた。

携帯電話端末市場は二極化が進んでいる。スマートフォン(ハイエンド)と低価格フィーチャーフォン(ローエンド)である。
スマートフォンは、2009年以降、(米)アップルのiPhoneと、(加)リサーチ・イン・モーション(RIM)のBlackBerryの出荷台数が急増し、携帯電話市場でのシェアを急速に拡大させた。2010年は、(米)グーグルが主導するAndroidを搭載したスマートフォンが、(台)HTC、(米)モトローラ、(英)ソニーエリクソン、(韓)サムスン電子などから発売され、急速にシェアを拡大しているのは周知の通りである。
対する低価格フィーチャーフォンは、2008年頃まではノキアをはじめとする大手メーカーがブランド力(販売網、品質、デザインなどを含む)とコスト競争力で優位性を発揮してきた。しかし、モトローラやソニーエリクソンは、ノキアとの競争に敗れた事でビジネス規模を縮小せざるを得なくなった。
これらの大手メーカーに替わって台頭してきたのがHuawei(華為技術)やZTE(中興通迅)といった中国の大手通信機器メーカーである。彼らは基地局設備などを含むインフラ装置と端末をセットで途上国の通信事業者に納入した。端末は低価格機を大量且つ安価に提供し、通信事業者のPB(プライベートブランド)として販売してもらう事で収益を拡大してきた。特にZTEはインドやブラジル、中国で大幅に出荷台数を伸ばした。
さらに、(中)K-TOUCH(天語)や香港のG'FIVEといった新興メーカーの存在が浮上している。彼らは元々、山賽機(中国政府非公認の端末)を製造・販売していたが、現在は正式な認可を受け端末を製造・販売している。K-TOUCHは中国国内に特化し、G'FIVEはインドを中心とした西アジア地域、東南アジア、南米、アフリカなどの新興国・途上国をターゲットとしている点で対照的であるが、山賽機製造のノウハウを活かし、多品種・少量生産を繰り返し、市場に多くの製品を供給する事で付加価値を生んでいる。また(台)Mediatek製の端末プラットフォーム(基盤、プロセッサ、OSなどをパッケージ化した製品)を使用する事で商品開発の速度を速めており、「毎週」新製品を発表している。これまでは山賽機製造を手掛ける中小メーカーから製品を調達していたものの、最近ではビジネス規模拡大に伴い、デザインハウスやODM企業の協力を取り付けており、今後ビジネス規模は更に拡大している。

トップシェアにあぐらをかいたノキア OS戦略の失敗が響く

一方で世界最大のメーカーであるフィンランドのノキアは、市場シェア3割強を抑えてきたが、ハイエンド、ローエンドの双方で攻め込まれ、厳しい状況に追い込まれている。
スマートフォンでは、これまで6割以上のシェアを占めてきた。ノキアの場合、3G携帯電話の導入にあたり、(英)シンビアンのシンビアンOSの搭載を進める事で高機能化を図った経緯がある。そのため、ノキアのスマートフォンは従来型の携帯電話にシンビアンOSを搭載した製品が多く、一般に認知されているスマートフォンとは少々趣が異なる。
しかし、ノキアのスマートフォンにおけるシェアは年々減少傾向にあり、2011年には30%を切る可能性が高い。

ノキアのスマートフォンが不振の理由としては下記が挙げられる。

  • タッチインターフェイス対応の遅れ
  • シンビアンOSの不人気
  • 市場拡大が進む中、新製品の導入が進まなかった事

2009年にブレイクしたiPhoneやBlackBerryは、iPhoneが斬新なデザインとインターフェイスと高度な垂直統合型ビジネスモデルを導入し、BlackBerryがセキュアなメール(コミュニケーション)環境を実現してホワイトカラーに人気を博したのに対し、ノキアは価格以外の有効な差別化を図れなかった。結果、ノキアはコンシューマ向けの「N」シリーズの2009年の出荷は前年実績を下回り、スマートフォンビジネスにおいては惨敗を喫している。

そしてノキアが苦戦するもう一つの大きな理由は、

  • (米)グーグルに代表されるネット企業の台頭

が挙げられる。
これまでパソコンを中心として展開されていたインターネットを、モバイル環境下で普及させる事を狙って開発されたのが、ソフトウェアプラットフォームの「Android」である。Androidは無償OSとして端末メーカーに提供された。グーグルとしては同社が提供されるサービスの、利用機会を増加させる事が最重要ミッションであり、OSとサービスとを連携させる事は必然だった。
一方、シンビアンはネット系サービスとの連携は殆ど意図されておらず、無償化されても魅力に乏しいのは事実である。またシンビアン=ノキアのイメージがあまりにも強い事から他のメーカーが敬遠した事も挙げられる。

