矢野経済研究所 ICT・金融ユニット

アナリストオピニオン
2012.04.18

“広告”“製造”主従逆転の中、業界ノウハウが生きる商用車テレマティクス

商用車向けテレマティクスサービスの概要

テレマティクスサービスとは自動車向けの次世代情報提供サービスである。主にモバイル通信を利用して、自動車をインターネットに接続することで受けられるサービスを指す。テレマティクスサービスには乗用車向けと商用車向けが存在する。商用車向けとはトラック、バス、タクシー、営業用車両、配送車両などに利用される情報提供サービスを指す。当社では2012年3月に、「商用車向けテレマティクスサービス市場予測」レポートを発刊した。
現在、商用車向けテレマティクスサービスの品目には、下記表の6種類がある。

【図表:商用車向けテレマティクスサービスの6品目概要】
商用車向けテレマティクスサービスの6品目概要

矢野経済研究所作製

商用車向けテレマティクスに現れた2つの潮流

当社では2002年から調査レポート「ITSテレマティクス市場予測」の発刊を続けてきたが、今回2012年度版から商用車編と乗用車編とに分冊化した。

分冊化した最大の理由はスマートフォンの車載利用が始まるからだ。現在のスマートフォンの場合、グーグルの「グーグルプレイ」やアップルの「アップストア」といった配信プラットフォーム上でほとんどのコンテンツが供給される。この2つの配信プラットフォームに向けて世界中から新しいアプリが集まってくるため、これまでの自動車業界では考えられないような斬新なビジネスが誕生する可能性が高い。
そこで分冊化することで、より詳細に市場を分析・予測する必要性がでてきたのだ。新たなアプリビジネス誕生の可能性は商用車、乗用車どちらに対してもいえることである。

だが、商用車向けテレマティクスサービスの場合には、もうひとつ大きな潮流がある。クラウドシステム活用による「ワークログ」ビジネスだ。当初、スマートフォンと車載機との連携は通信料金のコストダウンを狙ったものとして普及するが、やがてスマホと車載機との連携は「ワークログ」ビジネスへと移行していく。
「ワークログ」(当社による造語)とは、グーグル等がスマートフォンでやろうとしている「ライフログ」のビジネス版だ。このビジネスはユーザにコストを使わせることが目的ではなく、ベンダ側が「タダでもいいからやらせてくれ。顧客のログを取りたいから」と頼み込んでまでやろうとする。その結果、商用車の大量のセンサ情報がベンダ側のセンターサーバに集まってくる。すると一見意味のない細かなデータの大量集積に見えたものが、次第に意味のあるデータとして利用可能になるという、いわゆる「ビッグデータ」の1つが商用車市場周辺に誕生することになるというのだ。

これまでの商用車向けITSテレマティクスは、デジタコ・運行動態管理・ドラレコを中心とした「運行管理」「安全」「エコ」を狙いとしたものであった。さほど大きな市場とはいえないにも拘らず、ざっと見ただけでも50社を軽く超える数の企業が参入してきており、「いつか、大きくブレイクしそうな予感」が充満した市場であった。その期待が、ここにきて「スマートフォン連携」「ワークログ」という2つの潮流によってブレイクするのではないか。
今回の調査においては、この「スマートフォン連携」「ワークログ」をチャンスと感じる期待感、反面先が読めないことからくる不安感、が整理されないまま混在していた。だが、犀は投げられている。スマートフォンの急激な普及、クラウドコンピューティング導入は既に進展しているからだ。

インターネット世界の“主”“従”逆転に製造業の危機感

商用車向けテレマティクスサービス市場をブレイクさせそうな「スマートフォン連携」「ワークログ」の2つの潮流であるが、①デジタルタコグラフ、②運行動態管理システム、③ドライブレコーダという製品を製造するもともとの自動車業界系のプレーヤの中には、2つの潮流に対して大きな危機感を持っている企業もある。
もともとの自動車業界系のプレーヤは、①デジタルタコグラフ、②運行動態管理システム、③ドライブレコーダという車載専用端末を製造・販売することで収益を上げてきた。だがスマートフォンを端末としてのサービスになってしまうのであれば、車載専用端末は不要になってしまうのではないか・・・という危機感である。
またワークログ事業については、グーグルマップ等のような無料地図を利用したスマートフォンアプリベンダが低価格サービスを出してきた場合には、価格競争においてかなわないのではないかという危機感である。

実際グーグルマップ等のように、インターネットの世界ではコンテンツの無料化が進んでいる。企業収益を検索ソフト等における広告で上げることができるため、コンテンツ自体は無料で提供できるためだ。また企業収益を検索ソフトにおける広告で取ることができるため、ハードウェアそのものに対するこだわりは少ない。
今回調査時点でも、こうした“インターネットの世界の常識”が商用車向けテレマティクスサービス市場に訪れた場合、これまでの自動車業界のプレーヤ達のビジネスモデルが将来に渡って成立し続けられるものか・・・についての議論がさかんであった。

