矢野経済研究所 ICT・金融ユニット

アナリストオピニオン
2017.08.17

コネクテッドカー時代はロックでやってみましょう!

日本カーエレ産業によせてきた2つの大波

当社では2016年11月から17年5月にかけて調査を実施し、市場調査レポート「2017年度版 車載ソフトウェア市場」を発刊した。(「戦略編」「分析編」の2分冊)

今回の調査を通して感じたことは、2016年から17年にかけて、日本の自動車産業、特にカーエレクトロニクス(カーエレ)産業に2つの大波が押し寄せていることだ。
大波のひとつは欧州企業を中心とする車載ソフトウェア標準化「AUTOSAR」だ。欧州得意の標準化を世界に向けて打ち出し、「自動運転時代に向けて大容量化が進む車載ソフトウェア開発の効率化を図る」的な旗頭の元、実は「標準化をもって世界の自動車開発の覇権を握ろう」とする欧州の野望が見え隠れする。
もうひとつの大波はグーグルやアップルたち米国企業が推進する「自動運転プラットフォーム」だ。米国企業はかつてスマートフォンにおいても、AndroidOSやiOSというスマホOSをもって世界市場を制した。2008年のスマホ出始め当初は「モバイルの価値を決めるのはあくまでハードウェアだ。ハイレベルな日本携帯電話機が負けるわけはない」と譲らなかった日本企業も、次第にグーグルフォンやアイフォンに追い込まれていった。“Web活用機能が充実している”や“グローバルレベルでアプリ・コンテンツ・ハードを巻き込んでいる”等の点でかなわなかったのだ。同じように米国企業は、今度は「自動運転プラットフォーム」をもって世界自動運転カー市場を制するべく動き出している。自動運転プラットフォームとは、グーグルのAndoroid AUTO、アップルのCARPLAYなどの進化形と目される。自動運転プラットフォーム搭載車両を普及させることで、米国はデファクトスタンダード(事実上の業界標準)を狙っているのだ。
日本の自動車産業にとっては、欧米ともに極めて重要なマーケットである。したがって欧州の「AUTOSAR」、米国の「自動運転プラットフォーム」という、欧米どちらの大波にもうまく乗らなくてはならない。ここに現在の日本自動車産業が直面している難しさのひとつがある。

次世代自動車のカギ握るコネクテッドカー

「昔はよかった」というつもりはないが、かつて1990年代~2000年代にかけて、日本はITS(Intelligent Transport Systems)技術において世界のトップ走者であった。カーナビやETCでは、世界中が日本の技術を後追いしていた。この時代の車載ITでは、日本が世界のリーダーだったといえる。
だが、時代は変わった。2017年現在、車載ITはかつてのカーナビのようなスタンドアロン・システムでない。外部のクラウドとモバイル通信でつながり連携を図るコネクテッドカーの時代に入っている。

前出の2つの大波「AUTOSAR」「自動運転プラットフォーム」でもスタンドアロンの車載システムばかりでなく、むしろ今後は外部のクラウドとの連携によるコネクテッドカーへの対応が肝だ。
今後のAUTOSARはパワトレ系・シャシー系のような走行制御ソフトウェアばかりでなく、情報系・HMI・ADASといった外部との通信を活用する分野のソフトウェア標準化を進めていくため、コネクテッドカー対応が重要視されていく。
また自動運転においても、そもそも通信が必須なのである。車両側で収集したセンサデータをセンターサーバ側に送り、逆にサーバ側でデータをAI解析した結果を車両に返送する・・・という双方向のやり取りがレベル3以上の自動運転カーでは不可欠だからだ。
こうした点から考えると、コネクテッドカーこそが今後の自動車を考える上で鍵となる存在であり、非常に有望な市場であることは間違いない。

しかし、コネクテッドカー市場にはスマートフォンとクラウドの両方の強者が立ちはだかっている。スマートフォン市場の強者とは、前述したグーグルやアップルたち米国プラットフォーム企業。クラウド市場の強者とはアマゾン、グーグル、マイクロソフト、IBMという、これも米国IT企業である。そのどちらにもおいて、日本企業は世界をリードできる優位な立場にない。
それでは優位な技術力を持たない日本企業が、どうすればコネクテッドカー時代において世界での戦いに勝ち、生き残ることができるのだろうか。ここでは技術的なことではなく、日本企業がどのような考え方で次の時代に向かい合っていけばいいのか・・・ということで語りたい。
今回の調査の中で拾い上げた声の中から、それについて考えてみた。

グーグルが叫んだロック一発

かつて日本が強かったITSと、これから世界での戦いが始まるコネクテッドカーとを比較して、次のような言葉を耳にした。曰く「ITSはオーケストラ、コネクテッドカーはロック」である。

【図表:ITSとコネクテッドカー比較表】

【図表:ITSとコネクテッドカー比較表】

矢野経済研究所の想像により作成

かつて世界をリードしていた日本のITSにおいては、もともとの自動車産業ピラミッドに準じて、各業界が力を合わせ、協調しながら市場を構築した。国家機関がVICSやETCのようなインフラを構築・運営し、カーナビメーカが車載機を製造し、自動車メーカ(OEM)が純正採用し、地図メーカがナビ地図を提供し、液晶・音声認識・GPS・ジャイロといった電子部品も日本企業が提供していた。各社が得意な分野で各々の力を尽くし、それらが一体化してハーモニーを奏でた。大衆はITS企業群オーケストラの奏でるハーモニーに酔った。こうした仕事は日本の得意とするところである。

