矢野経済研究所 ICT・金融ユニット

アナリストオピニオン
2012.01.23

アマゾン「Kindle Fire」の登場が意味するもの

Kindle Fireの概要

(米)アマゾンが2007年に米国で発売した電子ブックリーダーはE Ink社の電子ペーパーを搭載したハードウェア、アマゾンが通信料を負担するMVNO(仮想通信事業者)のビジネスモデルで大きな話題となったが2011年11月にはアンドロイドOSを搭載したタブレット「Kindle Fire」を導入した。Kindle Fireの仕様は下記の通りである。

【図表:(米)アマゾン「Kindle Fire」製品仕様】
(米)アマゾン「Kindle Fire」製品仕様

矢野経済研究所作成

【図表:(米)アマゾン Kindle Fire】
(米)アマゾン Kindle Fire

(アマゾン プレスリリース画像より引用)

Kindle Fireは2011年12月現在、米国限定で販売されている。同社のオンラインサイトに加え、家電量販店などの販路でも取り扱われている。
発売前の段階で100万台の予約受注を抱え、クリスマス商戦も相まって年内の出荷台数は300万台を越えるといわれている。

Kindle Fireの特徴は(米)グーグルのアンドロイドOSを搭載したタブレットであり、150ドルの低価格で販売されている事にある。製品ラインアップは1機種で3Gなどの無線通信モジュール搭載の有無、ディスプレイサイズ、メモリ容量などによるバリエーション展開は無い。またカメラ、Bluetooth、GPSなどの付加機能は搭載されておらず、コストを重視した設計となっている。

製品の位置づけは「アマゾンが提供するサービスを気軽に利用するプラットフォーム」である。使用する際にはアマゾンのアカウントを入力するだけで同社が提供する電子コンテンツやオンラインショップで販売されている商品を購入する事が可能だ。(オンラインでの購入時には予めアカウントが登録されて出荷される)
ホーム画面には「Books」「Music」「Video」「Apps」「Web」などのアイコンが並んでおり、同社が提供する電子コンテンツと紐付けられている。また、アマゾンを利用した経験のあるユーザーなら既知であるが、同社は過去の利用履歴との連携が密接であり、オンラインで購入した商品の購入においても利便性が図られている。

アマゾンがKindle Fireを導入した理由

アマゾンはスマートフォン、タブレット、PC向けに電子ブックリーダーアプリ「Kindle Reading Apps」を提供しており、アンドロイド、MacOSX、iOS、Blackberry、WindowsPhone7、Windowsといった主要プラットフォームにも対応し、アマゾンのオンラインショッピングを利用可能とするアプリも提供しており、プラットフォームに依存しないクラウドビジネスを体現する存在でもある。
ここで「何故、アマゾンはハードウェアの販売に進出したのか?」という疑問点が生じる。前述の通り、アマゾンは2007年に初代「Kindle」を発売して以降、現在のモデルは第四世代に当たる。アマゾンはオンライン書籍販売からビジネスをスタートさせ、現在では家電や衣類など広範囲な商品を扱う一大オンラインショッピングサイトに成長した。一方で、従来からの紙ベースでの書籍販売の限界(コスト、収益面、売上、出版ビジネスの仕組みそのもの)の限界を乗り越える手立てとして電子ブック市場に進出している。
しかし、電子コンテンツに進出した2007年当時は(米)アップルが「iTunes」で音楽コンテンツの販売で頭角を現し、「Appstore」でアプリケーションマーケットを立ち上げた時期であり、電子ブックコンテンツ市場は皆無の状況であった。そこでアマゾンは自らがハードウェアを手掛ける事で電子ブックコンテンツ市場の立ち上げを図った。その目論見は見事に成功し、電子ブックコンテンツ市場をリードする存在に成長した。この間にアマゾンは大手出版社や新聞社などを巻き込んだ電子ブックコンテンツにおける新たなビジネスモデルを構築する事に成功し、第二段階として2011年4月に動画ストリーミングサービス「Amazon Instant Video」を開始している。

Kindle Fireの導入については、それを更に一歩進めたものと理解できる。それは現在、急成長を遂げつつも混乱を見せるアンドロイドマーケットにおけるポータル(入り口)の構築と、動画、音楽コンテンツ、そして同社のオンラインショッピングとの紐付けである。
それらを統合し、利用してもらう為にアマゾンが用意したデバイスがKindle Fireであり、かつて日本において0円でばら撒かれたブラウザ搭載携帯電話(フィーチャーフォン)と同じ位置づけである。アマゾンとしては結果的に自社のサービス利用の拡大=売上拡大に繋げる為のツールと割り切っている為、最低限の性能を確保し低価格で販売できれば御の字であると言える。台数の規模が拡大する事で、Kindle Fire向けのアクセサリが充実する事にも繋がり、競合他社との差別化という点でもプラスに作用する。

