矢野経済研究所 ICT・金融ユニット

アナリストオピニオン
2019.05.15

AIにできない仕事「MaaSとアイドル AI比較」

MaaS市場とアイドル市場をAI視点で比較する

ITSカーエレクトロニクスを調査領域とする筆者がここ数か月関わっているのは「MaaS市場予測」である。当ICT・金融ユニットは、調査分野としてはIT市場担当で、ほぼB2Bビジネスだ。企業のオフィス向けや工場向けなどに供給されるIT市場を調査分析する。筆者はその中でITSカーエレクトロニクス担当のチームにいるが、それもTier1やソフトウェアメーカがOEM(完成車メーカ)に供給しているB2Bビジネスが中心となる。

ところがMaaS市場に関してはB2Cビジネスの要素が強い。MaaSとは、これまで自家用車だけに頼っていたモビリティが、クルマを保有せずにシェアカーサービスを使用したり、鉄道や自転車とシームレスに連動して予約・決済できるようにしたりすることだ。これまでの自動車産業では、ほとんどのプレーヤはOEMに向けて、OEMの求めるものを作るB2Bビジネスがほとんどだった。だが、MaaS市場では、最終的にモビリティサービスを利用するC(Consumer=消費者)に向けてモノを作らなければならない。自動車産業においてこれまで未経験の、B2Cビジネスならではの、人間の気持ちやニーズを考えることが重要になってきたという。

ところで「MaaS市場予測」をやりながら、疲れた時癒されていたのが某「女性アイドルグループ」のYouTube新曲動画だった。気が付くと筆者はMaaSとアイドルの間を行ったり来たりしているうちに両者を比較するようになっていた。いまやアイドル市場は、若者を中心としたものから、中年から高齢者に至るまでの広い層を受け皿とする最先端のB2Cビジネスとなっている。おじいちゃん、おばあちゃん向けのアイドル市場も成立しているのだ。比べてMaaS市場は、B2B主体だった自動車産業の中でB2Cを重要視する新市場であり、重なる部分も少なくないのではないか。

この両者の重なる点、異なる点などが目につき、筆者には面白く感じられたため、これをテーマに書こうと考えた。さらにそのどちらもが、ITの未来ともいえるAI導入を推進しているというので、その可能性についても比較していく。

コア層マーケティング

MaaS市場が注目されている。特にここにきて注目されているサービスのひとつに「0円タクシー(写真はDeNAのもの。18年12月のどん兵衛とのコラボ)」がある。契約スポンサーが乗客の料金を負担するため、乗客は無料で乗れるシステム。ただし、乗客の個人情報は吸いとられる。契約スポンサーの広告料は有料であり、タクシー会社はそこから多くの利益を得る仕組みだ。

写真;0円タクシー(DeNA)

写真;0円タクシー(DeNA)

比べてアイドルのYouTube動画も無料で閲覧可能であり、そこからユーザが個人情報を吸い取られる点も0円タクシーと同じだ。ただしライブや握手会は有料で、熱烈なコアユーザーは同じCDを複数枚購入したり、大量のグッズ購入もあるとか。そこから多くの利益を得る仕組みだ。

「0円タクシー」も「アイドル」も「無料で使わせる。けれど一部のコアな層(0円タクシーの場合は契約スポンサー)からは多くの利益を得る」という点でビジネスモデルに似ている点あり、ではないか。どちらもユーザから収集した情報をAI解析することで、次のコア層ビジネス創出につなげようと考えている点でも似ている。アイドル産業ではAIがファンの書き込みを解析して、アイドルのTwitterを運用することもできる模様。もっともライブや握手会などは、アナログな人間が絡まないとできないものである。

『モノ→コト』移行時代のデザイン

某「女性アイドルグループ」のYouTube新曲動画を観て、筆者は驚いた。おじさんにとってのアイドルは80年代であり、ひらひらのスカートでピンの歌い手というイメージだった。比べて2020年代間際のアイドルは20人以上の群像であり、マイクでなくヘッドセットを付け、空いた両手をぶんぶん振り回しながら全米NBAハーフタイムショーのチアのように跳ねまわっている。しかもテレビにはあまり出ず、CD販売よりも、ライブやライブ会場でのグッズ販売で利益を得ている模様。どこで切っても同じCDではなく、ファンが独特の楽しみ方をデザインできるライブこそがビジネスになってきたという事だ。

