生成AIとAIエージェントの実用化が進み、消費者の購買行動そのものが変質しつつある。「Agentic Commerce」とは、AIが消費者に代わって商品検索、比較検討、購買判断、決済などを支援または自律的に実行する次世代のコマース形態を指す。
近年、生成AIや大規模言語モデル(LLM)の急速な進化を背景に、国内外のEC事業者やプラットフォーム事業者において、Agentic Commerceに関連する機能開発や実証実験が進められている。商品検索やレコメンド、問い合わせ対応、購買支援などの領域では既にAI活用が進み始めており、EC業界における新たな技術トレンドとして注目を集めている。
Agentic Commerce市場は2026年度の1500億円規模から2030年度には3兆円規模へと、年平均成長率約111.5%という急拡大が見込まれる(矢野経済研究所推計)。母体となるBtoC-EC市場(経済産業省調査で26.1兆円、2024年)の規模と比較すればまだ小さいものの、BtoC-EC市場をはじめとする既存のEC関連市場が緩やかな成長にとどまってきたのに対し、Agentic Commerce市場はその成長ペースにおいて際立っており、新たな需要創出局面にあると考えられる。
この変化の本質は、単に「AIが便利になった」という技術トレンドではなく、購買における「意思決定の主体」が消費者からAIエージェントへ一部移行する点にある。従来、消費者は検索・比較・レビュー閲覧といった行動を自ら行い、最終的にECサイト上で購入を完了していた。しかし今後は、AIエージェントが条件を汲み取り、複数の選択肢から商品・サービスを選定し、購入手続きまでを代行する場面が増えていくと考えられる。
【図表:Agentic Commerce国内市場規模予測(2026~2030年度)】
矢野経済研究所推計
ここで事業者にとって重要になるのが、「消費者に選ばれる」ことに加えて「AIエージェントに選ばれる」という新たな評価軸である。従来のEC事業者は、サイトデザイン、UI/UX、SEO対策、レビュー数といった要素で競争優位を築いてきた。しかしAIエージェントが商品選定を担う場面では、評価基準が次のように変化する可能性がある。
AIが誤りなく解釈できる情報を提供できるかどうかが競争力を左右する。これは人間に対する情報提供とは異なる、「機械への説明責任」が求められる時代の到来と言える。
【図表:Agentic Commerceの今後の方向性とEC事業者への示唆】
矢野経済研究所作成
一方で、この変化には見落とされがちな課題もある。AIエージェントが購買を代行する以上、価格や在庫の誤表示、返品条件の不整合などが、消費者の目に触れる前にエージェントの判断材料として使われてしまう。人間であれば違和感に気づいて問い合わせるような矛盾も、エージェントは字面通りに処理しかねない。したがって、Agentic Commerce時代のEC事業者には、従来以上に厳密なデータガバナンスとマスター管理体制が求められることになる。
Agentic Commerce市場は現時点ではまだ黎明期にあり、消費者の受容性や決済・認証の仕組み、プラットフォーム側のポリシーなど、不確定要素も多い。しかし、EC事業者にとって本質的な問いは、「AIエージェントにどう対応するか」ではなく、「AIエージェントから信頼される情報基盤をいかに構築するか」にあると考える。
これからの競争では、人の目を惹くサイトを構築することに加え、AIが正確に理解・判断できる商品データや情報基盤を整備することが重要になる。言い換えれば、「サイトを磨く時代」から「データを整える時代」への転換である。この変化をいち早く捉え、情報基盤の整備を進められる企業ほど、Agentic Commerce時代における新たな競争優位を確立していくものと考えられる。
(金貞民)
■レポートサマリー
●ECプラットフォーム市場に関する調査を実施(2026年)
■アナリストオピニオン
●ECサイトは不要になるのか―AIが変えるECプラットフォーム市場の次の主戦場
●AI技術の進化によりEC市場が変わる
■同カテゴリー
●[ICT全般]カテゴリ コンテンツ一覧
●[通信/放送/ネットワーク]カテゴリ コンテンツ一覧
●[情報サービス/ソリューション]カテゴリ コンテンツ一覧
●[コンピュータ/システム]カテゴリ コンテンツ一覧
●[コンテンツ/アプリケーション]カテゴリ コンテンツ一覧
●[テクノロジ/デバイス]カテゴリ コンテンツ一覧
●[ネットビジネス]カテゴリ コンテンツ一覧
●[エンタープライズ]カテゴリ コンテンツ一覧
●[金融・決済]カテゴリ コンテンツ一覧
●[その他]カテゴリ コンテンツ一覧
●[ソフトウェア]カテゴリ コンテンツ一覧
●[ITS]カテゴリ コンテンツ一覧
YanoICT(矢野経済研究所ICT・金融ユニット)は、お客様のご要望に合わせたオリジナル調査を無料でプランニングいたします。相談をご希望の方、ご興味をお持ちの方は、こちらからお問い合わせください。
YanoICTサイト全般に関するお問い合わせ、ご質問やご不明点がございましたら、こちらからお問い合わせください。