矢野経済研究所 ICT・金融ユニット

アナリストオピニオン
2020.10.15

世界自動車産業はソフトウェアの戦いの時代に

自動車開発・設計の主役はソフトウェア

自動車産業においてソフトウェアが主役の座に就いた。
当社が2020年9月に発刊した調査レポート「2020年版 車載用ソフトウェア市場分析 VOL.1 分析編 ~CASEで変わるクルマの開発・製造とソフトウェア市場2030年予測~」では、それを大前提として調査・分析を実施した。

現在の自動車製造の原価におけるソフトウェア比率は40%程度だが、2030年の自動車製造の原価におけるソフトウェア比率は60%まで拡大するという声をきいた。

また2020年の世界のリコールの比率は「ハードウェアのリコールが60% 、ソフトウェアのリコールが40%」程度。しかし、25年には「ソフトウェアのリコールが60~70%に拡大し、ハードウェアの比率を逆転する」という声も聞いた。

トヨタ自動車は2019年2月発表の決算内容で、「トヨタ自動車グループ下請企業調査(2019年)」を提示した。同調査によれば、トヨタグループ(主要関連会社・子会社計16社)の一次下請企業(グループと直接的に取引を行う企業)6,091社の内、「受託開発ソフトウェア」が267社となり初めて首位に躍り出た模様。2014年の調査開始以降で初めて「自動車部分品・付属品製造」(259社)を上回ったという。前回調査では2位の208社であり、4年間で28.4%の増加を記録したことになる。

このように、ここにきて「今の自動車産業ではソフトウェアが主役である」ことを指し示す様々なデータが発表されている。

将来の自動運転カーでは自動運転機能が日々バージョンアップしていくため、ソフトウェアの遠隔自動更新が当たり前になる。しかもレベル3以上の自動運転カーはコネクテッドカーでありクラウド連携するため、車載以外の外部のクラウド側のソフトウェア事業も必須となる。すると車載側とクラウド側の両方のサイバーセキュリティも重要となり、車載ソフトウェアの需要はますます増大していくことは間違いない。

ここにきて自動車産業においてソフトウェアが主役の座に就いた。

欧州は標準化で世界制覇を狙う

2018年・2019年は世界の自動車販売台数が前年比微減で推移した。成長が期待されていた中国市場・アジアなどの新興国市場における販売台数が期待ほど伸びなかったからである。回復が期待された2020年だが、年初から始まったコロナウイルス禍が減少傾向に拍車をかけた。ウイルス禍のために移動需要が下がり、中国の工場がダウンし、2020年自動車販売台数は前年比80%を下回る可能性がある。

「CASE対応どころではない。まずクルマが売れないとどうにもならない――」という声があがった。

だが、クルマが売れないことの理由をひとつひとつ辿っていくとCASEにつながっていく。中国や新興国で2018年・2019年に期待ほどクルマが売れなかった主な原因には、CASEの「S」(Shared=共有するモビリティ)が普及したために、ユーザの新車購入意欲が減退したことがあげられる。今後もこれらの地域ではシェアカーが増えていくが、シェアカーはオーナーカー(自家用車)と違って、ウィークエンドドライビングではなく、四六時中走り回るクルマである。したがってシェアカー車両は同期間内にオーナーカーの10倍の距離を走るという。

10倍の距離を走るのならば、車両の寿命も短くなってしまう。シェアカーを製造するOEM(自動車メーカー)は、寿命に合わせた短期間での開発・設計・製造を行う必要が出てきた。1.5年~2年で作る必要が出てくるという。ならばクルマの作り方が変わってくる。短期間で製造するためのスピードこそが重要になってくるのだ。

また欧州では安全規制・環境規制が多く、それに対応するために電池・モーターや安全装置を制御するためのソフトウェアが際限なく大容量化していく。その開発期間短縮のためにもスピード化は重要だ。

