矢野経済研究所 ICT・金融ユニット

アナリストオピニオン
2015.09.29

流通業とITのただならぬ関係

これまでの情報化の歴史

小売業の情報化は、キャッシュレジスターの登場によって始まったと言って良いだろう。レジスターは商品の売上金額を打鍵すると、その記録としてジャーナルを印字し、内部の計算機にその金額を記録し、一定期間の売上金額を集計して印字する。また、任意の期間で売上をゼロリセットする機能や、マイナス登録する機能を持つ。レジ用語の「登録」は、文字通り売上(返品)記録をレジスターに「登録」することに由来するとされる。

その後、レジスターはPOSシステムの登場とともにコンピュータ化されたが、近年の小売業の情報化を語る際に、POSシステムの存在を無視することはできない。

「POS」は「point of sale」の頭文字で、本来は小売店舗やレジのあるところなど「商取引がおこなわれる場所」を意味する語だが、情報管理の文脈では「商品を販売した時点での情報を管理する経営手法」の意味でこれを用いることが多い。主にスーパーマーケット、コンビニエンスストア、キヨスク、外食産業、ガソリンスタンド、ホテル、ドラッグストアなどのチェーンストア等で導入され、年々その機能が進化している。従来は専用機として発展してきたPOSシステムであるが、最近はタブレットを活用したタブレットPOSなども、廉価版のPOSシステムとして普及に弾みがつきつつある。

日本において、POSシステムで単品管理を実現し、マーチャンダイジングに革命をもたらしのは、コンビニエンスストアのセブン‐イレブンである。同社は店舗で取り扱う商品アイテムを全てバーコードによって管理し、「いつ、どれだけ」売れたかというデータを全て取得することで、仮説-施策-検証のサイクルを繰り返し、広さの限られた店頭で、最も利益のあがる商品構成を追い求め続けているのである。

小売業の情報化に関して、次に広く普及したツールはポイントカードである。ポイントカードは、従来POSシステムでストックし続けてきた販売情報と、顧客情報を結びつけることができる重要なアイテムである。小売業がポイントカードを活用することによって、はじめて「いつ、どれだけ、誰に」売れたのかを把握することが可能になったのである。

現在、多くの小売業者がポイントカードを発行しているが、カードの作成時に顧客の基本情報を取得することができるため、それぞれの顧客とその購入実績を結びつけることができる。従って、理屈上は顧客ごとに購買行動を分析することで、ひとりひとりの顧客に対して最適なレコメンドやプロモーションが行えるのだが、実際にそこまで活用できている事業者は限られている。情報は蓄積されつつあるものの、どうこれらの情報を有機的に分析、活用すればいいのか悩んでいる事業者が多いのが実態だ。

また、ここに来て起きているさらに大きな変化が、ネット販売の台頭である。ネットショップ上では、全ての顧客の行動をサイト上のログで逐一把握することが可能である。ネット上では、あえて事業者が情報を取得する工夫を図らなくても、顧客側が勝手に全ての行動のログを残していってくれる。それによって、膨大な情報が蓄積されていくのである。リアルの小売事業者も、ネット勢に対抗すべく、新たにネットショップを出店することが増えており、そのためリアルに加えてネットショップでの情報が飛躍的に増加することになる。

しかし、ここに一つ問題が生じる。リアルとネット上の両方に来店している顧客がいたとしても、それをうまく連動させて共通のサービスを提供する情報基盤が整備されていないのである。例えば、リアル店舗でのポイントをネット上でも同じように運用したり、どちらのショップにおいても上客として扱い、一定の好条件を提示するなどである。ここで登場するのが、オムニチャネルという考え方である。オムニチャネルとは、店舗やイベント、ネットやモバイルなどのチャネルを問わず、あらゆる場所で顧客と接点を共通化する考え方やその戦略のことを言う。

スマホを始めとしたモバイル機器の普及によって、O2Oという考え方も普及しつつある。O2Oは「Online to Offline」の略であり、ネット上(オンライン)から、ネット外の実地(オフライン)での行動へと促す施策のことや、オンラインでの情報接触行動をもってオフラインでの購買行動に影響を与えるような施策のことを指す。ショッピングモールを歩いていると、近くのショップからクーポンが送られてくるなど、ショップにとっては、集客のための新たなツールを獲得することになる。

集客の方法も変化してきている。従来、新聞の折り込みチラシが近隣住民に対する重要な販促ツールであったが、最近は新聞を取る家庭も減少し、折り込みチラシをまいても効果は限定的になっている。このため、小売業者は新たな集客ツールを獲得する必要に迫られており、その一つが顧客の会員化とメールの配信などである。

 情報化は新しいステージへ

このように時代の変化とともに、小売業を取り巻く環境も変化しており、特に情報化に対する取組は現在の重要課題になっていると言って良い。

そうした中、カジュアルショップ「ユニクロ」などを経営する株式会社ファーストリテイリングとアクセンチュア株式会社は、消費者向けサービスにおけるデジタルイノベーションの実現を目指して協業していくことで合意したと発表した。これにより、ファーストリテイリングは、あらゆる業務におけるデジタル化、およびそれに必要なIT領域の改革を推進し、新しい「産業」の実現を目指すとしている。両社は、将来的には合弁会社の設立も予定しているということだ。

ファーストリテイリングは、顧客の要望や趣向に合った商品を、時間や場所に制約されず届けるといった、新しい買い物体験の実現を目指した取り組みを進めている。例えば、実店舗とデジタル店舗の境なく、いつでもどこでも顧客に快適に買物を楽しんでもらえる環境の構築、顧客の意見をすばやく商品などに反映させ、これまで以上に気に入ってもらえる商品構成やコーディネートの提案、業務プロセスの完全デジタル化による商品の企画から販売までのリードタイムの短縮、クラウド化によりあらゆる情報や技術へのアクセスを可能にし、常に最適なサービスを提供できる体制の完備などを目指すとしている。

また、ファーストリテイリングは、アクセンチュアと共同で、国内外問わずデジタルイノベーションを推進する優秀なIT人材の採用および育成を行うとしている。

業務の変化に合わせたシステムやインフラ構築の内製化を進め、迅速かつ柔軟な対応を可能にすることで、サービスレベルのさらなる向上を図る。さらに、最先端のデジタルソリューションを駆使し、実店舗とデジタル店舗の両チャネルをシームレスにつなぎ、顧客にとって最適なショッピング体験を提供できるよう、利便性の向上を追求していくとしている。

従来、小売業は情報化への感度が低く、全産業を通じてIT投資にもさほど積極的ではなかった。また、情報システムに関しても、基本的にはシステムインテグレータ任せの傾向があると言われてきた。情報化はコストであるという意識が強かったと言っても良いだろう。しかし、集客やプロモーションへと情報化のテーマが移行していく中で、いつまでも情報化をコストとしてではなく、将来の利益の源泉としての先行投資として位置付け、積極的に投資戦略を立てていく必要性に迫られている。

上述のファーストリテイリングの取組は、小売業者の先端を行く取組ではあるが、小売業において、これからIT戦略が事業の命運を握る重要な経営課題になることは間違いない。

多くの小売業にとっては、これまではマーチャンダイジングや店舗オペレーション、チェーンマネジメントなどが経営面の最重要ポイントであった。しかし、これらに加えて、これからは情報化に関しても高いプライオリティに位置づけなければならない時代が来たと言える。

野間博美

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■レポートサマリー
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野間 博美(ノマ ヒロミ) 理事研究員
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