このように、ここ40年で完全にビジネスモデルが変わってしまったアイドル産業に比べて、自動車産業の変化はこれからの20年で大きく動くのではないだろうか。ガソリンエンジン車→EV、手動運転→自動運転、クルマの保有→シェアリング・・・などなど。特に話題のシェアリングではクルマを「保有すること」ではなく、「シェアして体験する」ことがビジネスモデルになっていく。それを一言でいえば「モノ→コト」の移行だ。

MaaSの話でなくて恐縮だが、昨年(2018年)11月、パナソニック創業100周年記念「100BANCH(ヒャクバンチ)」展示会でホーム用3Dプリンタ(写真はパナソニック)を見た。

写真;3Dプリンタ(パナソニック100周年記念「100BANCH(ヒャクバンチ)」展示会にて撮影)

写真;3Dプリンタ(パナソニック100周年記念「100BANCH(ヒャクバンチ)」展示会にて撮影)

その際に聞いた話では、これからの時代は、店舗で「これがほしい!」というデザインの商品を見つけたらデータだけ買って帰るようになるそうだ。買ったデータを自宅の3Dプリンタに入れれば、店舗の製品と同じものを自宅で作れるということ。これは「モノ→コト」でなく、「モノ→データ」であろうか。価値はモノだけにあるのではなく、買いたいと思うものを見つけに出かける喜びと、買いたいものに出会う喜び。そして自宅の3Dプリンタを使い自らの手で作り出す喜びになるのだ。やはり、これも「モノ→コト」シフトといえるかもしれない。

少量生産のMaaS車両もユーザ需要に合わせて3Dプリンタで作る時代が来るのではないか。そこにはオーナーカー量産製造にはない、非常にパーソナルな趣味嗜好のデザインが存在するかもしれない。あるいは「ある地域独特の需要(雪が多いとか、川が氾濫しやすいとか)」「ある高齢者独特の需要(身体的な補完)」に対応するデザインかもしれない。逆に非常にパーソナルな趣味嗜好の世界こそがオーナーカーの生き残る道となることもありうる。

3DプリンタはAIで制御御可能だ。だが、規格外の需要を見つけ出してデザイン化するのは案外アナログな仕事といえる。アイドル産業において、ファンが独特の楽しみ方をデザインできるライブこそがビジネスになってきたように。そして、規格外の需要を現場に設置するのはさらに人間臭い仕事になるのではないか。

ユーザ情報AI解析

「MaaS市場もアイドル市場も、ユーザから収集した情報をAI解析することで、次のコア層ビジネス創出につなげようと考えている点でも似ている」ということを書いた。現在のインターネットでも、グーグルやYouTubeなどで利用者が検索したキーワードや項目についてAIが解析を行い、利用者の興味のありそうなものを探り当てたうえでレコメンド広告を打つ。両市場ともに、ユーザのニーズを汲んで展開することで、さらなる需要を生み出そうと試みる。

MaaS市場ではモビリティの乗員の趣味、スケジュール、病歴、興味、購買履歴、活用履歴を踏まえて提供すべきモビリティサービスを変化させたり、乗員に与えるレコメンド情報を変えたりする。アイドル市場では番組視聴者やライブ参加者の声、リクエストを元にした番組・イベントを企画する。こうしたユーザ情報解析こそがサービスの魅力を決定するといっていい。

ただしMaaS市場の場合は乗員情報に加えて、車両情報、道路情報、エネルギー情報などが総括的に分析されることになる。こうした解析はまさにAIの得意とするところではないか。

アイドル市場の場合は、視聴者や参加者の生の声そのままでは、多分それほどおもしろい企画を作れないのではないか。なぜなら視聴者や参加者の声は「今あるものがおもしろいか、魅力的か」であり、この後に何を求めているのかは、彼ら自身さえもが気付いていない、潜在的なニーズであることが多いからだ。それを探るためにはユーザの中でも最も尖がったユーザの声なら役立つかもしれない。AIで尖ったユーザの声をどうして見つけるか? AIは尖ったユーザを見分けることができるのか? しかもファンは飽きやすい。先月の魅力は、今月にはもう通用しないかもしれない。ここについては、今のところ「プロの目利き」「プロの嗅覚」といった、人間に従属するアナログなものに頼るしかないのかもしれない。