前述したようにクルマがソフトウェア中心になってきて、それを短期間でスピーディーに製造するためには、PCやスマホを製造する場合と同じような標準化・規格化を進め、共通部分を大きくとることが有効である。ゼロからの開発ではなく、最初からある程度までは共有化部分を使えばいいので開発時間を短縮できるからだ。

そこで自動車のソフトウェア開発においても、PCのWindows OSや、スマートフォンのiOS・Android OSのように標準化を推進しようという動きが出てきている。そのひとつが欧州から始まったAutosarだ。

Autosarは欧州におけるボッシュ、BMW等のドイツの自動車関連企業を中心とするコンソーシアムであり、車載標準プラットフォームを開発している。Autosarという標準プラットフォーム化が進むことで、車載ソフトウェア開発効率を向上させることができ、さらに再利用性を高めることで不具合を減少させることが可能となるからだ。欧州でクルマを売りたい先進国のOEMも、標準化の波に乗ることで自国の技術力不足を補おうとする新興国OEMも、Autosarという標準規格を導入すべく動き出している。

欧州企業はAutosarという標準プラットフォームを盾にとって、スマホ市場におけるグーグルのように、世界の自動車産業に対する強大な影響力を持とうとしているのだ。CASEの「S」への対応の需要が、車載ソフトウェア開発のスピード化に拍車をかけて、それが欧州Autosarに力を与えているといえる。

※CASE(Connected=つながるクルマ、Autonomous=自律運転、Shared=共有するモビリティ、Electric=電動車・EV)

米国はテスラがEVとOTAで世界中をリード

それでは世界の自動車産業が、欧州発のAutosarの影響下で進んでいくのかというと、どうもそうではない。むしろここにきて世界の自動車産業を引っ張っているのは米国のテスラともいえるのだ。2020年にテスラはトヨタ自動車を抜いて、世界で最も企業時価総額の高いOEMとなった。

テスラは世界EV市場のトップシェアベンダであるが、他の特徴としても大型タブレットを活用した「HMI」(Human Machine Interface)、ソフトウェア遠隔更新有料サービス「OTA」(Over the Air)をもつ。特に2019年まで世界中のOEMの中で、OTAサービスを有料で実施してきた企業はほぼテスラだけである。

OTAはCASEの「C」(コネクテッドカー)によるサービスであるし、CASEの「A」(自動運転)のレベル3 以上の車両にはOTAが不可欠になる。テスラはCASEの「E」(EV)のトップベンダであるが、「C」と「A」へ対応する世界の需要が、同社を次世代自動車技術を牽引するリーダーに祭り上げているのであろう。

テスラの技術への評価の高さは「自動車として」というよりも、「OTAを使ってのバージョンUP」「OTAにより自動運転を可能にする」という、まるでPCのように使える点にある。これまでのOEMができなかったOTA、EV世の中に先駆けて実現した点が評価されているのだ。

従来のOEMはなぜテスラのようにできなかったのであろうか。それは、「自動車の運転は乗員の生命に関わるので、走行距離が十分でないEVや、ハッキングされる可能性のあるOTAなどについては、慎重にならざるを得ない」という認識からであろう。とりわけ既存のOEMには「限りなくゼロ近くまで事故をなくせないと自動運転カーを市場投入できない」という呪縛がある。それは必要で尊い認識であることも間違いない。

その点でテスラははるかに能天気だ。テスラは米国企業であり、PCの母国・米国人はソフトウェア書き換えに抵抗感がない。それがPCでなくEVでも抵抗感は小さい。さらに中国は米国以上に安全に対する認識がラフなので、ここでもEVやOTAは普及してしまいそうだ。どうやら2大自動車市場がテスラの追い風になりそうである。

日本の勝負手は最終直線の「差し」

ここまで欧州、米国におけるクルマのソフトウェア化について書いてきたが、日本はどうなのであろうか。
ソフトウェア技術においては、日本は、PC・スマホ・クラウドの母国である米国のテスラの技術力に何年か遅れているのであろう。またAutosarなどの標準化に長けている欧州に比べて、政治的力量が及ばない。

