矢野経済研究所 ICT・金融ユニット

アナリストオピニオン
2019.12.10

CASE時代の「人馬一体」 ―モビリティとは生きることなのだ―

CASEの進化といっても電卓と一緒だろ?

先日、ある70代のカーガイにきかれた。ちなみにここでいうカーガイとは、「愛」を付けてクルマを呼ばずにはいられない愛車男のことを意味する。
カーガイ曰く「最近CASEとか騒いでいるけどさあ、100年に一度の大変革とかいうけど、実はたいしたことないんじゃないの?」

そのカーガイは自動車業界で長らく生きてきた大先輩である。仮に鈴木さんとしよう。
たしかに18年あたりから、新聞・雑誌・Webの自動車関連記事では、CASEという単語を目にしない日はない。自動車産業に「CASE」という名の100年に1度の大変革の波が押し寄せているという内容であり、自動車業界が危機感を感じ新たな投資・提携などに乗り出している…などは世間の一般常識となっているはずだ。
だというのに鈴木さんは「たいしたことない」とおっしゃる。
さらに鈴木さん曰く、「俺はかつての電卓と同じことだと思うんだよね。そこんところどうなの?」

一瞬、質問の意味が分からずに「どういうことですか?」ときいた。
すると鈴木さんは「だって電卓にしたって60年代までは今のPCくらいの大きさがあったのに、すぐに小型化が進んで、80年代には今みたいな手のひらサイズになっただろ。しかも当初は電源コード付きだったものが、乾電池になり、太陽電池式になった。たしかに変化したけれど、それでも電卓であることは全く同じだっただろう」という。

いわれてみれば電卓はそんな具合に変化を遂げてきたことを思い出した。「たしかにそうですね」と私は答えた。
すると次に彼は「だから電卓と同じだと思うんだ。CASEによる自動車の大変化といっても、案外電卓と変わらない。俺の愛車がガソリンエンジンから電池とモーター制御になっても、高速道路で手放し運転できる機能が搭載されても、俺の愛車であることはちっとも変わらないよ。ケース、ケースってやたらと大騒ぎして何なんだろうね」ということであった。
たしかに鈴木さんが自分の気に入った愛車を好きに走らせるシーンだけをとってみれば、CASEの大変化といってもそんなものに見えるかもしれない。

だが、当然ながら、CASEやMaaSを調査担当分野とする筆者にとって、それを認めるわけにはいかないのである。そこで反論を試みた。「ちょっと待ってください。CASEによる変化はもっとすごいものですよ。自動車が変わるだけでなく、他の産業も巻き込んでの大変化になるんですよ」

※CASE(Connected=つながるクルマ、Autonomous=自律運転、Shared=共有するモビリティ、Electric=電動車・EV)

CASEはクルマを異次元に持っていく

筆者の反論とは、かいつまんでいえば次のようなものだった。

まずCASEのCだが、コネクテッドカー(ConnectedCar)の略である。通信モジュールを搭載して外部のクラウドとつながるクルマを指す。またコネクテッドカーで使える「テレマティクス保険」などの新たなアプリケーションをも意味する。コネクテッドカーにより、クルマ側をエッジコンピュータとして、無線でつながったセンター側をクラウドとして、まるでPCと同じように「エッジ⇔クラウド」情報のやりとりができるようになった。
鈴木さんのいう電卓の処理レベルではない。コネクテッドカーでは、外部のクラウド環境と通信でつながる本格的なITシステムが構築されるのだ。大変化である。

次にCASEのAだが、自動運転(Autonomous Vehicle)の略である。自動運転でも、レベル2のADAS(安予防安全置)システムであればカーガイが保有する愛車(オーナーカー)にも普通に搭載されていく。だがレベル4以上の無人自動運転カーの場合は、オーナーカーではなく、ロボットタクシーやロボット配送車のような業務用車両(ロボットカーのシェアサービス含む)から展開されることになりそうだ。なぜならカーガイの愛車に搭載されるのは、完全に安全性が確保されてからという事であり、それには道路など周囲のインフラシステムとの連携が必須となるため、膨大なコストと時間がかかってしまうからだ。比べてロボットカーでは、安全面にかけるべき負担は軽くて済む。まずは高速道路や一部の特区において、各種サービス事業者の業務車両として動き出すことになる。
鈴木氏のいう愛車とは異なる進み方だ。