そのように考えるとアマゾンが想定するライバル企業は広範囲に及ぶ事になる。ハードウェアという点では、アップルやサムスン電子、パソコンメーカーなどは競合になる。また、ソニーのようなハードとコンテンツを一体提供可能な企業も競合となる。また、電子ブックという点では(米)バーンズ&ノーブルが最大の競合であり、小売業として(米)トイザラス、(米)スポーツオーソリティも競合だ。また、オンラインショッピングやソーシャルメディアも競合と成り得る。極論を言えば「消費者の財布」を握る事を目的とする企業全てが競合企業である。

今後のハードへの影響

かつて日本ではインターネット利用における入り口(ポータル)の陣取り合戦が繰り広げられた。日本ではヤフーが成功を収め、1億ページビュー/日を超える巨大サイトに成長し、ヤフーはそのアクセス力を生かしてインターネット広告で急成長を遂げ、ヤフーオークションなどのサービスを有料化にも成功した。
オンラインショッピングでは「楽天市場」を運営する楽天が突出し、出店社数を拡大させるのと同時に、流通・決済・金融などの周辺分野にも進出して企業体としてのスケールを拡大させた。
一方で日本におけるアマゾンも本業であるオンライン書籍販売で実績を積み重ね、現在では家電、生活用品など幅広い商品の品揃えを誇る大手サイトに成長した。アマゾンが扱う商品の正確とKindle Fireの位置づけを考慮すると「電子版通販カタログ」に例える事も出来なくはない。将来的にはITリテラシーが低い熟年層以上のユーザーをターゲットにした製品開発を行なう可能性も考えられる。

海外の一部メディアで「アマゾンが2012年にスマートフォンに進出」の話が報道された。またインターネットTVやTV向けセットトップボックスの開発も噂されている。
Kindle Fireの事例の延長線上にこれら機器のビジネスが存在する可能性は否定できない。その中でポイントとなるのはスマートフォンの場合、通信回線が必要となる事である。Kindleのビジネスモデルではアマゾンが通信料を負担した。しかし、スマートフォンの場合、トラフィックが膨大になる事から同社が料金を負担する可能性は限りなくゼロであろう。しかし、スマートフォンを提携する通信事業者経由で2年間の紐付けで供給する事や自らMVNOとしてビジネスを展開する事で0円端末を仕立てる事が可能である。また、スマートフォンを開発・製造する台湾、中国系のEMS、ODM企業にとって顧客確保に苦労している現状を照らし合わせれば、アマゾンとの協業は非常に魅力的なプロジェクトと成り、より有利な条件で製品調達を図る事が可能である。

今後、Kindle Fireが展開する市場として有力な市場の条件として
1.アマゾンのサービスが一般的に利用されている市場
2.著作権保護を含めた電子ブック、コンテンツが流通している市場
3.3GやWiFiなどの通信インフラ整備が進んでいる市場
4.物流網が整備されている市場(物販を意図したケースに限る)

具体的には、西欧、カナダ、オーストラリアといった先進国や、香港、シンガポールなどの都市国家(市場)である。日本市場については電子ブックサービスが展開できていない点が最大のネックとなる。

同社がこれまでのビジネスで得たノウハウを活用すると、ハードウェアビジネスを更に強化する事は可能である。一方で自ら開発・生産部門を保有していないので、収益が悪化した際の撤退も容易である。
アマゾンのKindle Fireでのプロジェクトは今後のハードウェア開発におけるひとつの潮流となる可能性がある。ハードウェアメーカーが自ら製品を開発する方向性からサービス事業者による自らのプラットフォーム構築を目的とした製品開発である。その源流はNTTドコモの「iモード」にあると言え、それを世界規模で発展させたのがアップルであるといえる。更にグーグルやアマゾンのような資金力と多くのユーザーを抱えるクラウド系企業が今後の端末・ハードビジネスにより積極的に関わってくる可能性が高い。

アップルはiPod、iPhoneの導入に併せて、「iTunes」「Appstore」を導入し、ハードとソフトを一体提供する垂直統合型のビジネスモデルを逸早く構築した。
ソニーは今後の市場での変化に対応すべく、ソニーエリクソンの完全子会社化に踏み切り、クラウドサービス「Qriocity」、SCEの「PSN」を核にグループ内での連携を強化するべく舵を切った。
サムスン電子を含めた他のエレクトロニクスメーカーはアップルやソニーに見られるハードとソフト(サービス)を統合的に提供できる仕組みを保持しておらず、今後も構築する可能性は低い。基本的にはアンドロイドに代表される枠組みでハードウェアを提供していく方向性になるか、自社製品を使用するユーザーを囲い込む目的で既存のストアを再構築するかになる筈である。少なくともハードウェアを作るのみでは競合との差別化を図り優位に競争を進めて行く事は難しくなる筈である。

賀川勝

賀川 勝(カガワ スグル) 上級研究員
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