国内通信事業者大手3社で取り扱われ、高いシェアを誇る(米)Apple「iPhone」の出荷台数が初の前年実績割れとなりそうだ。前年割れとなる理由として、
等が挙げられる。現在、国内市場の過半数を同社が占めており、iPhoneの稼働台数についても、少なく見積もっても3,000万ユーザー以上が稼働していると推定される。
大手3社がiPhoneを取り扱い横並びとなる中、Appleとの間には厳しい販売ノルマが課されており、需要を喚起しノルマをクリアするための施策が相次いで導入されてきた。具体的には
が挙げられ、消費者はAndroidOSを搭載したスマートフォンより有利な条件で購入する事ができた。購入する際には安価に購入でき、買い替えの際には高価に下取りしてくれるiPhoneは魅力的な商材であり、目聡い一部の消費者は2年間の縛り期間が終了する毎に、通信事業者を乗り換えてしまっていた。これが総務省に「不平等」と目を付けられる元凶となった。
一方で通信事業者は安定的な需要を創出する「囲い込み」を図るべく、iPhoneを中心とした下取りサービスを強化しており、iPhoneは有利な条件で買い取ってくれる。その背景には買い取ったiPhoneを海外の新興国市場向けに転売する仕組みが構築されていること、中古車と同様、国内で使用されたiPhoneのコンディションは他の市場より良質なため、高値で取引されている事も大きく影響している。通信事業者は、顧客獲得費用の一部を投入して高く買い取っており、原価割れとなっても問題視しない。
しかし、こうした下取りサービスを軸とした「エコシステム」はあくまでも自社ユーザーの囲い込みもしくは大手通信事業者間の競争を前提としたものであり、その枠外(MVNOや中古市場)への流出は意図していない。
また、通信事業者が提供するサービスはMVNOより高価である。MVNOは通信事業者から回線を借用して運営されているため、設備投資は無きに等しく、顧客獲得費用やカスタマーサービス運営費用等を最低限に抑える事で実現した価格となっている。
しかし、総務省での有識者会合「携帯電話の料金その他の提供条件に関するタスクフォース」が2015年12月に取りまとめた内容によれば
が方針として打ち出された。
iPhoneに関しては(2)、(3)が及ぼす影響が大きいと見られ、iPhone6sの量販モデルが実質0円で入手できることもあり、高額な補助金(割引、キャッシュバック)の廃止により、iPhone販売台数の大幅な減少に繋がる可能性も否定できない。
実際、Appleもそうした総務省の方針に警戒感を募らせており、0円端末の排除はAppleを狙い撃ちしたものだと考えている様だ。日本の貿易赤字が高い理由として、東日本大震災以降の原油輸入増大に加え、スマートフォンの輸入増加も少なからぬ影響を与えており、政治圧力が掛かるのは致し方無い面もある。
しかし、通信事業者各社もiPhoneの販売の趨勢が業績に大きな影響を及ぼすのを抑えるべく、様々な対策を打ってくることは容易に想像できる。具体的には下取り価格の積み増しや、電子マネーやポイントによる還元等、別な形で顧客に還元する手法である。
タスクフォースの答申には中古市場の発展もコメントに盛り込まれたが、中古市場でもiPhoneの引き合いは非常に強く、通信事業者が下取りを強化することで中古市場に流通する台数が大幅な減少が懸念され、中古価格の高騰を招く可能性がある。また、多くの販売奨励金を出せない都合上、MVNOは高額なiPhoneとの相性は悪い。中古市場(特に中古iPhone)の拡大はMVNO事業者にとって利用者拡大を図る上で追い風と成り得るものの、通信事業者による下取りが増加するとMVNOにとって契約数拡大の障害と成り得るため、iPhoneの流通が規制されることになると様々な影響が出てしまうのは皮肉である。
