矢野経済研究所 ICT・金融ユニット

アナリストオピニオン
2023.11.20

日本における金融教育の在り方とは

近年日本における金融教育に対する懸念の声を耳にする事が多い。特に若年層においては、金利の計算に関する知識がない人の割合が相対的に高い事などの事実があり、金融教育は必須ではないだろうか。日本における金融教育の可能性を考察したく、横浜市立南高等学校附属中学校における金融教育について取材を行った。

南高等学校附属中学校では、毎年8月上旬に、サマーセミナーを実施している。その時の担当教師が生徒にとって、重要だと考えるテーマを10テーマ程選定し、生徒が選んで授業が受けられる。その中で、キャッシュレス決済によって人々やお店にどのようなメリットがあり、役に立つようになるかを知って欲しいという想いから、キャッシュレス決済をテーマとした金融教育が今年度組み込まれた。
その講義はNPO法人である企業教育研究会とキャッシュレス決済の知見を有するソニー株式会社と楽天ペイメント株式会社の社員によって行われた。参加した生徒は中学1年生16人であった。まずは、授業内容についてみてみる

中学生が認知している支払い手段

まずは、知っている支払い手段について質問したところ、以下の回答があった。電子マネーに関しては十分に認知がある状況であった。

 【図表上:中学生が認知している支払い手段/図表下:授業の様子①】

電子マネーを知ってるか?電子マネーなのになぜ電源がないのか?

タッチ決済ができる電子マネーにフォーカスを当てると、SuicaやnanacoなどのFeliCaを活用した電子マネーのマークについては、十分認知されていて、かざすだけで電車やバスに乗れることは把握していた。

では、電子マネーなのに電源がないのはなぜか?どうやって電気を通しているのか?という問いに対しては、さすがに答えられる生徒はいなかった。
FeliCaカードの内面を模したカードを、端末に近づけた時にLEDライトが光るかどうかという実験を行い、LEDが光る現象がなぜ起こるかについて、解説。金属線を円形上に束ねた「コイル」の中心に向かって磁石を近づけていくと、コイル内に電気が流れる現象、いわゆる電磁誘導の原理を利用しているという難しい内容であったが、生徒たちも、なるほど、とすんなりと理解できていた。

キャッシュレス決済って何?  お金はどうやって取り出すのか?

ところで、キャッシュレス決済って、お金はどうやって取り出すのか?  という質問には、回答に困っている様子であったが、キャッシュレスとは何か?  についての説明を通して、徐々に理解が進んでいった。キャッシュレスとは「お金に関する記録」であるという説明の元、どういう記録が付くかについて、整理をした。

【写真:授業の様子③】

クレジットカードってなに?

クレジットカードのクレジットって何かわかるか?  という問いに対しては、「信じる」などの回答があり、信用や信頼に基づいて発行されているカードという説明で、決して魔法のカードではない、という事が伝わったようだ。

キャッシュレスのいいところは?

キャッシュレス決済のいい所をきいてみると、下記の回答があり、かなり的を射ている。

  • 財布が軽くなる
  • 支払いの時間短縮
  • ポイントが付く
  • おつりがいらない
  • 手持ち(お金)の残り(残高)が分かる
  • 手が汚れない
  • カッコつけられる
  • 手軽である
  • レシートを取っておかなくても大丈夫
  • エコである
  • 魔法のカード
  • お金を使っている感覚が無く、自由にバンバン使える(使いすぎてしまうというデメリットを含んだニュアンス)

講師からの補足で上記以外では下記があげられた。

  • 支払いの時間短縮:実はレジでお金を数えるのが遅くて人を待たせてしまうのが嫌な高齢者が利用するケースもある
  • 無くなった時の補償がある(現金だと無くなったら終わり)

残高ってどのように確認できるの?

残高がどのように確認されるか知っているか?  という問いに対して、「PASMOの利用履歴は切符売り場で確認したことがある」という回答があった。
実際の記録は紙で見たり、アプリやWeb上で確認したりすることが出来る。実際の残高と利用履歴を見せることで、いつどこでいくら使ったかが把握できることが理解でき、利用だけではなく、その人の行動パターンまで何となくつかめる事まで理解できているようすであった。

お店や利用者にとってのキャッシュレス決済のメリットについてグループディスカッション

お店にとっていい所は何か?という問いには下記の様な回答があがった。

  • 強盗に遭いにくい
  • 釣銭切れがない
  • 人件費の削減ができる
  • 売上がわかる
  • 2千円札への対応など面倒なことがない

【写真:授業の様子④】

講師からの補足では下記が上げられた

  • 現金管理の手間が無くなる
  • 収益の管理が簡単
  • 海外客への対応が楽になる
  • 衛生面でも感染症の問題が無くなる
  • レジ締めが楽になる
  • お金の受け渡しが減る
  • レジの混雑を緩和できる
  • 差別化に繋がる

キャッシュレス決済の注意点は?

  • お金の使い過ぎ
  • 不正利用
  • 使えない時がある

【写真:授業の様子⑤】

覚えて帰って欲しいこと(まとめ)

  • キャッシュレス決済の利用が増えている
  • キャッシュレス決済はお金の記録のやりとりをするもの(魔法のカードではない)
  • キャッシュレス決済には3種類のパターンがある
  • 利用者やお店の人にとって多くのメリットがある
  • 自己責任で、自分で判断をして利用する事が大事である

という言葉で授業を締めくくった。

生徒の声

■感想は?
この授業はみんなで自由に意見をいえて、話し合いができるような場所だったのでとても楽しかった。
■キャッシュレス決済を知っていた?
キャッシュレス決済については知っていたが、どちらかというと堅いイメージで、型にはまっているようなイメージがあった。今回の授業でより身近なサービスと感じることが出来た。
■周りのみんなはキャッシュレス決済を使っているか?
周りではキャッシュレス決済を利用する友達はいるが、私は現金が中心で、キャッシュレス決済は大人の政治の世界の話という印象だった。
■これからキャッシュレス決済を利用していきたいか?
今回の授業で身近になったので、キャッシュレス決済を使ってみたいと思うようになった。

最後に

今回の授業への取材を受けて感じた事は主に2点。1点目はキャッシュレス決済が魔法のカードという言葉で表現したことである。中学生ながらにキャッシュレス決済を活用する事が非常に手軽で魅力的である反面、利用が出来るからと欲望のままに使ってしまうケースが予見しているところが興味深い。もう1点は、キャッシュレス決済は大人の政治の世界で堅いもの、子供達には少し遠い存在と考えている点である。今回キャッシュレス決済の授業を通して、キャッシュレスがお買い物をどれだけ便利にするか、お店の煩雑なオペレーションがどれだけ楽になるか、を意識することが出来て、より身近なものと感じてもらえたのは大きな前進である。

キャッシュレス決済を活用する事で生じる経済効果は計り知れない部分があり、DXの推進に寄与するものである事は間違いない。その中で、利用者の自己責任の意識を醸成すると同時に、決済サービス提供事業者の社会的責任を明確にしていく必要がある。この中学生たちや将来を担っていく子供たちが、安心・安全に利用できる環境を作っていく事が決済サービス提供事業者の社会的責任である。オンラインでの利用をはじめとした不正利用対策はもちろんであるが、利用者の使い過ぎを期待するようなマーケティング施策に対しても、見直しを行っていくべきである。自己責任という言葉で片付けるのではなく、適正な利用を見守っていく姿勢こそ、決済サービス提供事業者の社会的使命ではないだろうか。キャッシュレス決済の将来を考える大変貴重な機会であった。

高野淳司

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高野 淳司(タカノ ジュンジ) 主任研究員
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