それに比べてコネクテッドカーでは、異形の存在が単独で時代の幕を開けた。2014年にグーグル(現ウェイモ)が開発した「コアラ顔」の自動運転実験車両コアラカー(正式名称「Firefly」)である。コアラカーはレベル4自動運転カーの実験車両であるため、ステアリングもブレーキペダルもない。屋根の上にLidarセンサを乗せて走る姿は、ほとんどミニパトだ。それが外部のグーグルクラウドとモバイルでつながりながら走る様は、自動車というよりも、ほとんどクラウド端末だった。

【図表:グーグル(現ウェイモ)のコアラカー】

【図表:グーグル(現ウェイモ)のコアラカー】

グーグルはこのコアラカーを単独で世に出した。「未来の自動車はこれだよ」とどんな素人にも一発で分かるように、高齢者が安心して楽しそうに乗っている姿とともにインターネット動画に流した。大衆は「技術のことは分からないけれど、何か時代を変えるようなすごく面白いことが起きている!」と感じた。コアラカーは販売されたわけではなく、実ビジネスとして成功したわけではないにもかかわらず、はっきりとした形を見せたので、大衆に対するインパクトは非常に強いものであったといえる。
実際にはデバイスは他社からの調達ではあるし、製造・組み立ても他社に負うところがあったのかもしれないが、筐体・部品・ソフトウェアすべてをグーグルという単独ブランドで出した。それは日本のITSがオーケストラ集団の奏でるハーモニーであったのに対して、単独で切り込むロックを感じさせた。擬人化すれば次のようなストーリーであろうか。

2014年。世界中の何十億人が見守る史上最大のロックコンサートのメインステージ。コアラカーというロッカーがたったひとりマイクスタンドの前に立つ。ロッカーは挑戦的に、挑発的に、自動車の未来を叫んだ。
オーケストラではなく、ロックだ。オケを組む手間もいらず、練習も調整も不要だから時間いらず。単独だからスピードがあり、衝撃度は高い。インターネットの時代だから、発信と受信は“個対個”で充分。視聴者個人個人の目と耳と胸を、そのビートは直撃した。見た目は可愛いコアラカーだったが、世界をひっくり返すパワーを持っていた。
その曲を聴いたIT業界は「俺も歌って見せる」と走行実験にいきり立ち、電子部品業界は「俺のものも使ってくれ」と未来の部品を開発開始し、自動車業界は「違う、あんなものは音楽ではない」と訴えながら自社のサバイバルストーリーを密かに練り上げ、メディアはAIと自動運転に関する記事を「モビリティ革命」というようなタイトルで寝ないで書き続けた。
そして、その曲の歌詞はこんな感じだった。(カッコ内はバックコーラス)

♬もしも君に未来の絵が見えるなら、(まずやってしまえ~)
♬ 失敗したってかまわないのさ~  (失敗したらすぐ撤退)
♪コネクテッドカー時代はロックでやってみよ~(まず形を見せて)
♪だってスピードこそが命なのだから~

日本の切り開くソフトでロックな道

今回の調査は車載ソフトウェア市場であった。目に見えるハードウェアではない。しかし、自動車という製品のコストにおいて、年々ソフトウェアの占める比率は大きくなり続けている。また自動運転を演出するコネクテッドカーにおいて、ソフトウェアこそがセンサとともに機能を決定し、魅力を創出する。したがって日本の車載ソフトウェアについて言及することは、そのまま日本の自動車産業の未来について考えることだ。
たとえ欧州の「AUTOSAR」標準化戦略や、米国の「自動運転プラットフォーム」という大波を受けようとも、日本経済を支える基幹産業の一つである自動車を進展させるためには、ここで手をこまねいてはいられない。
日本独自の強みを生かした技術力をもって、世界に打って出なくてはならない。だが、それはグーグルのように、革命的なロックを叫ぶことではないのかもしれない。グーグルが叫んだロックの本質は、「自動車はクラウド端末に過ぎず、グーグルはそれを使ってIoTエコシステムを形成する」というものだからだ。ついでにいうならば欧州も「グーグルに食われるくらいなら、欧州独自のIoTエコシステムを形成してしまえ」というロックを歌いだしている。これらに対して日本が同じようにIoTエコシステムを狙ったのでは、クラウド王国の米国、標準化上手の欧州にはかなわない。また日本の組織は突出をひかえる傾向があり、全体の総意がないと新しいことに取り掛かれない性質があるため、単独で叫ぶのは非常に苦手といえる。

ならば、日本はこのまま米国の下請け製造業に成り下がるのか…というと、そうではない。スマホOSを手掛け業界の王様として君臨していたグーグルと、そのハードウェアを請け負い製造していたサムソンが対等に法廷で争うことができたように、ハードウェアベンダであってもOSベンダにとって欠かせない存在にまでなれるのであれば、IoTエコシステムの中でも生き残ることができる。むしろオーケストラのハーモニーに強みを発揮できる日本企業であるからこそ、独自の立ち位置を確保できるのではないか。

コネクテッドカー時代の自動車の特徴は、日々更新され上書きされるソフトウェアと、その背後で展開するセキュリティといわれる。そこではハッカーと戦うためのスピードが何にも増して重要視される。日本企業といえどもスピード重視のロック的発想が必要となる。
ただし米国ロックの「大胆に叫ぶようなスピード感」や、欧州ロックの「標準化準拠の形式美オペラ」ばかりがロックではない。日本企業はその叫びすらもハーモナイズして、欧米や他の地域のプレーヤと共に歌い上げることができるのではないか。日本はがっちりしたエコシステムの支配者にならなくとも、もっと柔軟な対応のできるソフトな製造者として、世界から必要とされる存在になれるのではないか。
日本企業がそうした独自の道を切り開いて、今後も世界の自動車産業を力強く発展させていくことが望まれており、おそらくは世界もそうなると感じているのではないか。

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