日本が抱える構造的な課題の1つに人手不足が挙げられる。その解決の糸口として企業は業務のデジタル化を推進してきたものの、抜本的な解決に至るほどの効果は得られていない。
こうした中で、2022年11月に登場したChatGPTは大きな反響を呼んだ。諸外国では生成AIの普及によって「仕事を失う人が増える」という懸念が強い。一方で、日本では深刻な人手不足という構造的課題に対する切り札になるのではないか、という期待が高まっている。
実際、日本企業が公開する活用事例では具体的に月間で数千時間の工数を削減されたといった成果が強調されることが多い。もちろん、単に工数が削減されればすべてが解決するわけではないが、このAIによる業務効率化が、日本の人手不足をどの程度補い得るのかという点は、まず検証すべき重要な論点である。
経済産業省が公表した「2040年の就業構造推計(改訂版)について」(2026年3月)によると、2022年時点で6,700万人いた就業者数は、2040年には6,300万人まで減少するという。つまり、18年間で400万人もの労働力が減少する計算だ。前提をシンプルにするため、これを1日8時間労働・月20日勤務として換算すると、1か月あたり約6億4,000万時間(400万人 × 8時間 × 20日)もの労働力が失われることになる。
つまり、これだけの膨大な労働力をAIで代替できてようやく2022年と同水準の労働力が維持できるというわけだ。
この観点から考えると、現在企業が生成AIを活用して実現している「月あたり数千時間の工数削減」というのはまだ序の口であり、今後さらなる規模での拡大が必要なのは明白である。
では、今の路線のまま技術革新を進めていけば解決するかというとそういうわけでもない。そもそも2022年時点で既に人手不足は顕在化しており、業務の効率化が急務とされていたのである。そのため、AIで一定の工数を削減できたとしても、それは既にある人手不足を穴埋めしたに過ぎず、新たに人材の余力が生まれるわけではない。実際、AI事業者から聞く事例でも、主な導入効果は本業への集約だという。例えば、営業事務に追われていた営業担当者が、ようやく顧客との面会時間を確保できるようになってきているという。もちろんこれも非常に重要なことである。一方で、社会全体で見た際の人手不足の進行に対する解決になっているわけではない。
そして見落としてはならないのが、現在AIが得意としている領域は、基本的にホワイトカラーなどの事務系職種が大半であるという点だ。現場での物理的な作業の不足分を、デスクワーク中心のAIだけで直接埋めることはできない。
中小企業庁の2025年版「中小企業白書」には、中小企業において不足している職種の割合が掲載されている。それによると、中規模企業の85.7%、小規模事業者の88.0%が「現業職(製造作業者・販売従業者・サービス職業従業者・運輸従業者・建設作業者等)」が不足していると回答している。
対して「事務職(経理・営業・人事等の部門における従事者)」は、中規模企業で25.0%、小規模事業者で17.9%の不足となっている。事務職も十分不足しているわけだが、それ以上に現業職の人手不足が深刻であることが分かる。
【図表:不足している職種(企業規模別)】
資料:(株)帝国データバンク「令和6年度中小企業の経営課題と事業活動に関する調査」
注:ここでの「現業職」とは、製造作業者・販売従業者・サービス職業従業者・運輸従業者・建設作業者等のことを指す。
注:ここでの「事務職」とは、経理・営業・人事等の部門における従事者のことを指す。
注:2024年の人材の過不足状況について、「不足」、「やや不足」と回答した事業者に聞いたもの。
注:複数回答のため、合計は必ずしも100%にならない。
出所:中小企業庁「中小企業白書2025年版」(2025年)
つまり、人手不足をAIで解決していくためには、本当の意味で人材が枯渇している現業職へのアプローチも不可欠なのだ。しかし、ソフトウェアとしての性質が強い生成AIにとって、物理空間上で人間の肉体労働を代替することは難しい。こうした背景から、いまフィジカルAIが注目を集めている。
フィジカルAIへの期待が高まる一方で、それを現場へ投入するハードルは、事務業務に対話型AIを導入するよりも遥かに高い。
その理由の1つが、現場業務に求められる柔軟性の高さだ。事務職も企業ごとの違いはあるものの、標準化できる領域は比較的広い。一方で現場の作業は、工場ごとの設備環境が大きく異なったり、人間の動線に最適化されたレイアウトになっていたりと、一律でAIに置き換えることが極めて難しいのだ。
また、AIの活用には当然ながら学習データが欠かせない。すでにデジタル化を進めてきた企業であればデータの蓄積や収集の仕組みが整っているかもしれないが、そうした企業ばかりではないのが実態である。そのため多くの現場では、まず学習データを集める仕組みづくりから始めなければならない。
さらに厄介なのが、この学習データそのものの性質だ。単に製品のサイズや不良品の基準といった形式的なデータを定義すれば済む話ではないからである。現場の作業には、熟練者が長年培ってきた暗黙知が存在しており、これは作業者本人すら言語化できていないケースも多い。しかし、この暗黙知こそが企業の競争力の源泉であり、AIに代替させる上で最も重要なコアデータとなる。
だからこそ現在、AIベンダーは独自の手法でこの暗黙知のデータを試みている。作業風景の映像解析や職人への詳細なヒアリングなどを通じて、マニュアルには載っていないノウハウをデータ化する取り組みが進められているのだ。
このように、企業ごとに異なる現場環境や暗黙知に対応したフィジカルAIが量産され、広く普及して初めて、現場の人手不足は本格的な解決へと向かう。
繰り返しになるが、2022年と比較して2040年には400万人もの就業者が減少する。18年という猶予期間のうち、すでに4年余りが経過した。これは単に18年後の未来の話ではなく、今この瞬間も人手不足は刻一刻と進行しているのだ。一刻も早く手を打たなければ、国力の大幅な低下は避けられない。
こうした強い危機感から、国は2026年7月に発表した「戦略17分野」の1つにフィジカルAI(特にAIロボット)を掲げた。人手不足の解消と産業競争力の強化を図る切り札としてフィジカルAIを最重要視しており、2040年度までに10.5兆円という巨額の投資目標を設定している。
フィジカルAIはどれだけの資金を投じるかという規模の議論に加えて、時間との勝負にもなっている。国がAIへ投資するのは、単なるIT市場の覇権争いにとどまらない。あらゆる産業の存続と未来を担う国家命題として、国全体で現場への技術実装を加速させることが求められている。
(今野慧佑)
■レポートサマリー
●国内生成AI/AIエージェントの利用実態に関する法人アンケート調査を実施(2026年)
●国内生成AIの利用実態に関する法人アンケート調査を実施(2025年)
●国内生成AIの利用実態に関する法人アンケート調査を実施(2023年)
■アナリストオピニオン
●生成AIがもたらすデータ分析の次段階 ~市場動向編~
●生成AIがもたらすデータ分析の次段階 ~主要ベンダ編~
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