矢野経済研究所 ICT・金融ユニット

アナリストオピニオン
2009.04.28

国内SIerのクラウドビジネスモデルの実際

国内におけるクラウドコンピューティングのインパクト

ご存知の通り、今やSaaS、PaaS、HaaS、クラウドコンピューティングといった言葉は無視できないものとなっている。弊社のユーザー企業調査でも、SaaS、クラウドコンピューティングなどの言葉について「知らない」と回答した企業は20%に留まり、ベンダーのみならず、ユーザーも関心を持っていると言える。
しかし、SaaS・クラウドコンピューティングについては、欧米系ソフトウェアメーカーの動向が話題の中心となっており、SIerが中枢を占める日本のIT業界においては、今ひとつそのインパクトが分かりにくいものとなっていた。
そこで、矢野経済研究所では、「SaaS・クラウドコンピューティングのインパクトと市場展望」を発刊し、主にSIerの動向を調査した。今回は、このレポート「SaaS・クラウドコンピューティングのインパクトと市場展望」からいくつかをピックアップし、紹介したい。

●クラウド・コンピューティング
クラウド・コンピューティングとは、インターネットを“雲(クラウド)”に見立て、雲に接続するだけで、サーバー側のリソースを意識することなく、ITサービスを利用できる環境のことを意味している。
 
●HaaS、PaaS、SaaS
明確に定義されているわけではないが、クラウド・コンピューティングは、インフラ、プラットフォーム、アプリケーションの3つの階層にわけて紹介されることが多い。それぞれHaaS(IaaSとも呼ばれる)、PaaS、SaaSと名づけられており、これらはクラウド・コンピューティングに内包されている、と捉えておいて良いだろう。

これ以外に、クライアントについても触れておきたい。
シンクライアントPCは、クラウド・コンピューティングの発展とともに導入されてゆくようになる公算が高い。また、Webブラウザもクラウド・コンピューティングと歩調を合わせるように発展していくことだろう。
クラウド・コンピューティングは、ユーザーにとっては意識せずに使われるものであるため、むしろこうしたインターフェースがユーザーの経験する最も変化するものになるだろう。

クラウドコンピューティング、PaaS、SaaS、HaaSの関係
クラウドとPaaS、SaaS、HaaSの関係

SIerのクラウド・ビジネスとは?

では次に、クラウド・コンピューティング、PaaS、SaaSなどのビジネス的側面について説明したい。
「セールスフォース・ドットコムが展開するクラウド・コンピューティング・ビジネスは?」と問われれば、“SaaSビジネス”とすぐ回答が返ってくるだろう。
いや、本コラムをわざわざ読むような方であれば、「SaaSに加え、PaaSも手がけている」と即答されるであろうか。同様に「アマゾンが展開するクラウド・ビジネスは?」と質問されれば、“EC2などのHaaSビジネス”と、思い付くことであろう。

では「富士通やNECなど日本の大手SIerが手がけるクラウド・ビジネスは?」と問われたら、どうであろうか。おそらく、「大手SIerがクラウドにどう関わっているのかよく分からない」という回答が多くなるのではないだろうか。

セールスフォース・ドットコムやアマゾンのビジネスは、ASPサービスであり、オンラインストレージサービスだと考えれば実に分かりやすい。無論、技術的背景の違いはあるのだか、ビジネスとしては理解しやすいモデルといえる。一方で、SIerのクラウド・ビジネスは今ひとつ理解しにくいという印象がある。

日本のIT産業の中心にいるのはSIerである。となれば、SIerのクラウド・ビジネスを理解することは、国内市場を研究する上で必要不可欠な要素であろう。
さて、いよいよSIerのクラウド・ビジネスについて触れていくことになるが、結論からいえば、次の2つに分けることができる。

  • 分類(1) アウトソーシングビジネス
  • 分類(2) クラウドインテグレーション

この2つを切り口に、いくつかの視点から整理していく。

拡張するアウトソーシング、台頭するクラウドインテグレーション

下図は、理解しやすくするために、SIerのビジネスを大幅に簡略化して表現したものである。左が従来(現状)であり、右がクラウド時代のサービスラインである。

SIerのビジネスモデル変遷(従来/クラウド時代の比較)
SIerビジネスモデル変遷(従来/クラウド比較)

【BPO】
BPOは現在も注力されているサービスであるが、クラウド時代となっても、位置づけとしては変わりない。そのまま残ることになる。
 
【ホスティング】
ホスティングは一部そのまま残るものの、多くはより利便性の高いPaaSやHaaSに置き換わると考えられる。
 
【PKG(パッケージ)】
パッケージについては、既にその動きがでているが、これからはSaaSへと移行することになるだろう。もちろんすべてがSaaSに移行するわけではない。しかし情報系を中心に、一部は確実にSaaSへとシフトすることになる。そして、SaaSへ移行するとともに、アウトソーシングビジネス(上記:分類(1))としてカテゴライズされることになる。クラウドを語るときに「所有から利用へ」と言われるが、SIerのビジネスにおいても、アウトソーシングビジネスが拡張する形でそれは現れてくる。
 
