矢野経済研究所 ICT・金融ユニット

アナリストオピニオン
2016.01.14

2016年のIT市場動向を占う

2015、2016年度は増加基調と予測

矢野経済研究所では、2015年12月に国内企業のIT投資に関する調査結果 2015を発表した。

当該調査結果では、2014年度の国内民間企業のIT市場規模を前年度比3.6%増の11兆3,180億円と推計した。2015年度は11兆6,350億円(前年度比2.8%増)、2016年度は11兆7,630億円(同1.1%増)と増加傾向としているが、2017年度は前年度比0.6%減の11兆6,900 億円と予測している。

2015年度はまだ1-3月が残っているが、プラス推移は間違いないだろう。内閣府・財務省の法人企業景気予測調査や日銀短観をはじめ、弊社で実施した法人アンケート調査、ITベンダーの決算動向などを見渡すと、大手企業を中心に景況感は良く、IT投資動向も堅調に推移すると見込まれる。2017年度については、金融系の基幹システム等の更新・開発案件の一巡、2017年4月の消費税再増税が影響するため減少と予測している。

中国経済と米国利上げの影響に注意

弊社では法人アンケート調査などを実施し、机上の空論ではない、リサーチを重視した市場動向研究に注力しているが、市場動向を検討するにはそれだけでは推し量れないのも事実だ。特にIT投資動向はユーザー企業の経営状況に依存する。それらは世界経済動向の影響を受け、特に金融の動向が重要になっているため、IT市場のリサーチといえども無視できない環境にあるといえよう。

そうした面で現在、最も注視すべきは中国経済と米国の利上げである。

まず中国経済だが、2016年はそれを暗示するかのように中国株式市場の暴落で幕を開けた。2015年10月に発表された中国の公式な7-9月期のGDPは、6.9%の上昇と7%を切り、景気減速感がでている。これまで10%前後の経済成長により世界第二位の経済大国へと瞬く間に駆け上がったが、2012年以降は7%台に低下、2014年は7.3%、2015年は6%台が避けられない状況となっている。さらに、中国が発表するGDPには信ぴょう性がないとして、実際は4%台ではないか、などとも噂されている。
世界経済は中国を筆頭とする新興国の経済成長により牽引されてきた。中国株式市場の暴落ならば、海外ファンドもほとんど手掛けていないため、影響は少ないとみられているが、バブル状態ともいえる不動産市況が大きく毀損した場合、その影響は大きいだろう。

また米国では、2015年12月16日に政策金利を引き上げ、いよいよゼロ金利政策を解除した。そのこと自体は米国経済の強さを示すものなのだが、問題は、現代の金融システムはレバレッジにより、元金をはるかに超えるマネーが、株式や為替取引などに投じられていることである。3回のQEによる増発は450兆円程度であるが、レバレッジにより、この数倍(数十倍?)のマネーが投じられているといわれている。利上げによりマネーの巻き戻しが起こるが、わずかな縮小でも、その数倍のマネーが市場から引き揚げられることになるとみられ、新興国を中心に大きな影響が生じるものと考えられる。

こうした事象の影響は、残念ながら予測することは困難であり、国内企業のIT投資に関する調査結果 2015は、大きな経済動向の変化は起きない前提で検討されている。その点には留意願いたい。

セキュリティの強化が喫緊のテーマ

さて、マクロ的な側面は以上として、次に法人アンケート調査結果をベースにIT投資の内容についても考察していこう。

“今後3年間におけるIT投資の目的”について尋ねた結果を2011~2015年までならべたものが下図である。

【図表:今後3年間におけるIT投資の目的(MA)2011-2015】

【図表:今後3年間におけるIT投資の目的(MA)2011-2015】

矢野経済研究所推計

一瞥して分かるとおり、「情報セキュリティの強化」と「システム基盤全体の効率化」が他の項目を圧倒している。特にセキュリティの伸びには著しいものがある。毎年、企業の情報漏えいに関する報道が何件かは流れており、そのたびに個人情報保護に対するユーザーの厳しい声をニュース等で耳にする。企業イメージを一瞬にして失墜させる個人情報漏えいは、企業にとって対処すべき最重要の課題となっており、そうした背景がセキュリティ関連への投資行動として表れていると考えられる。
“社内コミュニケーションの強化”、“営業の強化”も例年、比較的高いポイントを獲得する目的となっており、横ばいという印象だ。
2014年はポイントが大きく落ち込んだ「財務会計業務の効率化」は2015年でやや持ち直した。リーマンショック後、2012~2013年にERP・会計システムを更新した企業が多いと弊社では推定しているが、その5年後となる2017年頃を目途に、次の更新を目指して需要が高まるものと推定する。2015年はその端緒となるものであろう。

戦略的な投資割合が減少

調査した我々にとっても意外だったデータとしては、IT投資額(社内人件費および社外への支出)の戦略的投資比率がある。
2011~2015年度における戦略的投資比率の推移をみると、戦略的な投資、システム維持運用のための投資、業務効率化のための投資の比率に大きな変化はない。しかしながら、ここ2年で「戦略的なコスト」が17.3%(2014年)、16.5%(2015年)と減少し続けている。

【図表:戦略的投資比率の推移】

【図表:戦略的投資比率の推移】

矢野経済研究所推計

IT投資はこれまでコスト削減・業務効率化を目的とすることが多かった。しかしこれからは、いかに自社ビジネスにITを組み込みデザインしていくかが問われる時代だ。新たな価値創出に向けてユーザー企業自らが、主体的にデザインしていくことが競争に打ち勝つために必須となっていく。
経営にとって価値あるIT戦略を描いていくためには、失敗を恐れずに投資し、経験を積んでいくしかないであろう。クラウドにシフトし、運用コストを低減した上で戦略目的に投資していくことも有効だ。
戦略的な投資は今後、増やしていくべき項目であり、継続的にその比率が減少していくようなことがあれば、中期的に競争力を失っていくことになろう。まさに今、我々はその分岐点に立っていると認識すべきである。

忌部佳史

関連リンク

■レポートサマリー
国内企業のIT投資に関する調査を実施(2021年)
国内企業のIT投資に関する調査を実施(2020年)
国内企業のIT投資に関する調査を実施(2019年)

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忌部 佳史(インベ ヨシフミ) 理事研究員
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