矢野経済研究所 ICT・金融ユニット

アナリストオピニオン
2025.10.27

MUFGのデジタルバンク構想――スピードと精緻な資産提案で「デジタル×リアル」を実現する

MUFGは2026年度後半の立ち上げを目標にデジタルバンクを新設する。変化の加速する外部環境に対し、先進的で競争力あるサービスを迅速に供給するためのプラットフォームが狙いとなる。本稿では、構想の狙い、事業・サービスの方向性、そして金融機関として直面する課題を整理する。

概況と狙い~先行するための「スピード・エンジン」

デジタル技術の進化と顧客ニーズの多様化は、銀行にこれまで以上の開発スピードと柔軟性を要求している。MUFGがデジタルバンク設立を決めた背景には、既存の大規模基盤だけでは迅速なプロダクト実装や実験的なサービス展開に限界があるという認識がある。デジタルバンクは、外部環境の変化に追随し、時には先行するための「スピード・エンジン」として位置づけられている。

事業方向性:基盤・人材・低コストの三位一体

MUFGは、デジタルバンクに求められる条件として三つを掲げる。第一に、アジリティ高く開発できるシステム基盤である。モジュラー設計やAPIファースト、クラウドネイティブといった手法により、機能追加や外部連携を迅速に行える体制が必要である。第二に、低コスト構造を実現するプラットフォーム構築である。運用コストを抑えつつスケールさせることで、価格競争力と採算性を両立する。第三に、デジタル人材の確保と育成、さらにそれを活かす組織文化である。スピードある開発を支えるには意思決定の迅速化と実験を許容する文化が不可欠となる。

デジタルとリアルのハイブリッド体験

注目すべきは、デジタルバンクが三菱UFJ銀行と「一体的な顧客体験」を提供する設計である。利用者はアプリ上でシームレスにサービスを受けつつ、必要に応じて銀行の店舗や金融専門家の助言を受けられる。いわば「デジタルの利便性」と「リアルの安心感」を組み合わせた“いいとこ取り”を目指す。これは、既存のデジタル専業銀行との差別化を意図した重要な戦略的選択である。

サービスの中核:MAPによる一人別最適化提案

デジタルバンクの主要機能として予定されるのが、ウェルスナビと共同開発するMAP(Money Advisory Platform)である。MUFGグループの約6,000万人の顧客データに、家計簿アプリ事業者マネーツリーの約650万人のデータ、さらにAI技術を組み合わせることで、顧客一人ひとりのライフステージやライフイベントに即した最適な提案を実現する狙いである。MAPは単なる商品レコメンドにとどまらず、中長期の資産形成計画を支援する「パーソナル・アドバイザー」として機能することが期待される。

懸念点

この構想は大きな可能性を秘める一方で、実装には課題が残る。まずデータ統合とガバナンスの難易度が高い。異なる事業・基盤からのデータを連携し、一人別最適化に用いるには高度なプライバシー保護と透明性が求められる。次に、人材と文化の変革である。スピードある開発と安全性の両立を図るためには、従来の銀行業務プロセスを見直し、アジャイル開発やDevOpsを取り入れる組織的対応が必要である。最後に、顧客への価値提示があげられる。共通IDやポイントといった基盤機能とMAPによる提案が、実際に顧客の利便性と収益性の双方を高めるかが成功の鍵となる。

まとめ

MUFGのデジタルバンクは、既存の強みである店舗網と信頼を活かしつつ、デジタルでの迅速な商品・サービス提供を目指す野心的な試みとなる。MAPのような一人別提案機能と、アジリティ高い基盤、人材育成の三本柱を如何に実効化するかが、今後の競争力を左右する。金融プロフェッショナルは、同構想の実装過程でのデータガバナンス、運用コスト構造、顧客エクスペリエンス設計に注目すべきである。

高野淳司

■アナリストオピニオン
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