【システムインテグレーション】
システムインテグレーションは、今後、クラウド・コンピューティングの発展に伴い、クラウドインテグレーション(上記:分類(2))としてビジネスの俎上に載せられるようになる。
クラウドインテグレーションとは、簡潔にいえば、既存の自社運用型システムに加え、SaaS、PaaS、HaaSなどをも利用しながらユーザーの求める情報システムを構築してゆくことである。
これからは既存システムとの連携、SaaS事業者と他のSaaS事業者との連携など、クラウドの内外を問わず、あらゆる連携が模索されることになる。そのつなぎ込みのビジネスや、カスタマイズのビジネスが、クラウドインテグレーションとして注目を浴びるようになるといえる。

……こうして、クラウド時代のSIerにとっては、アウトソーシング事業とクラウドインテグレーション事業が主要なビジネスへと変わっていくことになると考えることができる。

国内大手SIerのクラウド・ビジネスへの取り組み状況

続いて、先にアウトソーシングビジネス(上記:分類(1))に分類したSaaS、PaaS、HaaSについて、大手SIerの取り組みを解説したい。
昨今、富士通やNECといった大手SIerがクラウド・コンピューティングへの参入を表明し、活動を進めているが、彼らのビジネスは、おおむね下図のようなものとなっている。

大手SIerのクラウド・ビジネス
大手SIerのクラウド・ビジネス

矢野経済研究所作成

【SIerによるクラウド・ビジネス(1):中小・中堅企業向け】
まず、中小・中堅企業に対してだが、結果的には主にSaaSを提供することになるが、これはパートナー企業を経由して行なわれる。つまり、大手SIer自身は、SaaS事業者にPaaSを提供することでビジネスに関わることになる。
 
【SIerによるクラウド・ビジネス(2):大手企業向け】
大手企業に対しては、SaaSやPaaS、HaaS、BPOといったビジネスへの展開や、PaaS上で大企業向けのシステムをスクラッチ開発するといった提供を目指す。
分かりやすくするために図には示さなかったが、本来はパートナー企業のSaaSから大手企業へ流れる矢印も存在する。
ただし、大手企業は標準のまま使うより、カスタマイズを要求しがちなことから、大手SIerとしては、ニーズにあわせて多少手を加えた上で、提供したいと考えている。
さらには単にSaaSを提供するのではなく、複数のサービスを組み合わせた展開が想定されている。箇条書きにすれば、大手企業向けには次のようなサービスが想定されていることになる。
  • SaaSの単純提供およびカスタマイズ提供
  • PaaSを貸し出し、企業内SaaSを開発・提供
  • HaaSを貸し出し、スクラッチでシステム開発し、提供
  • 以上を組み合わせたサービスや、ユーザー企業の既存システム連携、BPOサービスを絡めたサービスの提供

このようなSIerのSaaS・PaaS・HaaSに関するビジネスモデルは、セールスフォース等とどのように異なるのだろうか。続いてそれを分析してみよう。

国内大手SIerのSaaS・PaaSビジネスはいわば“小売店モデル”

事業モデル類型

 

      類型      事業内容           事例
直営モデル SaaS専業 一般的なASP事業者など
直営+小売モデル SaaS主体+PaaS セールスフォース・ドットコム
小売モデル PaaS主体+SaaS 国内大手SIer
矢野経済研究所作成

外資ベンダーとSIerとのSaaS・PaaSビジネスの違いは、端的にいえば、上表のように直営モデル/小売モデルで考えると分かりやすい。ここでは、その中間も入れて「直営モデル」「直営+小売モデル」「小売店モデル」に整理した。

【SaaS・PaaSビジネス分類(1):直営モデル】
直営モデルとは、一般的なASP事業者が行なっている運営スタイルである。よりイメージしやすくするために別のものに置き換えれば、SPA(製造小売)で有名なユニクロなどを思い出せばいいだろう。直営モデルでは、インフラからサービスまで、メーカーがすべてを用意する。ビジネスインフラのほぼすべてを垂直的に用意し、展開するビジネスモデルということである。
 
【SaaS・PaaSビジネス分類(2):直営+卸売モデル】
直営+卸売モデルとは、SaaSを主体にビジネスを展開しつつ、PaaSを開放し、他社製のSaaSも販売するというモデルである。自社製品の直営販売ショップを持ち、その中で関連する商品も販売しようとするイメージである。
セールスフォース・ドットコムは、自身がCRMをSaaS提供しているが、同時にPaaSの提供を開始した。PaaS上にはサードパーティのアプリケーションが提供されており、ユーザーはセールスフォースのSaaSに加え、サードパーティのSaaSも利用することができるようになっている。
 
【SaaS・PaaSビジネス分類(3):小売モデル】
小売モデルとは、PaaS事業を主体とし、SaaSは主に他社からの提供を受けるというものである。たとえて言えば、イオンやイトーヨーカドーといった小売店に該当する。
現在、国内大手SIerが展開するPaaSの多くがこの形式となっており、自身でもSaaSを作るが、多くはパートナーから調達することを想定している。
小売モデルでは、品揃えが店舗の魅力に直結する。国内大手SIerは、現段階ではパートナー集めに苦心しているところがほとんどであるが、魅力的な品揃えを確保するために、その準備に急ぐ必要があるだろう。

忌部佳史

忌部 佳史(インベ ヨシフミ) 理事研究員
市場環境は大胆に変化しています。その変化にどう対応していくか、何をマーケティングの課題とすべきか、企業により選択は様々です。技術動向、経済情勢など俯瞰した視野と現場の生の声に耳を傾け、未来を示していけるよう挑んでいきます。

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