2010年のクリスマス商戦に合わせ、ノキアは競合製品に対抗すべくフルタッチ型のスマートフォン4機種を導入した。ノキアはラインアップの整理・統合を進めスリム化を図ったものの、「先進性」という部分では依然として競合メーカーに劣っており、ノキアがスマートフォンカテゴリにおいてシェアを回復できるかを見守りたい。ただ、ノキアは通信機器メーカーとしては確固たるブランド力を有しており、一定のシェアを維持できるものと思われる。

今後はMediatekが台風の目。 デフレはスマートフォン・セグメントまで進む

一方で、ノキアに限らず大手メーカー各社は、低価格フィーチャーフォン市場で苦戦を強いられている。ZTEやHuaweiはOEM市場で強みを発揮し、K-TOUCHやG'FIVEなどは価格とラインアップの多彩さで勝負しており、市場が急拡大する新興国・途上国の市場を侵食している。
以前にも同様の事例はあった。2003年に中国市場で一時的に国産メーカーのシェアが急上昇した。その際、ノキアをはじめとする大手メーカーはブランド力と品質を武器とした対抗製品を矢継ぎ早に投入し、シェアを回復させている。このケースでは中国メーカーは品質と過剰供給の問題を抱えると同時に商品力が低かった事から簡単にシェアを奪回できた。しかし、今回は大きく勝手が異なる。新興メーカーの製品は大手メーカー品と品質で大差が無い上、コストが大手メーカーと比較して2~3割安価である。そしてデザインや機能面で大手メーカーとの差別化を図った。山賽機の開発によって得たノウハウが大手メーカーに対抗する上での大きなアドバンテージになっており一筋縄ではいかない。
新興メーカーを支えているのが前述のMediatekである。現在、サムスン電子やLG電子、モトローラなども同社製プラットフォームを採用しているものの、コスト競争力で新興メーカーに劣る逆転が発生している。コストの差は主に人件費と販促費用に起因するものと考えられる。現在はGSMのみで提供されているMediatek製プラットフォームだが2011年にはW-CDMA(UMTS)への参入も表明しており、今後は3Gやマートフォンでも同様の事が起こる可能性がある為、大手メーカー各社は早急な対策が求められる。

携帯電話市場は消耗戦の領域に入りつつある。スマートフォンにおいてAndroidに代表されるオープンなソフトウェアプラットフォームや、低価格フィーチャーフォンの市場における端末プラットフォームの導入などによって端末のデフレ化が進行し、行く行くはスマートフォンのカテゴリーにおいても低価格化が進む。その一方で最先端テクノロジを搭載したハイエンド市場も拡大する見通しであり、各メーカーがどのような舵取りをするのかが注目される。その中においてノキアはこれまで独自色を強める事で競争力を保ってきたが、それもいよいよ限界になりつつある。

ノキアが市場で主導的立場を維持し続けるためには

ノキアはこれまで携帯電話の市場をリードしてきた巨人である。日本市場からは既に撤退してしまったものの、世界的には依然として大きな影響力を持つ。ここ数年は韓国勢の攻勢に遭ったものの、何とかシェアを維持してきた。しかし、米国系IT企業や、中華系ベンダーが勢力を伸ばしてきた現在、これまでのようには行かないと考えられ、ノキアにとって現在が最も危機的な状況にある。実際、現在のノキアを見ている限りでは市場に大きなインパクトを与えられていないのが実情である。

ノキアが引き続き市場シェアを維持するには5年後、10年後を見据えた新しいビジョンを提案する必要がある。インターネットサービスのクラウド化が進み、ソーシャルネットワークが広がる現在の市場を冷静に分析した上で、今後必要とされるサービスや製品を見極め、自社の端末やサービスに上手く取り込む事が求められる。場合によってはこれまでの方針を改め、オープンプラットフォームを積極的に採用する事が求められるかもしれない。いつまでも自社が主導する枠組みの中でビジネスを展開すると、今度はノキア自身が「ガラパゴス化」し、市場から置いていかれるリスクが高まるからである。

製品に関してもこれまでの枠組みから抜け出す必要があるかもしれない。ノキアは試験的にネットブックやモバイルデータ通信端末を発売したが、市場では成功を収められなかった。2011年以降、タブレットを含めた5インチから7インチ前後のディスプレイを持つモバイルデバイスの市場が急拡大する可能性がある。その市場はAndroidやWindowsOSに加え、iPadなどが競合になると思われる。ノキアがそうした市場に対し、どのようなアプローチを採るかが、今後のノキアを占う上での重要な判断材料になるのではないだろうか?

賀川勝

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