だが、その日本における車載ソフトウェア関連の企業再編もここにきて動き出している。特にトヨタ系の動きがすさまじい。

①トヨタは2015年、未来創生ファンドを通して、名古屋大発自動運転ベンチャーのティアフォー社に10億円規模の出資。
②2016年、マイクロソフトと自動運転技術の研究を行う合弁会社「トヨタコネクティッド」を設立。
③2015年、2017年にAIのディープラーニング(深層学習)技術を保有するPreferred Networks(プリファード・ネットワークス/PFN)社に出資。
④2017年、自動運転やコネクテッドカーの研究開発で知られる東大発ベンチャーPKSHA Technology(パークシャ・テクノロジー)にも約10億円を出資。
⑤2018年にはビッグデータ解析でALBERT(アルベルト)社と業務提携・出資。
⑥同じく2018年、ソフトバンクとの提携により、新モビリティサービス構築のために「モネ テクノロジーズ」を設立。
⑦やはり2018年には、日本橋近辺に優秀なソフトウェア技術者を集結させて、自動運転技術の先行開発分野での技術開発を促進するために、新会社「Toyota Research Institute Advanced Development(TRI-AD)」を設立。
⑧2019年、トヨタ系の4社(デンソー、アイシン精機、アドヴィックス、ジェイテクト)は、自動運転の統合制御ソフトウェア開発会社「J-QuAD DYNAMICS(ジェイクワッド ダイナミクス)」を設立。
⑨2020年、トヨタは先進的なデジタルサービスが利用できる「スマートシティ」の事業化で協業するため、NTTと業務資本提携を締結。

そしてOTAについても動き出した。トヨタは「2020年末の冬発売の新レクサスLS において有料OTAビジネスを開始する」という。もしくは「追加可能のバージョンアップ権利を含めての新車料金になっている」という。いよいよトヨタも「OTAによる有料のECU プログラム更新ビジネス」に参入してくることになったのだ。

何年遅れになるのかはわからないがテスラが歩んできた道を確実に歩み、欧州が繰り出すAutosarというソフトウェアの一太刀を確実に受けて見せようとしている。トヨタは現在の自動車産業のトップ企業でありながら。2040年にもモビリティ産業のトップ企業であり続けるために、新たな手を繰り出し続けているように見える。

今今のところを見れば米国テスラの技術力は先を行くし、欧州の標準化をめぐる政治力には従わざるを得ない。

だが、日本企業は先行する欧米企業の後ろにぴったり張り付いて風をよけながら、「いつか前に抜け出してやる」と必死で凌いでいるようにみえる。競輪における最後の直線で一気に抜け出そうという「差し」の戦い方ではないか。

あるいは競技中にレースのルールが突如変わってしまい、先行車両と手を携えて同着するようなこともありうるのか。

あるいは観客席から突然車両が飛び込んできて、急に「ゴールはもう1周先だ」ということになり、激烈なレースが始まったりするのだろうか。

森健一郎

関連リンク

■レポートサマリー
国内MaaS市場に関する調査を実施(2018年)
国内コネクテッドカー関連市場に関する調査を実施(2017年)
車載ソフトウェア市場に関する調査を実施(2017年)
eコクピット世界市場に関する調査を実施(2016年)

■アナリストオピニオン
「オートモーティブワールド2020」レポート コロナウイルス感染直前のAMワールドで感じたCASE対応動向
CASE時代の「人馬一体」―モビリティとは生きることなのだ―
AIにできない仕事「MaaSとアイドル AI比較」
GAFA対抗プラットフォーム戦略としての自動車
「僕は嫌だ!」が開くMaaSの未来

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森 健一郎(モリ ケンイチロウ) 主席研究員
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