矢野経済研究所 ICT・金融ユニット

アナリストオピニオン
2011.12.22

SIerこそが競争優位を確立できる領域~業界クラウドの可能性

SIerこそが業界クラウドを牽引できる

2010年に和製IaaSも多数登場し、いよいよクラウドも“いかに利用するか”を真剣に考えなければならない時期となってきた。そして、利用フェーズにおけるクラウドとして、矢野経済研究所がまず目をつけたのが、業界クラウド・業際クラウドである。

クラウドについては、多数のベンダーと意見交換をしてきたが、共通するのは焦点がPaaSに移行している点である。IaaSおよびPaaSはクラウド基盤と位置づけることができるが、すでにIaaSだけでは差別化困難な状況になってきたといえよう。成熟化に伴って、ユーザーの業種や業態、要望する機能の種類などが細分化され、クラウドに適用しようという動きがでてきている。それこそが業界クラウドといえよう。

その意味で、これからはSIerがIaaSを使いどう料理していくが重要となる。なぜならば、業界特有の事情を知り尽くしているのはほかならぬSIerだからである。

NECの建設業界向けクラウド

業界クラウドの代表例として取り上げられるのがNECが実現した「建設業界向け基幹業務クラウドサービス」である。これはSIerの強みをフルに発揮した好例といえるだろう。

NECは東急建設、竹中土木、日本国土開発、TSUCHIYAと共同で、建設業界向けに基幹業務システムのクラウドサービス化の共同企画を行い、NECのクラウド指向サービスプラットフォームソリューションの業種メニューのひとつとして、2010年10月7日に建設業界向け基幹業務クラウドサービスの販売活動を開始した。共通プラットフォーム(クラウド基盤、PaaS)上に、建設業界向けの共通した基幹業務アプリケーションを搭載、さらに個社ごとに作り込む必要のあるものはオプションとして個別に加えていく形態となっている。

このクラウドサービスは、そもそもは建設業界からの提案が契機であった。背景にあるのはシステムの老朽化、IFRS対応、建設業界の競争激化といった環境変化だ。従来型の個別SIによる基幹系構築には限界を感じた4社が、クラウドを活用した共同利用へと舵を切ったことになる。
業界4社の最大の狙いは、コスト削減である。そのため可能な限り業務を標準化して利用することでコスト削減を実現すべくNEC側からあるべき姿を提示した。そこに各社で意見を出し合い、各社の良いところを取り入れつつ全体をまとめていくといった作業が繰り返された。画面、帳票作成において様々な工夫を凝らすことで、業務適合率を高くし、7割程度の共通化に成功しているという。結果、コスト面では、業界4社側の意見として、当該サービスの導入費用・運用費用は既存システムと比較して30%減だという。クラウドの効果が発揮された事例といえよう。

業界内をブリッジできるのはSIerしかいない

業界クラウド、業際クラウドにおける“壁”は、テクノロジーではない。そのほぼ全ては“人”にまつわる問題ばかりだ。業界を束ねる人材の不足、ユーザー側企業の利害関係の調整、相互に信頼できる土壌の構築など、泥臭く信頼関係を醸成していく取り組みが必須となるのが業界クラウド・業際クラウドといえる。IT技術を用いてクールに形成していく、というものではなく、人と人とが信頼して初めて成立するのが業界クラウドである。

矢野経済研究所では、2008年からクラウドコンピューティングの取材を開始し、2009年初頭に『SaaS・クラウドコンピューティングのインパクトと市場展望』を発刊したが、そのときからコーディネーターの重要性について記載している。そこではサービスコーディネーターとして、さまざまなSaaSを組合せ提案でできる人材の必要性を提案し、また、業界クラウドについては、業界団体などを纏め上げるような力量も必要になると記載した。ただ、当時より、これは書くのは簡単だが、実施するのは非常に難しいと関係者と話をしていたわけだが、その具体的な形態のひとつをNECが実現したことになる。

SIerにとって、業界クラウドは必殺の差別化戦略

矢野経済研究所では、YRI Business Direction Finderとして、下記のような分析フレームワークを提案している。これはSIerの事業戦略の方向性を検討・策定する上で、汎用的に活用できる非常にパワフルなツールだ。

【YRI Business Direction Finder】
YRI Business Direction Finder

矢野経済研究所作成

ここで簡単に解説すると、まず縦軸であるが、これは「模倣困難性(製品・事業)」の程度を示す。ITはテクノロジー・オリエンテッドなため、基本的には技術的進展が新たなイノベーションを生み出していく。米国を中心に、新たなITシステムが考案され、それが市場を席巻する。先進的な技術を採用するほど、模倣困難性が高い状態、といえる。しかし、例えばサーバー仮想化技術などは、当初は一部の企業しか扱っていなかったが、すぐにコモディティ化し、いまでは誰でも使えるものになってしまった。こうして技術的先進性が薄れると、模倣容易な状態になり、市場では低価格競争が起きることになる(図の左下)。
模倣困難性は事業としても確立できる。例えば、Googleについていえば、もはやテクノロジーとしての優位性というより、検索エンジンの筆頭ベンダとして事業モデルが確立している点の方が模倣困難性が高いといえる。よって、縦軸では、製品や技術のみならず、事業という視点においても模倣困難性の高さを示している。

ついで、横軸には、「製品・サービスの志向」を置いている。左側が「標準化」であり、これは大量見込み生産のように製品を多くの人・企業に消費してもらおうとするものである。右側は「個別対応」で、受注一品生産のように顧客の多様なニーズに応えようとするものである。
この2つは相反する方向性を持つものであるが、例えば、性能は標準化しつつも、カラーバリエーションを増やして、多様な顧客ニーズに対応しようとするなど、標準化と個別対応の両方を志向するケースは多い。生産体制でいえば、多品種少量生産などは、まさに標準化と個別対応をミックスさせたものといえる。ITでいえば、システムインテグレーションは個別対応が重視され、パッケージベンダーは標準化が重視されることになる。
そして、4象限それぞれに「新製品開発戦略」「低価格戦略」「協調開発戦略」「ナレッジマネジメント戦略」などと、その領域において典型的にとるべき戦略を記している。

さて、ここに昨今のクラウドの潮流を当てはめると、IaaSやPaaS、SaaSは、左上に該当することになる。この領域でとるのが「新製品開発戦略」で、2010年は各社がIaaS等の新サービスを展開した。ただ、早くもコモディティ化の圧力はのしかかっており、すでに模倣困難性は薄れてきている。

一方、業界クラウドは右上にプロットした。右上は、特定顧客に対し模倣困難性の高い技術や事業を実現しようとする領域だ。典型的なのは顧客企業との共同開発で、共同開発するためには、顧客と特別な関係を築いていなければ実現できないことから、事業面での模倣困難性が高い打ち手といえる。上述した建設クラウドのような取り組みは、顧客企業との密接な信頼関係がなければ進展が望めないことから、誰もが取れる手立てではない。そのため、事業としての模倣困難性は高いといえよう。

いうまでもないだろうが、模倣困難性が高いとは、競争における差別優位性を維持していることを示す。よって、この領域のビジネスを展開するということは、事業戦略上、重要な意味を持つ、ということになる。
そして、協調開発戦略はまさに顧客に近いSIerが最も実現しやすい立ち位置にいると考えられる。それゆえ、SIerには業界クラウド・業際クラウドに対する取り組みを戦略上の意義からみても、強化していくべきではないかと考える。
まだまだ業界クラウド・業際クラウドは本格化していないことから、今後のITベンダーの取り組みに期待したいと思う。

忌部佳史

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忌部 佳史(インベ ヨシフミ) 理事研究員
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