これまでXRデバイス市場は、VRヘッドセットとMRデバイスを中心に発展してきた。VRヘッドセットは現実世界を遮断し、ユーザーを完全な仮想空間へ没入させることを目的としている。一方、MRデバイスは現実空間とデジタル空間を融合し、現実世界にデジタルオブジェクトを重ね合わせながら相互作用を実現するものであり、エンターテインメント用途に加え、設計、製造、医療、教育などのエンタープライズ分野でも着実に活用実績を積み重ねてきた。
対してスマートグラスは、VRやMRのような没入型デバイスではなく、AR(拡張現実)表示を活用しながら日常生活に溶け込むウェアラブルデバイスとして進化してきた。しかし、用途は映像視聴や業務支援などに限定されており、世界のスマートグラス出荷台数は少量に留まっていた。
こうした状況が2025年以降、大きく変化している。生成AIの進化を背景に、スマートグラスは単なるAR表示デバイスから、AIアシスタントを常時利用するためのウェアラブル端末へと再定義されつつある。ユーザーはスマートグラスを通じてAIアシスタントと自然な対話を行い、リアルタイム翻訳、情報検索、画像認識、スケジュール管理などの機能をハンズフリーで利用できるようになった。スマートフォンは画面を確認しながら操作する必要があるのに対し、AIスマートグラスは視線を前方に向けたまま利用できるようになった。また、搭載されたカメラやマイクから取得した映像・音声情報をAIがリアルタイムに解析することで、状況認識や行動支援、パーソナライズされた情報提供が可能になり、従来のウェアラブルデバイスにはない新たな価値を創出した。
これまでのXRデバイス市場は、映像表示や空間コンピューティング体験の提供を主な価値として発展してきた。しかし、表示技術の制約に加え、バッテリー性能、重量、価格といった課題から、一般消費者の日常利用には適さないケースが多かった。結果、市場は製造業、物流、医療、保守点検などの業務用途を中心に形成されてきた。
バーチャルオブジェクトやデジタル情報をレンズに透過表示できる「ARスマートグラス」は、長年にわたりスマートフォンの次世代デバイスとして期待されてきた。実際、2026年以降、MetaやAppleを中心に次世代ARスマートグラスの早期市場投入への期待が高まった。しかし、大手メーカーによる市場導入は2030年頃が見込まれており、市場の期待とは裏腹に製品開発が大きく遅れているのが実情である。
主な要因として、①表示性能(視認性・光学系) ②発熱・消費電力対策 ③小型・軽量化と高性能化の両立 ④ユーザーインターフェース(UI/UX)といった技術課題が挙げられる。
【図表:ARスマートグラスが抱える技術的課題】
矢野経済研究所作成
AR×AIスマートグラスの普及においては、AI機能やAR表示性能だけでなく、眼鏡としての実用性も重要な要素となる。特に一般消費者市場では、度付きレンズへの対応やサングラスとしての機能性を考慮する必要がある。
現在のAIスマートグラスでは、度付きレンズへの交換に対応する製品が増えており、既存の眼鏡ユーザーでも違和感なく利用できる環境が整いつつある。一方、本格的なARスマートグラスでは、レンズ内部に映像を投影する光学部品(Waveguide)が組み込まれるため、度付きレンズとの両立が技術的課題となっている。今後は光学技術の進化により、AR表示機能と視力補正機能を統合したレンズの実用化が期待される。
また、屋外利用を前提とするARスマートグラスでは、サングラスとしての機能性も重要である。強い日差しの下でも映像を視認できる高輝度ディスプレイに加え、UVカットや調光機能、電子調光レンズなどの採用が進むとみられる。将来的には、眼鏡、サングラス、AIアシスタント、ARディスプレイを一体化した製品の登場も期待される。
今後の市場見通しとして、2027~2028年頃までは本格的なARスマートグラスの有力製品は限定的であり、市場はAIスマートグラスが牽引すると考えられる。この時期の製品は音声対話や画像認識、リアルタイム翻訳などのAI機能を中心とし、AR機能は通知表示やナビゲーションなど限定的な用途に留まる見込みである。
現在、AIスマートグラス市場を牽引しているのはMetaである。同社はRay-Banブランドを展開するEssilorLuxotticaとの協業により、一般的な眼鏡と変わらないデザイン性を維持したAIスマートグラスを投入し、市場拡大をリードしている。現時点では本格的なAR表示機能を搭載していないものの、AIアシスタントを中心とした「AIグラス」戦略を推進しており、将来的にはAR機能を備えた次世代製品への進化を目指している。
また、GoogleもGeminiを核としたAndroid XR戦略を推進しており、スマートグラス市場へ再参入している。さらに、中国メーカーも積極的な動きを見せており、XREAL、Rokid、Huawei、Xiaomiなどが価格競争力と技術力を武器に市場開拓を進めている。
一方、Appleは空間コンピューティング市場においてVision Proを投入し、高度なMR体験を提供している。現時点では一般消費者向けARスマートグラスを投入していないものの、独自チップ、光学技術、空間OSを活用したARグラスの開発を進めているとみられており、市場参入時には大きな影響力を持つ可能性が高い。
2028年以降は表示技術やバッテリー性能の向上に加え、生成AIとの融合が進むことで、より実用性の高いARスマートグラスが市場に投入され始めると見込まれる。特に生成AIとの融合は普及の鍵を握る要素であり、スマートグラスはユーザーが見ている映像や周辺環境をリアルタイムに認識し、翻訳、ナビゲーション、情報検索、業務支援などを自然言語で提供できるようになる。これにより、「画面を見る」のではなく、「視界そのものがインターフェース」となる新たなユーザー体験が実現する可能性が高い。
また、2030年以降は5G-Advancedの成熟化に加え、6GやNTN(Non-Terrestrial Network)の商用展開が進むことで、クラウドAIやXRコンテンツを低遅延かつ大容量で利用できる環境が整うと見込まれる。これにより、端末側の演算負荷をクラウドへ分散することが可能となり、スマートグラスの軽量化や長時間駆動にも寄与すると考えられる。さらに、AIエージェント技術の進化により、ユーザーの行動や状況を理解した高度なパーソナルアシスタント機能の実現も期待される。 市場拡大はまず物流、製造、保守点検、医療などの業務用途から進み、その後コンシューマ市場へ波及すると予想される。特に業務用途では、作業支援、遠隔支援、教育・訓練などの分野で導入が加速するとみられる。一方、コンシューマ市場では、ナビゲーション、コミュニケーション、エンターテインメント、ライフログなど日常利用シーンへの浸透が期待される。
主要プレーヤーとしては、Meta、Google、Appleなどの米国勢に加え、XREAL、Rokid、Huawei、Xiaomiなどの中国メーカーが市場を牽引すると見込まれる。長期的にはスマートフォンが担っている情報検索やコミュニケーション機能の一部を代替し、「AIを常時利用するためのユーザー接点」として定着する可能性がある。特に2030年代後半には、AIエージェントとの連携を前提とした新たなコンピューティングプラットフォームへと進化し、AR×AIスマートグラスが次世代デジタル体験の中心的なデバイスとなることが期待される。
【図表:ARスマートグラス 普及見通し】
矢野経済研究所作成
(賀川勝)
■レポートサマリー
●国内XR(VR/AR/MR)市場に関する調査を実施(2025年)
■アナリストオピニオン
●Google「AndroidXR」は3度目の正直となるか?
●スマートグラスは普及するか?
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