近年、保険業界では販売チャネルを巡る様々な動きが見られる。PayPayによる生命保険業界への参入表明、PayPayほけんの利用拡大、生命保険募集人の新たな呼称「ソナエルジュ」の決定、さらには改正保険業法の施行など、話題は多岐にわたる。
一見すると、それぞれは別の出来事のようにも見える。しかし、これらに共通しているのは、「保険をどのように顧客へ届けるのか」というテーマである。
保険商品そのものは大きく変わっていない。しかし、顧客との接点や加入プロセス、販売に求められる役割は確実に変化している。本稿では、一連の動きを踏まえながら、保険販売がどこへ向かおうとしているのか考えてみたい。
かつて保険の加入経路といえば、保険会社の営業職員が中心であった。しかし現在では、来店型保険ショップ、銀行窓販、インターネット、オンライン相談、スマートフォンアプリなど、顧客が保険に接する入口は増えている。
背景には、顧客ニーズの多様化がある。詳しい説明を受けながら加入したい人もいれば、自分で比較検討したい人もいるだろう。また、保険の種類によっては手間をかけずにスマートフォンで加入したい場合もあるだろう。
保険会社や保険代理店は、こうしたニーズに対応するために販売チャネルの拡充を進めてきた。その結果、保険業界は「どの商品を販売するか」だけではなく、「どのような接点で顧客とつながるか」が重要な視点へと変化してきている。
そうした変化を象徴する事例の一つがPayPayによる保険分野への取組みである。
2026年6月、PayPayによるT&Dフィナンシャル生命の子会社化が発表された。また、PayPayアプリ内で展開する「PayPayほけん」の累計加入件数は1,000万件を突破したことも発表された。
従来の保険販売では、顧客が保険ショップへ足を運んだり、営業担当者と面談したりすることが一般的だった。一方で、例えばPayPayほけんでは、利用者が日常的に使用する決済アプリの中で保険に接触し、そのまま加入手続きを行うことができる。
もちろん、熱中症保険や1日だけの自動車保険など短期の保険と、生命保険のような長期かつ複雑な商品についてチャネルの変化を単純に比較することはできない。しかし、「保険に加入する」という行為に対する心理的ハードルを下げることにはなっているだろう。
これまで保険にあまり関心を持たなかった層が、身近なアプリをきっかけに保険と接点を持つようになるのであれば、それは市場の裾野を広げることにつながる可能性がある。
こうした変化の中で、保険募集人に求められる役割も変わりつつあると考えられる。
2026年6月、一般社団法人生命保険協会は生命保険募集人の新たな呼称として、生命保険ナビゲーター“ソナエルジュ”を発表した。「備える」と「コンシェルジュ」を組み合わせた造語である。
従来の「営業職員」や「生保レディ」といった呼称は、保険商品を販売する存在というイメージが強い。今回決定した新たな呼称であるソナエルジュには、顧客の将来の不安や課題に寄り添い、その解決手段の一つとして保険を提案する存在という意味が込められているのだろう。
もっとも、呼称を変えるだけで保険営業のイメージが変わるわけではない。募集人には引き続き契約獲得が求められることに変わりなく、販売実績による評価体系が大きく変わらない限り、現場に求められる役割が急激に変わるわけではないだろう。
しかし、顧客が自ら情報を収集し、比較検討できる時代になったからこそ、単に商品を販売するだけでは選ばれなくなってしまう。今後は、相談相手として信頼されることが、これまで以上に重要になっていくのではないだろうか。
販売チャネルの多様化と並行して、保険業界では顧客本位の業務運営に対する要求も強まっている。
2026年6月に施行された改正保険業法では、比較推奨販売の見直しや代理店管理の強化などが盛り込まれた。比較推奨販売においては、具体的な運用指針は執筆時点では示されていないものの、代理店側の都合による商品提案ではなく、顧客に対して提案理由を説明することが、これまで以上に求められるようになるだろう。また、保険会社による代理店支援のあり方についても見直しが進んでおり、代理店にはより自律的な業務運営が求められている。
こうした流れを受けて、比較推奨管理やコンプライアンス対応、教育研修、BPOといった関連サービス市場も拡大する可能性が高い。法改正は現場の負担を増やす側面もあるが、一方で新たな市場創出のきっかけにもなっている。
近年の保険業界では、商品そのものの競争よりも、顧客との接点や販売プロセスの競争が強まっているように見える。
これまでの保険販売は、営業担当者が顧客へ商品を提案し、契約につなげるという側面が強かった。しかし現在は、顧客自身がインターネットやSNSを通じて情報を集め、商品を比較し、場合によってはオンライン上で加入まで完了できる時代になっている。
こうした環境の変化は、保険会社や代理店に対し、「売る力」だけではない新たな価値を求めている。顧客にとって分かりやすい説明ができているか。なぜその商品を勧めるのかを明確に示せているか。加入後も継続的なサポートを提供できているか。販売チャネルが増えるほど、顧客には多くの選択肢が生まれる。その中で選ばれるためには、商品力だけでなく、顧客体験や信頼の構築がこれまで以上に重要になっていくと考えられる。
保険そのものの役割は大きく変わっていない。しかし、顧客との接点や保険を届ける方法は確実に変化している。
PayPayのようなデジタルチャネル、来店型保険ショップ、営業職員による対面販売など、それぞれのチャネルが役割を分担しながら共存する時代が訪れている。その中では、どのチャネルを使うか以上に、顧客が納得して商品を選べる環境を整えられているかどうかが重要になるだろう。
販売チャネルの多様化と顧客本位の業務運営。この二つを両立できるかどうかが、今後の保険業界にとって大きなテーマになっていくのではないだろうか。
(小田沙樹子)
■レポートサマリー
●生命保険の販売チャネルに関する調査を実施(2025年)
●生命保険の販売チャネルに関する調査を実施(2024年)
●生命保険の販売チャネルに関する調査を実施(2023年)
●来店型保険ショップ市場に関する調査を実施(2022年)
●来店型保険ショップ市場に関する調査を実施(2021年)
●来店型保険ショップ市場に関する調査を実施(2020年)
●来店型保険ショップ市場に関する調査を実施(2019年)
■アナリストオピニオン
●生命保険の販売チャネルの転換点-チャネルが多様化する中で問われる保険の「売り方」-
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