“インターネットの世界の常識”に対して危機感を感じているのは、何も商用車向けテレマティクスサービスに限ったことではない。インターネットのゲームアプリ普及に危機感を募らせているテレビゲーム業界、アマゾンなどの電子書籍普及に危機感を募らせている出版業界がすぐに思いつく。

だが、そもそも広く製造業全体が“インターネットの世界の常識”に対して危機感を感じているのでないか、と筆者は考える。
下記の図表2は梅棹忠夫氏著「情報の文明学」を参考とさせていただき、産業の移り変わりを簡単にまとめたものである。第1次産業(農業)→第2次産業(製造業、エネルギー)→第3次産業(流通サービス)→第4次産業?(メディア、情報通信、IT)と産業の中心はシフトしてきた。
そして逆に第1次産業(農業)←第2次産業(製造業、エネルギー)←第3次産業(流通サービス)←第4次産業?(メディア、情報通信、IT)という具合に、新しい産業はそれ以前の産業に対して大きく影響を与える運命を持っているとも考えられる。
たとえば製造業による器具・機械は農業生産に影響を与え、サービス産業の流通は製造された製品販売のための生命線となった。テレビや雑誌などの広告は流通販売の決め手となっているし、Webコマースが一部リアルな店舗を代替している。そして現在グーグルなどのWeb広告が製造業に大きな影響を及ぼしつつある。

【図表:産業の進展】
産業の進展

梅棹忠夫氏著「情報の文明学」を参考に矢野経済作成

2000年までの歴史においては、広告と言うものはあくまでも製造業における出費項目のひとつでしかなかった。製品を販売する際の広告宣伝費であり、あくまでも製品そのものが“主”であり、広告は“従”の関係で存在していた。
ところが2000年以降のインターネットの急激な世界的普及と共に訪れた“インターネットの世界の常識”においては、広告というメディアこそが収益の根幹を成す“主”であり、広告宣伝の場を設置するためにモノ(スマートフォン等の端末)を作ればいいのだというように、完全に“主”“従”逆転してきているのである。
多くの製造業はこれに危機感を感じずにはいられないであろう。

ワークログで生きる自動車ノウハウ、カスタマイズ需要無くならず

ここでもう一度、商用車向けテレマティクスサービス市場に戻って考えてみたい。

まず「スマートフォンと車載機連携」については、IT業界/スマートフォン業界系のプレーヤはスマートフォンの商用車テレマティクスサービス活用と同時に市場参入していくし、スマホアプリゆえの低コスト・次々と登場する新たなサービスという強みがある。
比べて自動車業界系のプレーヤは、端末がスマートフォンになるとこれまでのような車載専用端末販売事業がままならなくなるため苦しい局面も出てくる。

だが今回の取材時に、「スマホアプリでは商用車向けテレマティクスサービスとして物足りない」という複数の声を聞いた。なぜなら商用車向けテレマティクスサービスというものは、それぞれに異なる業種のユーザに寄り添うようにカスタマイズ化を行なう必要があるためだという。もともとスマホアプリはより多くの大衆に向けて公開された手軽さが売り物であり、そうした性格からいってユーザに寄り添い手間暇をかけての商用車向けテレマティクスサービスには不向きだというのだ。
また商用車へのスマートフォン導入は進むかもしれないが、今後は車載専用端末自体がスマートフォン連携化してしまい、スマートフォン自体は単なるアンテナとして利用し、車載専用端末内部に「長年自動車業界で培ってきた様々なノウハウを詰め込んだアプリ」が組み込まれるようなシステムになっていくという声も多かった。

「ワークログ」についても、IT業界/スマートフォン業界系のプレーヤは「ライフログ」と同じように考えがちだが、「ワークログ」とは最終的に集めた大量データをいかに解析するか・・・が決めてである。ならばその解析はユーザ各々が持つ個別的事業に鑑みたものであればより有効である。そのためにはユーザに寄り添うようにカスタマイズ化を行なう必要があるのではないか。その場合、自動車業界のプレーヤが持つ「長年自動車業界で培ってきた様々なノウハウ」が不可欠なものになる可能性は高いといえよう。そこは手間隙がかかる領域であるため、インターネットの世界のプレーヤも手を出しにくいのではないか。

時代の趨勢は、“インターネットの世界の常識”の方向に向かっているのかもしれない。だが、すべてがひとつに集約されてしまうと考えるのではなく、そこに残された可能性を探り、可能性に向けて自らが変化していくことにより新たな道が開けてくるのではないか。
今回の調査先企業においても、そうした新たな取組みに向かって既に挑戦を開始しているプレーヤは少なくなかった。

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