矢野経済研究所 ICT・金融ユニット

アナリストオピニオン
2015.09.02

インダストリ4.0など次世代ものづくり時代の企業情報システム像

IoT時代の製造業向け企業情報システム像

IoT時代に突入し、ドイツからはインダストリー4.0、GEからはインダストリアル・インターネットといった、製造業の新たなビジョンが提示された。それら、次世代ものづくりに関わる有力ITベンダーの戦略分析から、矢野経済研究所では、IoT時代の企業情報システム像をまとめた。

 

【図表:IoT時代の製造業向け企業情報システム像】

【図表:IoT時代の製造業向け企業情報システム像】

矢野経済研究所作成
CAD:ここではCAD/CAM/CAE、デジタルファクトリー、1DCAEなど開発・設計に関わるツール全般を含む概念
PLM:製品ライフサイクル管理
MOM/MES:製造オペレーション管理、製造実行システム
SLM:サービスライフサイクル管理

ポイントになるのは、①CADからエッジ端末までを結ぶ横のラインと、②CADから生産機器等までを結ぶ縦のラインである。言うまでもなく、①がインダストリアル・インターネット、②がインダストリー4.0で主に取り上げられているものである。
矢野経済研究所では、ITベンダーの製品戦略や買収戦略から、この二つをつなげるのは、開発・設計を担うCAD分野にあると結論づけ、システム像をまとめた。

キーワードは、工場と製品の“デジタルツイン(電子的な双子)”

次世代ものづくりにおける新たなコンセプトとして重要なのが、「デジタルツイン(電子的な双子)」である。デジタルツインの概念は2003年に登場したといわれているが、このコンセプトは、①実世界における物理的な製品、②バーチャル空間におけるバーチャル製品、③バーチャルと物理の両方を結びつけるデータや情報 の3つで構成される。

ここで対象となるのは「工場」と「製品」である。実際に製造するリアルな工場と全く同じものをバーチャルで構築し、また、出荷する製品ひとつひとつに対応したバーチャルな製品を管理する、それがここでいうデジタルツインである。

進展する製品設計・生産準備の高度化

デジタルツインが重要になる理由は、現在の製造業の設計開発手法が、まさにそれを実現するツールを欲しているためである。
図上ではCADと一括りにしたが、ここにはシステムズエンジニアリング、モデルベース開発、1DCAEなど開発・設計に関わる全般的な概念およびツールを含んでいる。

システムズエンジニアリングとは、機械や電子回路、組み込みソフトウェアなど、ものづくりに必要な要素を同時並行的に設計していくことを指している。現代のものづくりはシステムが大規模化・複雑化しているが、エンジニアは機械工学、ソフトウェア工学、制御工学などとそれぞれ専門分化しており、複雑化した全体を俯瞰することが難しくなっていた。これをサポートするのがシステムズエンジニアリングである。
システムズエンジニアリングには、モデルを用いて進める方法があり、それはモデルベースシステムズエンジニアリング(MBSE)と呼ばれている。MBSEは構想設計とも呼ばれており、基本概念をトップダウンで描き、製品の構造や動的な振る舞いをモデル化(図式化)し、開発の全行程において、このモデルを用いてシミュレーションを繰り返し、効率的な開発(モデルベース開発)を目指すものである。
こうした取り組みにおいて、1DCAEやモデリング言語による設計、あるいはソフトウェアと実機を含めたシミュレーション(HIL=Hardware-in-the-Loop)などが、最近になって、開発現場で運用されるようになってきた。これらの最先端の開発・設計技術が、IoTによる詳細なセンサーデータの力を借りて、さらに洗練されていくと期待されているのである。

①横のライン(CADからエッジ端末まで)の高度化
IoTでは、顧客側に設置したタービンなど産業機器にセンサーを搭載し、それを収集・分析することで保守等に生かそうという動きがある。このセンサーデータは、機器単品ごとに記録されるが、そのデータは、将来的には、デジタルツインとしてメーカー側が保持するバーチャル製品と紐づけられるようになる。
そうなると、メーカー側は、実機と全く同じ挙動をコンピュータ上で再現できことになるため、上述した製品構造のモデル化などに役立つものとなる。これにより、その実機の利用データは、改良品や次期製品の開発において、ある変更を加えた場合、どのような挙動を生み出すのかなど、さまざまなシミュレーションに活用でき、精度も格段に上がっていくことだろう。
これを実現するには、ソフトウェア面では新たにIoT基盤(GEのPredixなど)が必要になる。また、機器ごとの稼働データを管理するものとして、主に保守データなどを管理するSLM(サービスライフサイクル管理)を大幅に強化していく必要があるだろう。インダストリアル・インターネットでは、製造業のサービス業化といったビジネスモデルの変化に注目されがちであるが、製造業の根幹である製品開発にも役立つものとなるのである。

