矢野経済研究所 ICT・金融ユニット

アナリストオピニオン
2023.05.09

製造業が提供する金融ビジネスを考える。

Appleが米国で預金サービスを開始

(米)Appleは2023年4月に米国で同社の「AppleCard」会員を対象とした預金サービスを開始した。最大の売りは金利「年率4.15%」という高利回りで、同カード会員は手数料、最低預金金額などの利用条件が無い。米国では金融機関の破綻が相次ぐ中での発表だった為、市場に与えるインパクトは大きい。
AppleCardは2019年に米国内ユーザー向けに開始されたクレジットカードサービスで、MasterCard、Goldman Sachsとの提携により実現しており、iPhone、AppleWatch等のデバイスとAppleによる決済プラットフォーム「ApplePay」との連携を前提に導入された。
米国は典型的なクレジットカード社会だが、モバイル決済(QRコード決済)の利用率は決して高いとは言えず、2017年のデータではあるものの、米国のiPhoneユーザーのApplePay利用率は30%弱とされ、同社のブランド力を考えると決して高い数字ではない。

GoogleやAmazonでも銀行開設の動きはあったものの、実現には至っていない。しかしAppleの場合、ハードとソフトウェア、流通迄を一体化した垂直統合型のビジネスモデルいわゆる「Apple経済圏」を構築しているだけでなく、サードパーティから手数料やライセンス料を徴収する仕組みを整備するなど、強固なビジネスモデルを保有する強みがある。また顧客には富裕層が多く、ブランドへの忠誠心が高い事も特徴である。

そのような状況下、自社で預金サービスを提供することはユーザーの「お金」に纏わる動きを全て把握することが可能となり、そこから得られる情報は非常に有益でより強固なものとなる。更に囲い込みや新たな商品・サービスを提供することが可能となる。具体的には限定モデルや新製品発売時に於いて、預金額や決済回数に応じて顧客を選別したり、顧客の嗜好や購入時期、支出金額などの傾向を分析し、新たな商品、サービスを開発するための材料となる。将来的には参入が噂されている「AppleCar」導入時に於いて、サブスクや低金利ローンの提供、Apple関連商品の購入時におけるポイント付与の拡大など、自社で提供するサービスと相乗効果を齎すことが可能となる。

日本での導入可能性は?

日本市場は世界的に見てもAppleのシェアが高い市場の一つである。しかしながらApplePayのシェアは決して高いとは言えない状況にある。日本ではプリペイド式電子マネーが広く普及し、QRコード決済でもPayPay、d払い、楽天ペイ、auPAYなどと大きく水を開けられている。

また、銀行業は「免許」取得が必要な為、参入障壁が高い。楽天は「楽天銀行」を立ち上げ、LINEはみずほ銀行とのパートナーシップで「LINE銀行」立ち上げを計画したが頓挫している。
更に日本でも最大の販売チャネルとなる通信事業者では金融サービスが既に大きな位置を占めており、通信事業者との競合が避けられなくなる。そして、Appleの預金サービスの目玉となる金利についても、日本の現在の為替や金融政策を考慮すると米国と同等のサービスは現実的ではない。

Appleに続く企業は?

近年、「モノからコトへ」と言われて久しいが、製造業のコンシューマ向けビジネスに於いて、サブスクリプション型(サブスク)の導入が増加している。日本でも自動車ではトヨタは「KINTO」に注力し始めており、新車販売に於いてKINTO契約の場合、納期を短縮化したり、新型車の一部についてKINTO限定とするなどサブスクに優位性を持たせて迄、新たな顧客獲得と商習慣の変革を進めている。その背景には今後懸念される人口減少や地球環境保全といった社会問題への対処の一環だけでなく、自動車社会の変革を見据えた生き残りを掛けた取り組みだと考えられる。しかし、トヨタのKINTOについて、現状では成功したとは言い切れない状況にある。

Appleの預金サービスについて、同社の「Apple経済圏」に於いて唯一欠けていたピースを埋めることが叶った。Appleにとって「米国のみ」の取り組みとなり、世界レベルで提供することは難しいと考えられる。ましてやApple以外で預金サービスを含めた金融サービスを提供出来る企業はごく一部に限られている。

Appleの預金サービスは高い金利が注目を集めているが、幾ら資金力が豊富なAppleをもってしても、長期に渡って高金利を維持するのは困難である。その点では、アピールすべきは金融機関としての安全性とApple経済圏におけるメリットかもしれない。

Appleによる金融ビジネス(預金サービス)への参入は今後の製造業のビジネスモデルに於いて重要な取り組みとなるのは間違いない。

賀川勝

関連リンク

■レポートサマリー
クレジットカード市場に関する調査を実施(2022年)
国内コード決済市場に関する調査を実施(2021年)
国内キャッシュレス決済市場に関する調査を実施(2021年)

■アナリストオピニオン
存在感を増す携帯キャリア系のクレジットカード
Apple Pay、2016年中に日本で導入か?
Apple Payの動向と決済ビジネスに与えるインパクト

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賀川 勝(カガワ スグル) 上級研究員
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