矢野経済研究所 ICT・金融ユニット

アナリストオピニオン
2014.05.19

Microsoft Windows 一部無償化が及ぼす影響

「Windows」無償化の概要

2014年4月、(米)MicrosoftはOEM(相手先ブランド供給)、ODM(製造受託メーカー)向けに出荷しているWindows OSについて、9.0インチ未満のディスプレイ搭載した機器を対象にライセンス無償化を発表した。
対象となる製品はタブレット(Windowsタブレット)、スマートフォン(Windows Phone)、IoT(Internet of Things)向けで、店頭で販売されるパッケージ版や、10.0インチ以上のディスプレイを搭載したパソコン製品は対象外となっている。また、Windowsタブレットを対象に「Office365」サービスについても1年間は無償化される。

スマートフォン向け「Windows Phone」を無償化しても普及は難しい

2013年のグローバルにおけるスマートフォンの出荷台数は10億8,821台で、内Windows Phone搭載スマートフォンの出荷台数実績は2,795万台で、スマートフォン全体のわずか2.6%に留まっている(矢野経済研究所推計)。
Windows Phone搭載スマートフォンの内、95%はNokiaが占める。Windows Phoneのライセンス契約企業は他に(韓)サムスン電子、(台)HTC、(中)華為技術(Huawei)等が挙げられるものの、各社のWindows Phone搭載スマートフォン出荷実績は少数に留まっている。その理由として、

●Windows Phoneはシャーシ(守らないといけない端末ハードウェアスペック)仕様が定められておりカスタマイズが制限されていること
●上記理由により使用できる部品が限定され、メーカー間の差別化が困難なこと
●1台につき30ドル弱のライスンス費用が発生するため同等スペックのAndroid搭載機より割高となること
 

等が挙げられ、ライセンス契約企業にとってWindows Phoneは魅力が薄いプラットフォームだった。
今回のライセンス無償化に先立つこと2014年2月のWindows Phone 8.1の発表に合わせてシャーシ基準が緩和された。
具体的には

●Qualcomm製低価格プロセッサ対応
●TD-SCDMA/TD-LTEサポート
●ハードウェア/カメラキーの搭載義務撤廃
●部品メーカー20社によるサポート
●ライセンスプログラムの簡素化
 

等が挙げられる。これらの施策によりライセンス企業が増加し、新たにFoxconn、Lenovo(聯想)、LG電子、ZTE、GioNEE(金立)、Karbonnなど9社が加わっている。そして、今回新たにFoxconn等の大手EMS企業や中国、インドの端末メーカーが加わった。

しかし、条件が緩和されたとは言え、Windows Phone搭載スマートフォンの開発自由度は依然として低い。Qualcomm以外のチップセットベンダに対応しない状況下、厳しい開発競争が繰り広げられるローエンド市場で、Android勢に対して十分な競争力を確保したとは言えない。
またMicrosoftは2014年4月にNokiaを完全子会社化しているものの、同社のブランド変更や依然として多くを占めるフィーチャーフォンビジネスの在り方を含め、今後の方向性が定まっておらず、ライセンス企業各社との関係も不透明な状況である。しかし、Nokiaのスマートフォン出荷台数は西欧・東欧市場を中心に増加傾向にあり、2014年の出荷台数は4,000万台への増加が見込まれる。
元々、Windows Phoneは、Android、iOSとの直接競合を避け、新興国市場や既存のフィーチャーフォンユーザの買い替えを狙ったプラットフォームだった。しかし、Windows Phoneを手掛けるメーカーはミドルエンド、ハイエンド機の普及を優先させており、ローエンド機を導入したメーカーはNokiaに留まっている。Microsoftはライセンス企業へのサポートをより一層強化して実績を作り、更にライセンス企業を増やすことが求められる。

タブレット向け「Windows」無償化の狙いと展望

普及が進まないスマートフォン向けとは対照に、タブレット向けは市場が縮小するPC向けを補完する役割が与えられている。
2013年のグローバルにおけるタブレットの出荷台数は2億2,090万台で、内Windows搭載タブレットの出荷台数実績は1,685万台で、タブレット全体のわずか7.6%に留まっている(矢野経済研究所推計)。Microsoftは2012年にARMプロセッサに対応したWindows RTの発表に合わせ自社ブランド「Surface」でタブレット市場に新規参入した。しかし成功にほど遠く、これまでタブレット市場で存在感を発揮できなかった。
タブレット市場は7~8インチクラスの製品が主流で、先行するApple「iPad」とAndroidを搭載した製品がシェアを争っている状態である。特に7インチクラスのAndroid機が200ドル以下の価格で販売されており、10インチディスプレイを搭載し、400ドル~900ドルに設定された「Surface」はボリュームゾーンから離れていた。また、Windows OSは当初、7~8インチクラスのディスプレイが未対応だった事もタブレット市場に出遅れた大きな要因となっている。

