印刷業界が「斜陽産業」と呼ばれるようになって久しい。デジタルデバイスの普及や環境配慮の意識向上により、オフィスや学校での紙の使用は減少し、書籍や雑誌も電子媒体への移行が進んでいる。パソコンが普及し始めた1990年代後半からペーパーレス化の動きがみられ、2010年代にはスマートフォンやタブレットが普及したことで、紙で印刷する機会は減少していった。さらに、2020年に起こったCOVID-19のパンデミックがそれを加速させており、今後も減少傾向が続くとみる。最近では、2024年10月に郵便料金が値上げとなり、年賀状印刷が主要な用途の1つである家庭用プリンタへの影響も懸念されている。
そんな印刷業界では、ハードウェアであるプリンタの売れ行きも縮小傾向にある一方、例外的に伸びを見せている市場もある。それが、業務・産業向けプリンタ市場である。
矢野経済研究所では、2024年7月に「2024年 業務・産業向けプリンタ市場の実態と展望」を発刊し、本分野の拡大傾向を示している。本レポートでは、主にプロダクションプリンタとLFP(インクジェット方式)の2つの市場が分析されており、どちらも拡大が見込まれている。今回は、LFP(インクジェット方式)市場における状況や取り組みについて注目したい。
LFPは、「Large Format Printer」の略で、文字通り「大判プリンタ」のことである。ここではインクジェット方式のプリンタを扱い、例外もあるが基本的にはA2以上のサイズの印刷に用いられる。印刷媒体は紙以外にも広がり、「水と空気以外には印刷できる」と称されるまで性能が向上している。その結果、用途の幅も拡大し、従来のCAD、サイン、印刷業に加え、テキスタイル・アパレル、フォトデザイン、建材・産業資材・インダストリ、一般企業(プレゼンPOP・展示など)、ノベルティ、パッケージ、ラベル、食品用途など多岐にわたって活用されている。
近年、「推し活」の広がりにより、キャラクターグッズの市場が成長していることも追い風となっている。特に若年層を中心に、好きな有名人やキャラクターなどのグッズを購入する消費行動が広がり、Tシャツ、トートバッグ、アクリル製のスタンドやキーホルダーなどの「推し活グッズ」の需要が高まっている。それに伴い、製作を担う事業者の数も上昇傾向にあり、これらはLFPの中の「卓上・小型機」にカテゴライズされたプリンタで対応することができる。スペースを取らず、一般的な居室スペースなどでも導入できるため、小規模事業者や個人事業主も容易に導入することができる。さらに、コンテンツの流行が短期間で移り変わることから、小ロットで生産できるオンデマンド印刷とも親和性が高い。
【図表:LFP(卓上・小型機)プリンタの出荷台数及び売上高(2020~2026年度予測/世界)】
出所:矢野経済研究所作成
昇華転写の新しい印刷技法であるDTFプリンタの伸長も著しい。DTFとは、「Direct to Film」の略で、まずは専用のフィルムにインクジェットでプリントし、その後そのフィルムと媒体を熱で圧着させてプリントする方式である。印刷の再現性が高く、生地に直接印刷しないため、対象物の素材や色の影響を受けにくい。また、転写ではあるもののフチがほとんどなく、自然な仕上がりにすることができるなどのメリットがある。版を作る必要もないため、小ロットでの印刷もコスト面で有利に働く。工程がシンプルな上、仕上がりも良いといった扱いやすさから、多くの事業者に受け入れられている。特に新規事業者にとっては、ノウハウの有無に関わらず導入できるというメリットが大きく、伸長の要因の1つになっている。前項で述べたキャラクタービジネスも、DTFプリンタが伸びている1つの要因であろう。
各メーカの製品動向をみる。2023年4月、ミマキエンジニアリングは、同社初のDTFプリンタ「TxF150-75」を発売、エントリーモデルとして販売している。また、2024年9月、約4倍の生産能力を持つDTFプリンタ「TxF300-1600」を発売した。生産性の向上に加え、従来比約2倍のプリント幅により、カーテンやフロアマットなどの幅広な素材への印刷が可能となっている。ローランド ディー.ジー.では、2023年1月にVersaSTUDIOシリーズの新製品として小型のDTFプリンタ「BN-20D」を発売し、2024年1月にはより事業者向けのスペックにアップグレードした新製品「BY-20」の販売を開始した。各社、新製品を積極的に開発・販売しており、DTFプリンタへの注力が窺える。
LFPは、様々な可能性を秘めたプリンタであると言えるだろう。その多様性は、我々がまだ考えもしない用途が潜在的に眠っているという期待感にも繋がる。従来の常識や固定観念にとらわれることをやめれば、市場はさらに発展していくだろう。印刷業界に灯る数少ない希望の光として、LFPがこれからも市場をけん引していくことを期待したい。
(山内翔平)
■レポートサマリー
●業務・産業向けプリンタ世界市場に関する調査を実施(2024年)
●産業用3Dプリンタ世界市場に関する調査を実施(2024年)
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