2016年春季に廉価版iPhone(仮称iPhone5se)の発売が噂されている。名前のとおり、iPhone5sをベースとした製品と言われており、4インチディスプレイ、高性能プロセッサ搭載、米500ドル以下の価格等が噂されている。海外市場ではiPhone5sが継続販売され、廉価モデルの位置づけで新興国や先進国における廉価版に位置付けられている。
国内での販売は未定であるものの、もし国内市場に導入された場合大きなインパクトとなる。プラス面での影響として、iPhone6でディスプレイが大型化されたものの、従来からの4インチディスプレイを好んで使用するユーザーが多い事からこれらユーザーの買い替えが期待できる。また、フィーチャーフォンユーザーからの乗り換えも期待できる。
端末価格が安価となることから、大量の販売奨励金を投下せず廉価に販売可能なこと、SIMフリー版が流通すれば、SIMフリースマートフォン市場やMVNO市場の活性化に大きく寄与することが期待される。
マイナス面の影響として通信事業者による「囲い込み」が崩壊する危険性があること、中古市場への影響(既存製品の価格崩壊、特にiPhone5s以前)、そしてAppleサイドの問題となるが単価下落等が予測される。
一方で、廉価版iPhoneは新興国向けのみで国内には流通しない可能性も指摘されている
新興国市場はこれまで低所得者層に向けては中古iPhoneやiPhone5s等を販売してきたが、廉価版iPhoneの発売によって、新興国向けの中古iPhoneの需要が減少する可能性も考えられる。その場合、中古価格の下落のみならず在庫がダブつく可能性も生じる。行き場を失った中古iPhoneが逆に国内の中古市場に流通することになれば、通信事業者が販売する新品への影響も避けられないはずである。
近年のAppleは中国市場の拡大とiPhoneの商品力強化(大画面化)によって業績を拡大させてきたが、先進国市場は既に頭打ちであり、iPadもいち早く前年実績を下回る等、収益拡大の機会が限定され始めている。新興国の中でインド市場は依然拡大余地が大きいものの、消費者の多くはiPhoneに手を出せるほど豊かではなく、主に50ドルから150ドル前後のローエンド機が主流である。廉価版iPhoneはASEAN、インド市場を中心とした新興国でのビジネス機会拡大を狙った製品であり、前述のようにこれまで中古品がカバーしていた市場を低価格機との2面作戦での攻略を狙っているのかもしれない。
日本では、現在、若年層を中心にMacBook等ノートブックPCの人気が急拡大している。また、スマートウォッチ「AppleWatch」の認知度も高まるなど、iPhone人気を足掛かりに他の製品についてもAppleが選ばれる機会は増加傾向にある。日本はモバイルインターネットの影響でコンテンツ購入に対する敷居は低く、「AppStore」利用実績は世界最高レベルにある。また、米国で急速に普及しているペイメントサービス「ApplePay」についても2016年度以降、日本市場での導入が噂されており、「おサイフケータイ」が停滞している国内のペイメントサービスに大きな風穴を開ける可能性がある。海外はともかく、日本市場に於けるAppleのステータスは非常に高いものがあり、iPhoneの販売が頭打ちとなったとしても、収益拡大の機会はまだまだ多いのではないだろうか?
(賀川勝)
■レポートサマリー
●世界の携帯電話契約サービス数・スマートフォン出荷台数調査を実施(2021年)
●世界の携帯電話契約サービス数・スマートフォン出荷台数調査を実施(2020年)
●携帯電話の世界市場に関する調査を実施(2019年)
●中国のスマートフォンメーカー7社の調査を実施(2020年)
■アナリストオピニオン
●5G導入を目前に控える国内市場と相次いで参入する中国メーカーの見通し
●スマホ市場における中国メーカーの躍進
●Huawei(ファーウェイ/華為技術)の行方
●危機的状況にあるHuawei(ファーウェイ/華為技術)の現状と市場見通し
●iPhoneに支配される中古携帯電話市場
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