Microsoftは出遅れたタブレット市場への食い込みを図るべく、2013年秋のWindows8.1発表に合わせ、タブレット市場への取り組みを強化し、OEMメーカーへの供給価格の引き下げを実施した。
また、(米)IntelはWindows8.1の発表に合わせ、低価格なAtomプロセッサと容易にWindowsタブレットを開発できるリファレンスデザインを発表しており、PC市場を支配した「ウィンテル」の関係をタブレット市場で再構築した。
結果、これまでタブレット市場で十分な競争力を発揮できなかったPCメーカー各社がWindowsタブレットへの対応を強化しており、Lenovo(聯想)、Acer、DELL、HPなどのメーカーが相次いでWindowsタブレットを市場導入している。
また、中国の深セン近郊の中小ODMメーカーによって製造される中華パッドについてもWindows無償化の流れを受けて同OSを採用する動きが進む事が期待されている。現在Windowsタブレットの価格は300ドル~500ドル前後である。しかし、中華パッドに無償WindowsとIntelの新Atomプロセッサの搭載が進めば、200ドル以下のWindowsタブレット製品が登場する可能性が高まる。これまでMicrosoftは大手PCメーカーを対象にOEMビジネスを展開してきたが、対象を中小メーカーに広げる事でビジネス拡大を狙っている。また、中小ベンダへのサポートを強化することで海賊版対策にも繋がるためMicrosoftにとってもメリットは大きいと言える。

無償化による国内市場への影響は?

日本のパソコン市場ではMicrosoftは確固たる地位を築いているが、スマートフォン市場での実績はほぼゼロである。国内の移動体通信市場では現在、スマートフォンの通信料金が高止まりし、低価格へのニーズが高まる中、MVNOへの関心が急速に高まっている。またMVNOの普及に合わせSIMフリー端末への需要の増加が期待されており、Windows Phoneにも以下の理由でビジネスチャンスがあると考えられる。

●通信事業者がWindows Phoneの導入に積極的でないこと
●企業ユースとの相性が良好と考えられること
●SIMフリースマートフォンは低価格が求められるため、Windows Phoneの低価格機は価格受容性が高くなることが予想されること
 

しかし、SIMフリー市場は非常に小さいため、出荷台数は少数に留まる可能性が高く、Windows Phoneを国内市場に定着させるためには取り組まねばならない課題は多い。
一方でWindowsタブレットに関しては国内市場では順調に出荷台数を伸ばしている。2013年秋季より導入が本格化したWindowsタブレットは、Lenovo、Acer、DELL等の海外メーカーが積極的に新製品を導入している。WindowsタブレットはOfficeが標準添付されながら価格が4万円からとリーズナブルに抑えられているため、特に学生・企業に人気が高い。
また、ユーザー数120万(2013年11月末)を超える人気ブラウザゲーム「艦隊これくしょん(艦これ)」はWindows PC上でのプレイを前提としているため同ゲームの動作プラットフォームとしてWindowsタブレットは脚光を集めた。前述の理由によりWindowsタブレットはモバイルPCの代替としても需要が多く、国内市場の人気は海外市場を上回るほどである。

Microsoftはパソコン全盛の時代には独占的な地位を築いてきた。しかし、パソコンの価格下落と、Android(Google)、iOS(Apple)がネット、クラウドサービスとの連携を深めていった結果、OSの価値は相対的に低くなった。更にAndroid、iOSを搭載した製品がOS無償アップデートで実施していることで、消費者はOSの更新に大きな出費を伴う事に違和感を持ったのは間違いない。その時点でスマートフォン、タブレット等のモバイルデバイスに取り組むにあたってハードウェアビジネスに進出するしか選択肢が無かった。
国内では、新卒社員のパソコンスキル低下が問題になり始めているという。今後若年層でスマートフォンの利用が更に拡大し、利用機会が減少すれば、パソコンスキル低下は更に進む可能性が高い。結果、Microsoftのみならず、一般の企業活動に於いても大きな影響が出る。Windowsタブレットに限定されているとは言え、これまでのビジネスモデルを一部切り崩してまでWindows OSに加え、Powerpointまで利用可能な「Office Home & Business」をWindowsタブレット向けに無償バンドルしたことは、ユーザーのWindows離れやスキル低下に対する同社の危機感の表れであり、Microsoftが置かれている状況が大きく変化していることを示している。
2014年1~3月期における国内のパソコン販売はWindows XPのサポート終了、消費税増税が追い風となり買い替え需要が喚起されて個人・法人需要が共に好調だった。消費税増税後も落ち込みは少なく個人需要が堅調である。しかし、中長期的に見ればスマートフォン・タブレットとの競合によりパソコンの出荷台数は減少に向かう可能性が高い。無償化によりWindowsタブレットの実売価格はApple「iPad」より安価になっており、Officeアプリの搭載により差別化にも成功している。今後各社から積極的な新製品導入が期待できる点から考えてもWindowsタブレットは一定の地位を築く可能性が高い。

Microsoftは個人及び法人向けに各種クラウドサービスを提供してきた。しかし、それらの多くはことごとく他のネット起業のサービスに取って替わられているのが実情である。日本市場はWebブラウザ「Internet Explorer」の利用率が高い市場でWebブラウザの市場シェアは約50%を占め、世界平均約30%を大きく超えている。またOfficeが有償で成立している数少ない市場である。一方でWindows Phoneの市場は皆無であり、家庭用ゲーム機「Xbox」のシェアが非常に低いなど海外と異なる点も存在する。Microsoftは自社が置かれている状況を冷静に分析し、自社サービスと端末で提供出来るベストなソリューション構築を目指すべきだと考える。特にゲーム分野はMicrosoftが弱い部分である。日本では幸いにも「艦これ」が大人気となった。「艦これ」にMicrosoftは関わっていないが、同ゲームの成功要因を分析し、WindowsPhone、Windows OS、Xboxとの連携に生かすことができればAndroid、iOSとの差別化を図ることが可能になり、ゲームプラットフォームとしてのWindowsの魅力が高まり、WindowsPhoneの日本市場再参入に繋がっていく筈である。

賀川勝

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