矢野経済研究所では「ERP市場」の調査を長らく行っているが、その最新刊「2025 ERP市場の実態と展望」(2025年8月25日発刊)で、ちょっとした異変がレポートされている。
その前に当社でのERP市場調査の歴史を簡単にご紹介しよう。ERP市場を最初に扱ったのは1998年『急速に拡大するERP市場'98 ~ERP市場の実態と2000年展望~』というタイトルだった。つまり最新刊は28年目のレポートとなる。
1998年頃といえば、ちょうどBPRが叫ばれたあたりである。BRPとは「Business Process Re-engineering」の略語であり、事業目的に沿って、組織や制度、業務フロー、業務システムなどを根本から再構築することを示す。このBPRを達成するために求められたのがERP(Enterprise Resources Planning)だ。
しかし、ERP導入で根本から事業を再構築できたかといわれれば、そうでもない。ERPブームで導入は進んだものの、日本企業の多くは、自社特有の業務プロセスこそ自社の強みの源泉として、もしくは既存業務・組織を変えることを恐れ、ERPに“自社流”のカスタマイズを加えるのが通例だった。その結果、保守コスト増、ベンダーロックインなどの構造的な足かせを抱えることになる。そしてクラウド時代が到来し、ソフトウェアアップデートがより頻繁に行われるようになったことから、その足かせは今まで以上に不都合なものとなった。いわゆるFit & GapからFit To Standardへの転換である。
さて、話を最新レポートに戻すが、特に重要だと感じたのがSaaS型ERPの急激な伸長である。具体的には、2024年のSaaS型ERPの市場規模が、前年比136.2%と大きく伸びているのだ。私のなかでは、これは“ちょっとした異変”だった。中長期的にSaaSが伸びていくのは既定路線ではあるものの、少し急すぎる。ERPはもう少し保守的な投資分野ではなかったか。担当した小山主任研究員によれば、常に最新テクノロジーを使い続けるためにFit To Standardで導入するニーズが増しているということであった。確かに爆速で進化するAIを目の当たりにしているので、そうしたニーズが強くなるのも理解はできる。
ここでふと感じるのは、“競争の源泉はどこにいったのか?”ということである。いまとなっては時代遅れと揶揄されながらも生き残ってきたカスタマイズ、それはパッケージでは置き換えられない競争の源泉だったはずだ。それはどこへいったのだろうか。
回答の一つは、そもそも業務システムに競争の源泉など最初から無かったということだ。ユーザ部門との摩擦を避けるためにカスタマイズすることは多い。二つ目はERPの成熟化だ。標準機能や柔軟性が向上し、昔は競争の源泉だった特徴的な機能が、パッケージに取り込まれたというものだ。それ以外に、競争の源泉は枯れてしまった、と考えることもできる。以前は特徴的だった業務システムが、ただ時代遅れになり、パッケージに取り込まれるわけでもなく、ただ、置いていかれる。ここ30年、日本経済は停滞を続けているが、競争力を失うとともに、既に自社の強みとして業務システムに織り込めるような競争の源泉は少ないのかもしれない。
かつての強みが通用しない、もしくは、業務システムの外に強みがあるならERPにこだわる必要はない。既存のしがらみは捨て、シンプルにFit To Standard で導入し、新たにアジリティを強みの源泉にするのは良い考え方だ。グローバル競争において、追い付けるチャンスも増える。
では、さらに追い越すためには、強みの源泉をどこに求めればよいのか。有力なのはデータの利活用能力(データ品質、分析力、AI適用)であり、組織全体のデザインやプロセスを大胆に切り替える能力であろう。業務システムにアジリティを求めたなら、組織自身も俊敏さを身に着ける必要があるからだ。まとめれば、SaaS型ERPの進展、それは旧来の強みに拘らず、進化する業務システムをうまく活用し、自社のデータと組織能力でいかに差別化していくか、そうしたことが問われる時代になったということを示唆しているのではないだろうか。
(忌部佳史)
■レポートサマリー
●ERP市場動向に関する調査を実施(2025年)
●ERP及びCRM・SFAにおけるクラウド基盤利用状況の法人アンケート調査を実施(2025年)
■アナリストオピニオン
●SaaS事業の本質とは
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