矢野経済研究所 ICT・金融ユニット

アナリストオピニオン
2025.10.23

MUFGの新リテール戦略「エムット」――デジタルで顧客接点を再定義する

MUFGは2025年5月に新リテール戦略を発表し、サービスブランド「エムット」を立ち上げた。金利環境の変化と顧客行動の多様化が進む中、同社はグループ横断の連携とデジタル化を通じて、顧客のライフステージ全体に寄り添う「ライフステージ総合金融サービス」を目指す。戦略の新規性、デジタル化の具体性、そして業界に与える影響を分析する。

背景と狙い

「金利ある世界」の到来や若年層のネット銀行へのシフトなど、外部環境の変化はリテール金融に大きな再編を迫っている。こうした局面でMUFGが掲げるのは「つながる」ことを軸にした顧客関係の深化である。単なる商品提供にとどまらず、預金・決済・資産運用・相続に至るまでグループの資源を結集し、ワンストップでサービスを提供する点に新規性がある。特に「生涯」を見据えた顧客との中長期的関係構築を明確に打ち出した点は、メガバンクとしてのスケールを活かす戦略といえる。

主要施策「つかう」「たまる」「ふやす」「つなぐ」の具体化

エムットは「つかう」「たまる」「ふやす」「つなぐ」の四軸で具体的施策を展開している。まず日常接点では、三菱UFJ銀行アプリの全面リニューアルにより、クレジットや証券の残高をワンストップで確認できる資産総合管理アプリへ進化した。MUFGカードアプリの刷新や「グローバルポイントWallet」の導入も、日常の決済体験をシームレスにする狙いがある。

資産形成面では、三菱UFJ eスマート証券(旧auカブコム証券)とウェルスナビの完全子会社化により、セルフ運用とロボアドの両輪で顧客ニーズに応える体制を構築した。ネット証券とロボアドをグループ内に併存させる金融グループは稀であり、商品ラインナップの幅と顧客誘導の最適化が見込める。

「つなぐ」の領域では、2026年度に予定されるデジタル相続プラットフォームが注目される。口座凍結リスクの軽減やAIコンシェルジュによる将来設計支援、事前指定によるシンプルな資産承継といった機能は、相続関連のフリクションを低減し、世代を超えた顧客ロイヤリティ醸成に資する。

日常接点の強化とリアル店舗も活用したチャネル改革

MUFGはインターネットバンキングを単なる残高確認ツールから「資産管理のハブ」へと変革を遂げようとしている。ホーム画面のカスタマイズやワンストップアクセスといったUX改善は、利用頻度と滞在時間の増加を通じてクロスセル機会を拡大する。また、2026年度後半計画のデジタルバンクは、魅力的な金利・手数料設計と優れたUXを武器に、若年層やデジタルネイティブの取り込みを狙う。このデジタルバンクは短期間での商品・サービス投入と実験的施策実行を可能にする組織となり得るため、グループ全体のイノベーションハブとしての役割が期待される。

対面チャネルにおいても、店舗を「付加価値提供の場」と位置づけ、個人専用の「エムットスクエア」など新型店舗を展開することで、資産運用ニーズの高い個人顧客へのきめ細かい対応を強化している。営業時間の拡大や立地の選定も、顧客接点の多様化に資する施策となっている。

組織・人材・テクノロジー体制

リテール変革を支える人材投資にも注力している。データ・マーケティング室やカスタマー・エクスペリエンス・デザイン室の設置により、データドリブンな商品開発とUX設計が加速している。加えて外部パートナーとのオープンな協業や、共通ID・共通ポイントといった基盤技術の整備は、顧客分析の高度化と個別最適化サービスの実現に不可欠である。

課題はスピード感

最大の課題は、預金シェアが伸び悩む中で、顧客ニーズの変化へスピード感を持って対応できるかどうかである。組織の意思決定速度、柔軟なシステム基盤、外部連携力が成否を左右する。

展望~普及にはUXの磨き込みと透明な価値提供が必要

MUFGは2026年度に共通ポイント、共通ID、ロイヤリティプログラムなどの基盤を導入する計画であり、これらが機能すれば「MUFGと取引を深めるほどに得をする」エコシステムの構築を実現できる。だが普及にはUXの磨き込みと付加価値の提供が必要である。

まとめ

エムットは、メガバンクの資源を横断的に結び付けつつ、デジタル化で日常接点を再構築する挑戦である。金融プロフェッショナルや経営層が注視すべきは、①共通ID・共通ポイントといった基盤導入の実効性、②デジタルバンクを中心としたスピードある開発、実装、③外部パートナーとの協業によるエンベデッドファイナンス展開の三点である。MUFGの取り組みは、メガバンクの競争戦略が「規模」から「連携と体験」へシフトすることを示すいい事例であり、今後の実装状況が業界全体のベンチマークとなるだろう。

高野淳司

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