さらにCASEのSだが、シェアリング(Sharing)の略である。クルマを保有することから、シェアして使いたい時だけ活用することへのシフト。いわゆる「モノ売りからコト売りへのシフト」である。海外のUberやDiDi、Grabのような大規模ではないが、日本においても、JAPAN TAXIのようなタクシー配車、パーク24のようなカーシェアなどのサービス事業者が動き出してきた。だが、それより注目すべきは、ここにきて客送サービスだけでなく、ウーバーイーツのような配送などの業務用サービスも動き出してきていることだ。「物流業界」はもちろんのこと「建設・住宅業界」や「医療業界」が大きな興味を示していることがあげられる。つまりこれらの業界では、モビリティサービスを自社ビジネスに組み込んでしまおうと考えているのだ。たとえば医療業界では「病院のベッド不足や、過疎地の病院通いの足を補うための検診・診療・入院カー」などが動き出しそうだ。むしろ電車やバスなどの公共交通とカニバリしそうな客送よりも、業務用・配送用のほうが、より新市場を切り開くことができるかもしれない。
このあたりが、オーナーカーにこだわるカーガイ鈴木さんの意識の範疇外といえよう。

最後にCASEEだが、電気自動車(EV)の略である。この「ガソリンカー→EV」の変化は、そのエネルギー源が変わったという点において、電卓の電源が「コンセント→乾電池→太陽電池」に移行したのと同じように見える。しかし、EVがコネクテッドカーとつながることにより、将来的にクルマの存在意義そのものが変わっていくかもしれない。
通信でつながることにより、都市全体のエネルギーマネジメントシステムにおいて、EV内蓄電池の電力をも含めて考えることが可能になるからだ。つまりクルマが電力システムの一部になる。現在でも、被災地にEVやFCVが「走る蓄電池」として出かけていき、洗濯機や冷蔵庫、電子レンジといった家電やスマホ充電やテレビなどのメディア用に電気を供給するケースがある。
これらはクルマを移動手段としてだけ考えてきた、カーガイ鈴木さんの意識の範疇外といえよう。

このようにCASEは、クルマをこれまでとは異次元の世界に運んでいくのだ、と筆者は反論した。

馬の時代から主役はコト(モビリティ)だった

筆者の反論とは、かいつまんでいえば前述のようなものだった。筆者は内心大得意。「どうですか、鈴木さん。CASEはこんなにも、クルマを別次元の存在にもっていけるんですよ。ご理解いただけましたでしょうか、ふふん」という感じであった。

さらに余裕をかまして、「鈴木さん、どう思われますか?」ときいてみた。ところが、カーガイ鈴木さんは、何となく「ほんとにそうかなあ?」というあいまいな表情だ。それを見ていると、何だか筆者も不安になり、もう1度考え直してみた。

たしかにCASEにより自動車産業は大きく変わる。周辺産業にも影響を及ぼすはずだ。だが、カーガイ鈴木さんは自動車産業について話していたのではなく、あくまでも自分の愛車について話していたのではないか? 愛車についてだけ考えるならば、それがコネクテッドになろうが、自動運転できるようになろうが、EVになろうが愛車であり続ける。愛する犬がチワワからシェパードに変わったからといって愛犬であるのと同じように。またシェアリングはそもそも愛車ではないのだから関係ない。

では、鈴木さんが言うように、オーナーカーにおいては、「CASEの進化といっても電卓の進化と一緒」くらいのものであるのか?

自動車に限定してしまえばそうなのかもしれない。だが、今起こっている100年に1度の大変化とは、単に自動車の、自動車産業の変化ではないのかもしれない。トヨタ自動車がかつてCESにおいて「トヨタをモビリティカンパニーに変革します」と掲げていた。ならば100年に1度の変化で変わるのは、自動車ではなく、モビリティではないのか。

これまでの100年で変わったものは「馬→馬車→自動車」という変化だったのではないであろうか。1908年にT型フォードが世に出てから、わずか20年の間に、米国の大通りから馬と馬車の姿を完全に払しょくしてしまった話は有名だ。
そして、これからの100年はMaaSの概念のとおり、オーナーカーばかりでなくシェアカー。四輪乗用車ばかりでなく2人乗りの小型モビリティ、バス、バイク・スクーター、電動自転車、電動キックボード、ドローン、空飛ぶタクシー、航空機、鉄道、船舶等の多様なモビリティがマルチモーダルに連携しあい、ユーザはスマートフォンで予約・決済して自由に移動できるようになっていく。それらはやがて都市交通システムとしてスマートシティ構築の一部を担うようになる。

