近年、日本は台風や地震、線状降水帯による大雨など、様々な自然災害に見舞われている。2011年の東日本大震災以降も、熊本地震、大阪府北部地震、北海道胆振東部地震、そして2024年1月の能登半島地震まで、大規模な地震が相次いで発生しており、こうした災害の多発化・激甚化は、損害保険業界に大きな課題をもたらしている。
損害保険会社は、災害発生時に保険加入者に対して保険金を支払う重要な役割を担っている。しかし、保険金を支払うためには、被災地に赴き建物の全壊/半壊の判断や、床上/床下浸水などの損害状況を正確に把握する必要がある。
この損害調査には、損害保険会社の従業員だけでなく、外部の損害鑑定人の協力も不可欠である。日本損害鑑定協会によると、2025年4月現在の損害鑑定人は1,142名(3級鑑定人614名、2級鑑定人387名、1級鑑定人141名)となっている。
しかし、大規模災害が発生すると、この限られた人材では対応しきれないという問題が生じる。損害保険会社間で損害鑑定人の需要が急増し、人材不足に陥ることがある。さらに、災害の被害が激甚化・広域化すると、現場へ調査員を派遣することさえ困難になり、保険金支払いが長期化するケースが増えている。
一方で、保険加入者にとって保険金は生活再建のために必要不可欠な資金である。「万が一のとき」に保険加入者を支援する役割を担う損害保険会社には、一日でも早く保険金を支払うことが求められている。自然災害がいつ発生してもおかしくない現在の状況下で、損害調査の迅速化は業界全体の喫緊の課題となっているのである。
こうした課題を解決する手段として、近年注目されているのが衛星データの活用である。災害発生時には道路などのインフラもダメージを受け、現地調査が困難になることが少なくない。また、被害範囲が広範囲に及ぶ場合は調査に膨大な時間を要する。
そこで大手損害保険会社を中心に、衛星画像から災害状況を確認することで保険金支払いの早期化を図る取り組みが始まっている。被災地に向かわずとも被害状況を把握できるという点で、衛星データの活用は非常に有用なのである。
保険金支払いの迅速化や新商品開発だけでなく、衛星データを活用したサービスの外販も検討されている。例えば、衛星画像からメタン排出量を解析し、企業のリスクコンサルティングに活用する実証実験なども行われている。
近年の自然災害の発生状況を見ると、その深刻さが浮き彫りになる。2011年の東日本大震災は被害者人数、住家の被害レベルともに桁違いであったが、その後も大規模な地震は続いている。
地震保険による保険金支払額を見ると、2011年の東日本大震災が最も高く1兆2,890億円、次いで2016年熊本地震、2021年・2022年の福島県沖を震源とする地震、2018年大阪府北部を震源とする地震と続く。1995年の阪神淡路大震災よりも、近年発生している地震に対する支払保険金額の方が高くなっているのである。
さらに地震だけでなく、台風や大雨による災害も各地で被害をもたらしている。被害の数が多いほど、保険加入者に対する保険金の支払い等の対応業務も増加する。保険金支払い業務の効率化は、業界全体の課題となっているのである。
今後、衛星コンステレーション(複数の小型衛星による観測網)の実現によって、衛星画像の撮影頻度の増加やデータの低廉化が進むと予想される。これにより、損害保険会社はより衛星データを利用しやすくなることが期待される。
しかし、被害状況を把握するための情報収集ツールは衛星データだけではない。ドローンや航空機を活用したセンシングなども有効な手段である。現状、衛星データの活用は大手損害保険会社が中心であるが、ドローンの活用は会社規模に関わらず広がっている。
災害状況を把握する上で、自社でコントロールしやすいドローンの方が好まれる場合や、衛星データプロバイダーへの依頼によるタイムラグが問題となる場合、あるいは単純にコスト面でドローンの方が有利な場合もある。こうした事情から、衛星データの活用が浸透しづらい可能性も否定できない。
理想的なのは、目的や用途に応じて衛星やドローン、航空写真などを使い分けるハイブリッドなアプローチであろう。被害が広域で甚大な場合は衛星画像で全体像を把握し、狭域の場合はドローンを活用するといった使い方が考えられる。実際に、損害保険会社の中には衛星データの活用を検証しながら、ドローンや航空機のさらなる活用可能性も模索しているケースがある。
(小田沙樹子)
■アナリストオピニオン
●多発する自然災害とそれに向けた損害保険会社の取組み
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