コンテンツの多様化

MaaS事業者は、どのような車両ラインアップを揃えるかがサービスの魅力につながると考えている。ウーバーのライドシェアサービスのように、契約したドライバの保有車両をうまく利用する場合もある。タクシー配車サービスの場合は、同じデザインのタクシーを取り揃えることでブランディングを図っていく。P2Pシェアリングでは、貸し手と借り手が「たまにはこんなスポーツカーに乗ってみたい!」「いいですよ」というネット上の交渉で乗る車両が決定する。MaaS市場において、C(消費者)はクルマを選ぶうえで能動的な決定権を持つため、Cの好みに合わせられる多様性は重要だ。

比べてアイドル市場においては前述したように、もはや複数人のグループが多く、中には20人以上いることもある。メンバー各人の得意分野、個性を尊重して生かし、ユーザを飽きさせない。個人の怪我やトラブルによる一時的な離脱は他のメンバーで補完し、むしろそうしたトラブルすらもコンテンツとして活用するのが現代風だ。単純にメンバーの数が多いだけでなく、「aちゃんとbちゃんが一緒になるとこうなるが、aちゃんとcちゃんが一緒だとだとこうなる」的にメンバーの関係性にまで踏みこんで、混じりあう色を見せていくコンテンツの多様化に工夫している。

MaaSもアイドルも、Cのサービス選択にはネットのサイトやSNSを多用している。MaaSのシェアカーサービスでは、スマホのサービスサイトに寄せられた客の声がドライバのランクを決め、逆に客もドライバから評価される。アイドルではテレビ、CD、DVD、YouTube動画像などに加えてSNSのTwitterやFaceBookやブログを活用してファンを飽きさせないようにもっていく。

そのどちらも運用にはAIが活用されている事であろう。

最後に結んで逃げる

MaaS市場とアイドル市場の比較をざっくり行ったが、なんだか方向性の明確でないものになってしまった。いつもB2Bばかりやっていた筆者が、たまにB2Cに触れて考えて興奮してしまったに違いない。しかもアイドルだからなあ。興奮して間違いも多いかもしれない。なんだか自信がなくなってきた。

もしかするとB2B主体の自動車産業の従事者においても、B2C色の強いMaaS事業に従事するようになったらきっと訳わからない混乱が、企業組織としてだけでなく、個人の脳の中でも起こってしまうかもしれないと思ったりする。

自動車産業の人も筆者のように、自信がなく、集中できなくなり、右往左往し、先が見えなくなってしまうのだろうか。

けれども企業人といったって、結局は、一匹の人間という動物として、限りある命あるうちに、精一杯鼻をきかせながら思考し、行けるところまで進んでいくしかないのだろうとも思う。だってAIではないのだから。AIにできない仕事をやっていくのだから。AIのできない思考で行けるところまで行ってしまうしかないのだから。でも、方向性はこれでいいのか。AIにできない仕事を探すってこうしたことではないのではないか。などとも思う。

こうした思い自体が「おいおい、市場調査と製造業を一緒にするなよ」とかいう批判にさらされたら、あっという間に恥ずかしくて消え入ってしまいそうだ。AI研究者の方か、読者に「しょせん市場調査屋さんの考え」などといわれたらうつむいて凍ってしまいそうだ。

自動車産業のようなB2Bに関わる方、アイドル産業をはじめとするB2Cに関わる方、当コラム読者の方にとって、ほぼ役に立たない与太話となった。お代はタダだが、読んでいる時間はお戻しできないのでご容赦ください。しかし調査会社も面目を保たねばならないので、最後に結んでおく。

MaaS時代の自動車産業は、どうやらこれまでになくB2Cの色合いが濃いものになっていきそうだ。当ユニットの自動車担当チームのメンバーとしては、これまでのようにITS、コネクテッドカー、車載HMI、車載ソフトウェアなど車載IT分野を追いながら、そこにB2Cの視点を加味していく事を考えていきたい。

関連リンク

■レポートサマリー
国内MaaS市場に関する調査を実施(2018年)
対話型AIシステム市場に関する調査を実施(2018年)

■アナリストオピニオン
「オートモーティブワールド2019」レポート MaaSシフトする自動車産業
「僕は嫌だ!」が開くMaaSの未来
画像認識技術はなにができる?AI技術のビジネスへの活用法
ブームの最中にあるAI(人工知能) 2017年~2020年の真の実用性を考える

■デイリーコラム
AIにできない仕事⑮ AIはブルースを歌えない その2
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森 健一郎(モリ ケンイチロウ) 主席研究員
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