矢野経済研究所 ICT・金融ユニット

アナリストオピニオン
2011.11.16

クラウドコンピューティングの変遷

クラウドのこれまでの流れ

■クラウドのテーマは構築から活用へ

【図表1:クラウドに関するテーマの変化】
クラウドに関するテーマの変化

矢野経済研究所作成

矢野経済研究所では、2009年初頭、2009年末、2011年初頭とクラウドコンピューティング関連のレポートを発刊している。
2008年頃は、クラウドというキーワードはバズワードという認識を強くもつ関係者も多く、懐疑的な意見が多かった。SIerが市場の主流となっている日本国内市場では、Google、Amazon、Salesforce.comといったクラウドネイティブは、黒船・脅威と捉えられることも多かった。つまり、クラウドの登場によりSIerの仕事がなくなる、という論調だ。そこで、矢野経済研究所の「SaaS・クラウドコンピューティングのインパクトと市場展望」でテーマとなったのが、“クラウド時代のSIerのビジネスモデルとは?≒クラウド時代の企業情報システムとは?”というものだった。

しかし、下にある 図表2 クラウド転換によるビジネスの変化に示すように、結論としては、ITアウトソーシングビジネスの拡大とクラウドインテグレーションの登場を柱に、SIの市場はハードウェアを中心に一部の市場が小さくなるものの、クラウドにより新たなビジネスが登場すると指摘した。当時はなかったクラウドインテグレーションという言葉も、今では各社のIR資料等、あちこちで見かけるようになり、我々の予想通りの流れになっていると考える。

こうして、ともかくも多数のメディアを巻き込みながら、“クラウドコンピューティングとはなんぞや?”ということが2008~2009年を中心に論じられ、誤解や曲解も含めてクラウドの理解が進んだ。

【図表2:クラウド転換によるビジネスの変化】
クラウド転換によるビジネスの変化

矢野経済研究所作成

そして、同時並行的に次々と米国系の先端企業が採用するテクノロジーが日本でも紹介されるようになり、クラウドを実現するための知識が普及していった。大手国内ベンダーの目標も、米国系クラウドベンダー並みのIaaSを立ち上げることに置かれるようになった。その結果、2010年に入り次々とIaaSは立ち上がり、Amazon追撃の体制が整ってきたといえる。無論、技術的進展はまだ過渡期だ。IBMでは、「仮想化・自動化・標準化」が全て揃ったものがクラウドとしているが、いまのところこの定義は非常に分かりやすいものと考える。そして、この視点で国内ベンダーが提供する“自称クラウド”を観察すると、まだ追いついていないものも多い。その点は考慮する必要があるが、それでも、2010年は「クラウドの構築」が実現された年という認識でいいだろう。

こうして、国内においても2010年でクラウド製品が用意された。まとめれば、2010年までは、“クラウドの理解/構築を目指す”年であったといえよう。

そして、続く2011年については、「社会をどう変えるか」を考えることであり、「クラウドをどう活用するか」を検討することにあると、年初発刊のレポート(『2011 クラウドコンピューティング市場 -現状と今後の展開予測-』)で示した。

そして、こうした流れを背景にうけ、クラウド活用の重要な一形態である、業界クラウド/業際クラウドについて分析した資料を2011年10月31日に発刊した。

■クラウドが提供した新たな価値
過去、クラウドの定義についてはさまざまな議論がなされ、混迷という言葉がぴったりの状況であった。その要因のひとつは、ユーザー目線による論点とテクノロジー目線によるものとが混在して語られていたことにある。

【図表3:視点の違いによるクラウドイメージの差】
視点の違いによるクラウドイメージの差

矢野経済研究所作成

ユーザー側からのメリットとは、一般には「所有から利用へ(変動費化・従量課金)」「ユビキタス性(マルチデバイス対応とオンラインアクセス)」「共有による低コスト化」といったようなものになる。他にも切り口は多数(初期投資不要、必要なときだけ利用できる、など)あるだろうが、根底にあるものは同じものだ。

