矢野経済研究所 ICT・金融ユニット

アナリストオピニオン
2020.01.31

世界レベルの活用へ HPの3Dプリンティング

後発のHP

2020年1月、日本HPの事業説明会に出席した。日本HPはPCとプリンティング事業にフォーカスした会社で、「事業展開のスピード向上」と「革新的な製品の提供」をキーワードに、生産から物流、販売、サポートにいたるまで、PC・プリンティング事業に最適化した事業基盤の構築を進めている。同社のプリンティング事業は大別すると2つに分かれる。一つは商業印刷、出版、パッケージ印刷を中心に新たなビジネスの創造やブランドオーナーへの価値提案を進めるデジタルプレス事業、もう一つが今回テーマとする3Dプリンティング事業である。

HPが3Dプリンティング事業を開始したのは2016年で、日本では翌2017年から販売が始まった。位置づけ的には後発と言えるだろう。しかし、後発ゆえにユーザニーズを十分にヒアリングした上で製品化したため、同社が提供する3Dプリンタは、発売当初から最終製品/量産を睨んだ仕様になっており(もちろん同社の技術力があってこその製品化だが)、ユーザからの期待も膨らんだ。

HP Jet Fusion 3Dプリンティングソリューションは、設計から試作、製造までのものづくりの工程に変革を起こすものとして、当時、既存3Dプリンティングによる造形方式と比較し、最大10倍のスピード※1と半分のコスト※2で高い品質のパーツを生産することが可能であると発表された。市場からの期待が高まるHPの装置は、世界市場で瞬く間に出荷台数を伸ばし、同社はシェア上位企業に加わった。2014年の3Dプリンタブーム以降、3Dプリンタ市場に参入した企業はいくつかあるが、シェア上位企業にまで成長したメーカは少ない。このことから、同社装置がユーザニーズに適うものであったことがうかがえる。実際、性能、価格など含め、非常にバランスの良い装置のひとつと言える。

しかし、国内の出荷台数の伸びは、世界市場と比較すると、緩やかであったとみる。これは、国内ユーザ(候補を含む)の動きにも連動していると考える。最近の国内ユーザの動向をみると、3Dプリンタを活用し、効果を得ている企業では利用が加速しているが、導入したばかりの企業や、採用手前の企業の前に立ちはだかっている壁、特にアプリケーションに関する壁は高そうだ。何をどのように作ることで3Dプリンタの性能を最大限に引き出せるのか、これをユーザ1社だけで考えることは難しいだろう。2020年度の日本HPは、こうしたユーザに寄り添い、デジタルマニュファクチャリングを推進するための取り組みを強化していく。その柱となるのが、①サービスビューロ各社との取り組みの強化、②アライアンスパートナーとの共同提案の推進、③DfAM(最適設計)の認知拡大である。

※1:HP Jet Fusion 3Dプリンティングソリューションと、販売価格10万ドル~30万ドルのFDM(熱溶解積層方式)/SLS(粉末焼結積層造形)の造形速度の平均値の比較。2016年4月時点のHP社内における試験とシミュレーションの結果に基づく。
※2:上記1と同様の結果に基づく。

デジタルマニュファクチャリングの推進を強化

同社は、2019年度にJet Fusionシリーズのラインアップを大幅に拡充した。最初に投入されたHP Jet Fusion4200シリーズが試作・小ロット生産用途としてミドルと位置付けるとするならば、それよりもライトに利用できる、機能性試作の用途に長けたHP Jet Fusion500シリーズと、ミドルよりも大量生産に長けたHP Jet Fusion5200シリーズの上市である。ラインアップの拡充は、アプリケーションの幅をも広げた。これにより、サービスビューロだけでなく、自動車、電機メーカなど製造業での採用が大きく広がり、国内市場でもこれまで以上のスピードで出荷台数を伸ばし始めた。しかし、ラインアップ拡充だけでは、足りない。ユーザの多くが使い方、作り方を課題にしているからである。それが2020年度の取り組みにつながる。

事業説明会で3Dプリンティング事業について説明した日本HP 3Dプリンティング事業部 事業部長 秋山仁氏も、「いきなり3Dプリンタを買う企業は少なく、サービスビューロで利用してから購入するケースが増加している」と述べた。したがって、①サービスビューロ各社との取り組みの強化が重要であることは明白だが、同社の装置は、3D造形サービスビューロの国内大手、DMM.comが2017年に採用を決め、DMM.comは翌年にはサービスを拡充させている。また、2019年10月には、HPの3D プリンティングソリューションを活用したグローバル規模のデジタルマニュファクチャリングコミュニティ「HP Digital Manufacturing Network※3」に、国内初の企業としてSOLIZE Productsが加盟した。日本よりも進んだ海外のノウハウを得る機会ができたと言える。

また、②アライアンスパートナーとの共同提案の推進の例には、デロイトトーマツコンサルティングとの取り組み、「3Dプリンタ適合性診断プログラム」が挙げられる。このプログラムでは、財務効果についても試算できる点に特徴がある。本プログラムは、3Dプリンタで造形するに適した部品等の選定を課題とするユーザに応える取り組みと言える。こうした共同提案は、市場状況の変動とともに、別の取り組みや、新たな企業との提案へと広がっていく可能性もある。

加えて大事なのは、③DfAM(最適設計)の認知拡大である。3Dプリンタの力を特に活かすことができるのは、3Dプリンタでなければ造形できないようなものを造形する時である。しかし、未だ従来部品を従来通りの設計で造形し、思ったような効果を得られなかったとする企業がある。つまり、DfAM(最適設計)に対する認知が不足しているということである。既に同社は、最適設計により、質量流量向上やコスト削減が図れた事例を公開しているが、今後さらに認知拡大に努めていく必要があるだろう。

こうしてみると、同社の2020年度の取り組みは、3Dプリンタ活用の入口に対する取り組みにも見える。それだけ、導入したばかりの企業や、採用手前の企業の前に立ちはだかっている壁は高い。しかし、この壁さえ超えてしまえば、カイゼンに強みを持つ日本のこと。あっという間に世界の3Dプリンタ活用レベルに追いつくのではないだろうか。否、追い越すかもしれない。そうした意味でも、日本HPの2020年度の取り組みに期待したい。

※3:3D プリンティングソリューションを活用した大規模なプラスチック製および金属製パーツの設計、製造、配送を支援するプロダクションパートナーのグローバルコミュニティ。

小山博子

関連リンク

■レポートサマリー
産業用3Dプリンタ世界市場に関する調査を実施(2024年)
業務・産業向けプリンタ世界市場に関する調査を実施(2024年)

■アナリストオピニオン
一般消費者層への3Dプリンタ普及

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小山 博子(コヤマ ヒロコ) 主任研究員
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