②縦のライン(CADから生産機器等まで)の高度化
具体的には、生産段階でIoTを活用することで、デジタルツインとして作成されたバーチャル工場の精度向上を実現できる。現在でも、デジタルファクトリーを活用して、工場の工程計画やフロアデザインをバーチャル工場でシミュレーションすることはできるが、将来は、ここに生産に関係する詳細な実データを紐づけることで、シミュレーション精度を大きく向上できるようになるだろう。
このとき実データを収集する役割を担うのはMOM/MESである。MOM/MESは本来的には制御系システムとERPとの橋渡しをする機能を持つソフトウェアであるが、インダストリー4.0で描かれているような自律的な生産方式を実現する上でも、また、デジタルファクトリーの精度向上を図る上でも、その計画と実績を掌握するソフトウェアとして、非常に重要なものとなる。

ソフトウェアベンダーの動向

PLM世界市場で、最大のシェアを持つのはダッソー・システムズである(矢野経済研究所調べ)。同社は、2013年に有力MOM/MESベンダーであるアプリソ社を買収し、当該領域のソリューションも手に入れた。現在、アプリソはダッソー・システムズのデジタルファクトリー「DELIMIA」に統合されている。ユニークなのは、ダッソー・システムズは素材開発の企業を買収している点だ。製造業にとって、新素材の開発は必要不可欠ということから、サイエンス寄りの分野にまで手を伸ばしている。

また、シーメンス(シーメンスPLMソフトウェアが同シェア2位 矢野経済研究所調べ)も有力MOM/MESベンダーのキャムスター社を2014年に買収している。シーメンスは制御機器の大手でもあり、上流から下流まで一貫して製品を提供できるベンダーである。

この2社は事業領域の範囲を、ほぼエンジニアリング領域に絞っており、デジタルファクトリーやMOM/MESのソリューションをカバーすることにより、設計から製造にいたる、ものづくりに必要なツールをエンド・トゥ・エンドで揃えることに注力している。

同シェア3位のPTCはデジタルファクトリーおよびMOM/MESのソリューションがなく、やや製造実行系に弱かった。しかしながら、IoT基盤やSLM(サービス ライフサイクル管理)に事業領域を拡大することにより、次世代のものづくりを実現するITソリューションを提供しようとしていることがわかる。
PTCはIoT基盤ベンダーであるThingWorx社を2014年に買収した。PTCは2015年のイベントで、自転車に7つのセンサーを取り付け、そのセンシングデータをThingWorxのIoT基盤を経由して、それと対をなすデジタルな自転車(デジタルツイン)へリアルタイムに反映させるといったデモを公開している。

富士通は、ダッソーやシーメンスが会社自体が製造業向けソリューションに特化しているのと異なり、会社全体としてはあらゆる業種を相手にしている。ソリューションも総合ITベンダーとして、自社製品のみならず他社製品を扱うなどカバー領域は広い。
国内では富士通が以前より展開するバーチャルファクトリー「VPS」、生産ラインシミュレーター「GP4」について、PLMやSCMなどとの連携強化を打ち出しており、デジタルツインの実現では負けていない。

SAPはERPを中心としており、PLM、ビューワ/DMUなどのソリューションを揃えることにより、エンジニアリング系情報との接続性を意識してはいるが、CAD/CAM/CAEなど、コアなエンジニアリング系ツールはカバーしていない。しかしIoT基盤など全業種対応するソリューションには強みを持ち、製造業にもバリュー提供を図る。

【図表:有力ITベンダーの提供範囲】

【図表:有力ITベンダーの提供範囲】

矢野経済研究所作成

忌部佳史

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忌部 佳史(インベ ヨシフミ) 理事研究員
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