しかし、こうした数々のメリットは逆に混乱を招いたといえる。その理由は、それらのメリットは従来型ITアウトソーシングの領域、つまりはハウジングやホスティング、ASPなどでも実現できていたではないか、という点にある。ユーザー側は、数年前は「SaaSとASPと何が違うんだ」という疑問を抱えていたが(いまでもその疑問を持つ人は多い)、IaaSやPaaSが登場し、今度は「ホスティングと何が違うんだ」という疑問を持つ。そして、ベンダー側も、ホスティングとIaaSとを明確には区分けしていないケースがある。極端にいえば、課金体系を年単位から月単位に変更しただけでもクラウドと称することが可能なのが現状だからだ。

他方、テクノロジー目線では、だいぶ整理がなされてきた。IBMの定義を借りれば、仮想化、自動化、標準化がなされていなければクラウドではないし、事実、クラウドがクラウドたるのはこうした技術を搭載しているからだといえる。
そして、こうした技術は、従来型ITアウトソーシングでは提供できなかった新たな価値の提供に成功した。それは“俊敏性”および“柔軟性”に集約できると考える。

言い換えれば、クラウドは従来型ITアウトソーシングの延長線上にあることから、提供できるベネフィットは、根底では従来型ITアウトソーシングと変わらない。しかし、新しい技術を搭載することで、従来型のITアウトソーシングサービスをブレークスルーし、“俊敏性”および“柔軟性”というメリットを提供できることを可能にしたのである。

例えば、ユーザー企業が「サーバー領域を明日から10日間だけ増やしたい」と考えたとき、Web画面上でセルフサービスで簡単に追加できるのがIaaSである。従来型のホスティングサービスではこうはいかない。しかもクラウドは高効率なため、相当に低コストだ。
こうしたことが可能になるのは、仮想化技術や自動化技術を搭載したクラウド基盤を構築しているためである。クラウド基盤がなければ、迅速かつ柔軟にサーバー領域を増減するといったことは技術的に困難である。
つまり、ASPやホスティングではできずクラウドにしかできないものとは、クラウド基盤を構築できているかどうか、そしてそれにより迅速・柔軟な対応を可能にしているか、ということがポイントになるといえる。加えて、この高効率なクラウド基盤というインフラが驚異的な低コスト化を実現しているのである。これらはクラウド基盤を構築できたベンダーだけが提供できる武器なのである。

2010年までは、クラウドについて、上述したようにサービス側の条件やメリットなどからの整理とテクノロジー側からの整理が少しずつ行われてきた。特に技術的要件が明瞭になってきたことは大きい。まだまだ進化途上とはいえ、発散していた論点が集約され、クラウドの理解が進んだのは間違いない。

他方、サービス側はむしろますます拡散しているといえる。クラウドの概念は年々拡張され、また、ブロードバンドの発展やiPhoneなどの新しい端末の出現などにより、ASPやホスティングに止まらず、iTunes StoreやmixiなどのSNSサービス、オンラインバンキングシステム、決済システム・・・とにかくオンラインならなんでもクラウド型システムなどと表現されるところまできている。

エンタープライズコンピューティングの市場研究を担当する者としては、ここまで拡張されるとさすがに閉口せざるを得なかったのだが、2011年に入りクラウドの基準を上記でいうテクノロジー目線からユーザー目線に変更すべき時期に来ていると感じている。

そう考える理由は、

  • クラウドメリットは必須でないこと
  • テクノロジーのコモディティ化
  • クラウド活用が焦点になること

にある。

 

■クラウドのメリットは必須ではない
クラウドのメリット(俊敏性”および“柔軟性”)は、考えてみればユーザーにとって必ずしもメリットになるとは限らない。例えば、あるユーザーにとっては、長期契約を前提とする従来型サービスで十分、ということはあろう。また、クラウドのメリットにより生み出される低コスト性も、長期契約を前提にするとユーザーメリットとならないケースもある。実際、あるベンダーでは、「クラウドの契約形態(月額料金)と現状の5年契約を比較すると、5年契約の方が安くなる」という結果だったという。普通の経済観念から考えれば、長期契約の方が安くなるのは当然であり、これではクラウドのメリットは生まれない。

