矢野経済研究所 ICT・金融ユニット

アナリストオピニオン
2015.05.14

IoTが導く次世代製造業 -注目浴びるIndustrie4.0、Industrial Internet

新たな時代の幕開けか -次世代製造業への動き

製造業が変化の入り口に立っている。それも、ひょっとすると、18世紀半ばから19世紀にかけて起きた「産業革命」に匹敵する変化かもしれない、といわれれば、あなたはどう思うだろうか。

話題の中心にあるのは、ドイツ政府がすすめるIndustrie4.0とGEが手掛けるIndustrial Internetである。

Industrie4.0

Industrie4.0とは、ドイツが進める製造業高度化に向けた産学共同のアクションプランである。Industrie4.0は、単なる製造工程の効率化などではなく、第四次産業革命と位置付けられている。

ドイツがIndustrie4.0で狙うのは、製造業の競争力維持である。それは二つの意味があり、ツイン戦略と呼ばれている。具体的には、①工作機器、製造に必要なモジュールを輸出し、世界の工場の製造技術を主導する主導的サプライヤーの地位確保、②競争力のある産業拠点として付加価値の高い製品をドイツで生産し、輸出する市場リーダーの地位確保を狙おうというものである。

この政策のコアにあるのはCPS(Cyber Physical Systems)と標準化戦略である。
CPSは物理とサイバーの高密度連携を意識したものであるが、ひとつには、物理的な製品の制作工程をコンピュータ上にも正確に再現しようとするものがある。シーメンスが取り組んでいるが、これによりシミュレーションの高度化などが志向される。標準化戦略はIndustrie4.0では企業間の情報連携などが盛り込まれていることから、中心におかれ、きわめて重要視されている。これは製造プラットフォームともいえる地位確立を目指す動きの一環といえよう。

こうした取り組みをドイツが志向するのは、米国に対する脅威にある。GoogleなどのIT企業が製造分野にも入り込み、業界構造が変わろうとしている。日本と同様に製造業に強みを持つドイツは、今後も継続的にその地位を維持するために、Industrie4.0という戦略をだしてきたのである。

Industrial Internet

Industrie4.0と並んで注目されているのがIndustrial Internetである。GEが提唱している新しい製造業の姿で、Industrial Internetのもとでは、高度なセンサ、コントロール、ソフトウェアで機器や施設、車両、航空機、船舶などがそれぞれ接続されることになる。
そこから得られたデータに対し、物理ベースの分析、予測アルゴリズム、自動化、材料化学、電気工学などの専門分野の知識を活用していけば、産業機器とそれに係る大規模システムの仕組みが解明されるようになるとしている。

例えば、これまで、機器が故障しても、複雑系のもととではその原因ははっきりとは分からないことがほとんどであった。それが、ネットワーク経由で集められた膨大なデータを高度に分析することで、解明できるようになりつつある。同様に、例えばジェットエンジンの回転数データなどを詳細に把握し、もし0.1%でもエネルギー損失を抑える仕組みが発見できれば、合計すれば膨大な量のエネルギー節約になっていくと想定されている。

具体的には、GEが得意とする航空機用ジェットエンジンが活躍する航空業界では、1パーセントの燃料節減を15年間続けると300億ドル節約できると同社では試算している。Industrial Internetの実現で、わずかな改善ができれば、莫大なリターンが得られる・・・その経済的な価値に注目し、GEはIndustrial Internetに大きな期待を寄せているのである。

2015年4月には、GEが金融事業部門のGEキャピタルを売却すると発表し、話題となった。売却の裏にあるのは、GEの製造業回帰である。Industrial Internetを旗印に、GEは大きく製造業シフトへと舵を切ったといえ、その本気度が分かる。

変貌する製造業

Industrie4.0とIndustrial Internet、並列に取り上げられることが多いが、中身をみると、違いが感じられる。

Industrie4.0は製造業の根幹である生産方式に対する挑戦である。Industrie4.0では変種変量生産が目標とされている。一般的にはトヨタシステムとして多品種少量生産が確立し(※多品種を少量ずつ、トータルでは大量生産を維持するシステムであることに注意)、その後はセル生産方式、モジュール生産方式などが普及してきた。Industrie4.0は第四次産業革命と標ぼうするものの、いまだその全体像は明確ではない。生産方式の改善を超え、革命と称するだけのインパクトを実製造業世界に構築できるか、今後の動きには注視が必要である。

他方、Industrial Internetが描く将来像は、製造業のサービス業化である。たとえば、発電機メーカーは、これまでは発電機を販売し、購入した企業がそれを運用していた。しかし発電機にセンサーが設置され、メーカーがインターネット経由で仔細にその情報を入手できれば、故障診断や予知ができるようになるかもしれない。
そうなれば、ユーザーは、発電機の利用料だけを支払い、発電機資産の持ち主や運用責任はメーカーが引き受ける、といったサービス形態も可能になってくるのだ。
つまり、Industrial Internetは製造業のビジネスモデルを大きく転換する可能性を秘めたアプローチということができよう。

重要なのはセンサーよりもソフトウェア

世間ではIoTといえばセンサーへの注目が集まっているといえよう。Industrie4.0やIndustrial Internetにおいても同様で、多様なセンサーが多数搭載され、そのデータの収集や分析を通じた技術革新が焦点となっている。
そのこと自体はもちろん同意するのだが、矢野経済研究所が同分野で注目しているのはセンサーでない。最終的に勝負を決するのはソフトウェアだと考えている。現在のIoT×製造業においては、ソフトウェアの議論が不足しているように感じる。

例えばMES。製造実行システムのことであるが、ITベンダーに勤務する方でも耳にしたことのない人が多いだろう。MESは製造現場のデータをERPやPLMなど上流層へと引き上げる段において非常に重要な役割を担うのだが、その導入率は特に日本では非常に低い。
現在でも、製造現場側と管理側とで情報連携がシステム化されていないケースはかなりあり(むしろ連携している方が少ない)、そのような中、単純に製造現場にセンサーを設置することにどれほどの意義があろうか。IoTの導入事例が雑誌やインターネット記事に多数でているが、製造工程の一部にセンサーを取り付け、単にデータをサーバに取り込んでIoTと騒ぐのはそろそろ終わりにすべきだろう。

現実問題として、重要なのは全体最適をはかるために、どれだけ可視化できているかである。もし今、現場側で入力したデータを、現場限りで利用しているならば、まずはそれを全社レベルでウォッチできる状態を構築する方が、新たなセンサーを導入するよりはるかに重要なのではないか。

現在、矢野経済研究所では、上記のような視点も踏まえながら、「IoT×製造業」をテーマとしたマーケティングレポートを6月末発刊にむけて作成中である。まだまだ論点定まらないが、弊社としても何らかの提言を盛り込んでいきたいと考えている。

忌部佳史

関連リンク

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■アナリストオピニオン
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