つまりこれまでの100年は馬から自動車への変化、これから100年の変化は自動車から移動(モビリティ)への変化という事だ。これからの100年は乗り物がなんであるかに関わらず、移動するという行為こそが主役になっていくのだ。

考えてみれば馬の時代から、人は移動したいから何かに乗ったにすぎないのである。馬の時代から主役は移動(モビリティ)という「コト」であり、自動車をはじめとする乗り物は時代に即して主役を支えてきた脇役にすぎない。そうした視点からすれば、鈴木さんの愛するオーナーカーも脇役の一つでしかない。また筆者が得意になって語った次世代自動車も脇役のひとつでしかない。
繰り返すが、次の100年の主役は移動(モビリティ)という「コト」である。

モビリティは「どう考えるのか、どう生きるのか」に影響与える

これからの時代の主役は移動(モビリティ)という「コト」であることは前述した。 それでは移動(モビリティ)という「コト」とは、いったいどのようなものなのか? 馬の時代から、人が空気の粒子を切り裂きながらまだ見ぬ目的地に向って進んでいくのが移動なのは同じことである。しかし、これからの100年における移動(モビリティ)という「コト」には、新たな意味が加わってくるのではないであろうか。

それは「移動(モビリティ)がITと融合しあうことで、新たな価値を生み、人間の考え方や、ものの見方に大きく影響を与える」ということだと考えられる。たった今の香港事情について、我々はテレビやネットを通して知ることができる。香港事情は国境を越えたのだ。それを可能にしたのは、様々なモビリティを活用して現地に出向き、様々なIT機器を用いて情報を世界中に発信している報道機関である。

かつて筆者はトランプ就任期(2017年1月)に米国ラスベガスで開催されていた「CES2017」に行き、現地在住の人に「最終投票の前に、もうトランプだとわかっていた」「日本ではトランプ優勢の報道はなかったのか」と問いただされ驚いたことがある。日本にいては、本当のことは伝わりにくいのであろう。
また2019年1月「CES2019」で米国に出かけたときには、現地のTVでは「メキシコ・米間の壁」報道が1日中絶えまなく放送されており、現地の人はこれからどうなるのかじっと見守っていた。しかし、その間も日本のニュースではさほど重大視されることもなく日々は過ぎていったように感じたものだった。

このインターネットが世界中をつながっている現代においても、実際に足を運ぶと情報の内容が違ってくる。またSNSでひとつの意見ばかりが畳みかけられる傾向のある現在、移動(モビリティ)という「コト」が新たな視点を生み、それが人間の考え方や、ものの見方に大きく影響を与える可能性をもっているのではないか。

特に大きな政治事件に限らない。「人口が集中し、異文化や異民族や多様な価値観がせめぎあう都市空間において、どう生きていけばいいのか」についての情報は、ITから入ってくる情報だけでなく、ドアを開けて、何らかのモビリティで移動を開始することにより、新たな視点・発想が生まれてくるのではないのか。
逆に「過疎化し、意図的に捨てられていく地方の中で、人間がどう生きるのか」を考えるにも、何らかのモビリティで高齢者が村を飛び出し移動を開始したところから、他地域の人間との関係が新たに生まれたり、外部の人間を地方に呼び込んだりして、新たなアイデア・つながり・可能性が生まれてくるのではないのか。それに高齢者が移動するようになると健康が増進し老人医療費が下がるという良い面もある。

かつて馬の時代、「人馬一体」といわれていた。それが馬車の時代になり、自動車の時代になり、モビリティの時代になっても、「乗り物」そのものに限定されることなく、「移動」という一点においてはやはり「人馬一体(人モビリティ一体)」なのである。ただし、この場合、一体というのは肉体だけが一体となることをさすのではなく、生きるための思考がモビリティの影響を大きく受けるということである。
「モビリティは思考の道具」であり、それを設計することは「考え方を設計する事」なのだ。「モビリティが走る町は生きる場所」であり、それを設計することは「生き方を設計する事」なのだ。

突き詰めると、これからの100年のモビリティは「人間がどう考えるのか、どう生きるのか」に大きく影響与える「コト」になっていくのではないだろうか。
「モビリティ(移動すること)とは生きる事」なのだ。してみると、70代のカーガイ鈴木さんの愛車というのは自動車時代の「人馬一体」であり、鈴木さんは四輪の鉄の馬と共に人生を謳歌したに違いない。

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