つまり、従来型ITアウトソーシングのメリット・デメリット、クラウドサービスのメリット・デメリット、それらは分けて考え、ユーザーは自社にとって都合の良いサービスを選択すればそれでよいといえる。クラウドが全てを解決する万能薬のようなものというイメージは未だにあるようだが、そこは冷静に、ユーザー側の目線で判断していく必要があるだろう。

■テクノロジーはコモディティ化する
また、“俊敏性”および“柔軟性”を実現するクラウド・テクノロジーには仮想化や自動化があるが、こうしたものはパッケージ化され、実現容易なソリューションとなる。IT産業ではテクノロジーのコモディティ化は当然の流れであり、いまある先端テクノロジーは、明日には当たり前のテクノロジーとなっている。今はホスティングの看板をクラウドに付替えただけというベンダーもいるだろうが、技術が普及すれば、それらは看板通りのものへと変わっていくだろう。

その意味から、もはやテクノロジーの差をもって、似非クラウドなどというような見方をするのは限界に近づいていると考える。いつまでも新しいテクノロジーに適合できない企業のいくつかは、自然と淘汰されていくことだろうが、コモディティ化し、多くの企業が同様のサービスを提供するようになるであろう。

■クラウド活用が焦点に
2010年がクラウド基盤の構築を実現した年であったのに対し、2011年以降はクラウドの活用を検討する年になる。そのため、なおさら主役はテクノロジーではなくユーザーへと移行していく。
そこでは、市場にはあらゆるものがクラウドと表記されるようになるだろう。ここまでくれば、もはや仮想化ウンヌンという話はほとんど意味をなさない。また、クラウドが本来持つコアなメリット“低コスト・俊敏・柔軟”という特徴も、ユーザー目線からみれば、他のメリット(例:スマートフォンでどこからでも書類が見られる、など)の重要性もあることから、直接的な関係は薄くなっていくだろう。
こうなると、もはやテクノロジーの差でクラウドを語ることはほぼ意味をなさなくなる。

以上が、テクノロジー目線ではなく、ユーザー目線でクラウド市場を俯瞰すべき時期にきたと感じている理由だ。

クラウドが社会を進化させる

■クラウドの真価はこれから問われる
“低コスト・俊敏・柔軟”というテクノロジー目線の評価基準は陳腐化すると述べてきたが、しかし、1点だけ重要なことがある。それは、まさにこれらの特徴を使うことで、いままでにない利用方法が登場する可能性である。これが登場すれば、クラウドは違う舞台へと昇華する。
これまで“従来型ITアウトソーシングを低コストかつ柔軟に提供することに成功したのがクラウド”という書き方をしてきた。しかし“ユーザー目線でクラウドによるメリットが出現”することができれば、これは明らかにITアウトソーシングとは異なるサービスの誕生、ということになるだろう。
このときポイントになるのは、下記の2点になると考えられる。

  • 低コストでの大規模大量情報処理
  • 情報共有による新たな価値創出


大規模大量情報処理とは、いわゆるビッグデータのことで、これまででは考えられないほどの量の情報を一元的に吸収してしまうクラウドの存在だ。Google などがまさに該当するのだが、今まででは巨額なコストを必要としたコンピュータ能力やストレージが安価に利用できるようになった。
しかも、クラウドはネットワーク経由で世界のどこからでも、さらには多数のデバイスから接続することができる。つまりは情報共有が格段に行いやすくなっている。

 

こうした特徴を活かし、どのような価値を生み出し社会や人々の生活に役立つものになるか、それを考え、実現していくことがこれからの課題になる。あらゆるサービスは、根源ではQuality of Lifeに向けられなければならない。それはクラウドも同様といえる。

業界クラウドは、いまはシステムの共同利用によるコスト削減が一番の目的となるが、業界クラウド・業際クラウドの一部には、ビッグデータの視点を取り込む動きもみられ、ITは大きく変わろうとしている。まさに我々は、時代の変節点に立っているといえるだろう。

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忌部 佳史(インベ ヨシフミ) 理事研究員
市場環境は大胆に変化しています。その変化にどう対応していくか、何をマーケティングの課題とすべきか、企業により選択は様々です。技術動向、経済情勢など俯瞰した視野と現場の生の声に耳を傾け、未来を示していけるよう挑んでいきます。

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