ここ最近は、日々業務を行う中で「生成AI」という単語をいたるところで目にする。生成AIは、2022年11月Open AIがChatGPTをリリースしたことで、耳目を集めるようになった。AIとあたかも対話しているような新たな体験は、多くのビジネスパーソンに「業務に活用できるのではないか」という期待を呼び起こした。以降、様々な企業が生成AIを活用したユースケースを公表し、技術の適用範囲も徐々に広がっている。
しかし、登場から2年半が経過した現在、生成AIは社会に実装されたと言えるだろうか。PoC段階にとどまる取り組みも多く、業務プロセスへの定着や、持続的な運用体制の構築にはなお課題が残る。
このように、期待と現実のギャップが浮き彫りになる中、生成AIの社会実装を牽引する存在として、クラウドベンダの役割がますます重要になっている。
クラウドベンダは、AIワークロードを今後の重要な成長ドライバーと位置づけ、高性能GPUの確保や自社AIチップの開発、モデルやアプリケーションを開発するプラットフォームの整備、開発者支援機能の拡充など、様々な機能・サービス開発に注力している。こうした動きは、単なる技術提供にとどまらず、生成AIの社会実装を可能にする土台としての機能を果たしている。
下記では、クラウドベンダであるAWSの日本法人、AWSジャパンが取り組む日本独自の生成AI関連の支援プログラムについて言及する。
AWSジャパンは日本の生成AIイノベーションの加速を目的に、日本独自の取り組みを積極的に展開している。
まず、2023年7月には大規模言語モデル(LLM)の開発者を支援する「AWS LLM 開発支援プログラム」を開始した。このプログラムでは、採択された17社に対し、計算リソースの提供、AWSクレジットの付与、技術的なメンタリングなど、LLMの開発に必要な各種支援を行った。2024年1月に開催された成果発表会では、15社が成果を報告した。このプログラムを通じ、NTTは自社開発のLLM「tsuzumi」の構築を進め、ストックマークは約2,200億トークンに及ぶ日本語テキストデータを用いて、130億パラメータ規模のLLMをゼロから学習させた。
なお、このプログラムは主にモデル開発者を対象としたものであったが、AWSジャパンは生成AIの活用領域を業務・サービスへの定着と拡張を促すべく、同年7月に「AWS ジャパン生成AI実用化推進プログラム」を新たに立ち上げた。本プログラムは通年で募集を行っており、2025年6月現在で150社を超える企業・団体が参加している。
本プログラムは、目的に応じて選択可能な3つの支援コースを設けている。
①モデルカスタマイズコース
②モデル活用コース
③戦略プランニングコース(2025年4月より開始)
2025年4月に実施された成果発表会では、本プログラムに参加した5つの企業・団体が登壇し、生成AIをどのように活用したかを紹介した。
・株式会社野村総合研究所(NRI)
NRIは、保険業界向けに特化したLLMの開発に取り組み、営業トークにおけるコンプライアンス違反の自動検出モデルを構築した。汎用LLMでは困難であった業界特有の判断を可能にするため、金融関連法令やコンプライアンス違反を含む会話データを用いて指示チューニングと継続事前学習を実施した。その結果、正解率は大手汎用モデルを上回る86.3%を記録した。この学習および推論には、AWSのAI専用チップであるTrainiumおよびInferentiaを活用し、コスト削減とパフォーマンス向上の両立を実現している。
・国土交通省
国土交通省は、行政情報をデータとして再構築し、データに基づく政策立案(EBPM)や新たなビジネス創出を目指す「Project LINKS」を推進している。行政文書は形式が不統一である上に非定型かつ長文であるため、通常のOCRやRPAでは対応が難しいという課題がある。そのため、本プロジェクトの一環として、行政文書を機械可読なデータへ変換するためのシステム「LINKS Veda」を開発した。LINKS Vedaでは、Amazon Bedrock APIで2つの汎用モデル(Claude 3.5 SonnetとAmazon Titan Text Embedding v1)を組み合わせて利用している。これらにより、文書内から意味情報を抽出し、指定カラムに格納する自動構造化処理を実現した。今後は、行政文書特有の記載パターンや図形要素への対応強化を目的に、OCRモデルやLLMのファインチューニングを進める計画である。
・株式会社NTTデータ
NTTデータは、マルチエージェントによる業務支援構想「SmartAgent」における、クリエイティブ制作支援エージェントの開発に取り組んだ。SmartAgentはユーザのリクエストに応じて、Supervisor Agentが複数の特化型エージェントを呼び出し、タスクを実行する仕組みである。本取り組みでは、非デザイナーでもクオリティの高いキャッチコピーや画像、デザイン案の生成ができる特化型エージェントを構築した。また、NTTデータは生成AI実用化推進プログラムのMeet Upイベントを通じて、デザイン関連企業との協業(テスト利用)が実現した。
・freee株式会社
freeeは、経理業務における月次損益レポートの確認や異常分析を支援する「AIクイック解説」機能の開発に取り組んだ。この機能は、ユーザから自然言語で寄せられる質問に対し、Amazon BedrockのTool useを用いて関連データを抽出し、そのデータを基にClaudeの最新モデルが自然言語で分析結果を提示する。従来、10時間以上要していた確認業務が数分で完結するようになり、経理業務の高度化と効率化の両立を図ることができる。freeeはこの機能のプロトタイプ開発をわずか2日間の合宿という短期間で実現している。
・株式会社エイチ・アイ・エス(HIS)
HISは、英文かつ非定型文で構成される旅行商品の販売条件書を自動で要約・構造化するシステムを開発した。これまで販売スタッフが5〜10分をかけて目視確認していた条件情報を、独自アプリケーションとAmazon Bedrockによって数秒で取得可能にした。スタッフが商品リクエストを送信すると、販売条件書と抽出ルールがプロンプトとして送られ、AIが構造化されたデータとその要約を生成する。これにより、確認作業の時間削減に加えて、接客や提案といった“人間にしかできない業務”にリソースを再分配することが可能となった。
生成AIは社会的な関心を集めている一方で、誰もが即座に使いこなせる万能技術ではない。実際には、技術選定やデータ設計、運用上のガバナンス、現場との整合性といった多層的なハードルが存在する。こうした現実に対し、AWSジャパンが展開する一連の支援プログラムは、企業がそれらのハードルを一つひとつ乗り越えていくための手引きとなっている。さらに、本プログラムを通じてノウハウを蓄積した企業が、成功事例の共有や他社支援を通じて、次なる成功企業を生み出すという好循環を生み出すことも可能である。このような知見と実践の循環が自然な形で確立されていくことこそが、日本における生成AIの社会実装を加速させる鍵となるだろう。
(宮村優作)
■レポートサマリー
●クラウド基盤(IaaS/PaaS)サービス市場に関する調査を実施(2025年)
■アナリストオピニオン
●活性化するパートナープログラム Salesforceの新たな取組み
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