矢野経済研究所 ICT・金融ユニット

アナリストオピニオン
2024.10.29

デジ田交付金を活用したeスポーツ事業は地方創生を担う存在になり得るのか

2024年7月、サウジアラビアと国際オリンピック委員会(IOC)は、2025年に第1回オリンピックeスポーツ※1大会を開催すると発表した。日本はこれまで多くのゲームタイトルを生み出してきたものの、eスポーツの普及に関しては海外に遅れを取ってきた。これは、ゲーミングPCの普及が進んでいなかったことや、景品表示法の影響で大会の優勝者に対して高額賞金を贈呈できないことなどが要因になっている。
しかし、日本国内でも徐々にeスポーツへの関心が高まっている。COVID-19の流行によって巣ごもり需要が増加した。これに伴い、動画プラットフォームの利用が急速に拡大したことで、ストリーマー※2によるコンテンツ供給が活発化した。そうした中でゲームが主要なコンテンツとなったことで、eスポーツの需要も増加し、オンラインイベントや大会が活気を帯びるようになった。

このeスポーツに対しては、ゲームをやり込んだ一部のプレイヤーのための競技という印象を持つ人もいるかもしれない。しかし、あくまでそれはeスポーツにおける楽しみ方の一つである。基本的にeスポーツは実力や年齢、性別に関係なく、誰でも楽しむことができるスポーツである。この誰でも楽しめるという特徴を活かし、現在さまざまな事業が展開され始めている。主体となっているのはゲーム開発やイベント運営を行う企業だけでなく、自治体も含まれている。本稿では、そうした自治体におけるeスポーツ事業について考察する。

現在、国はデジタル田園都市国家構想※3を推進しており、この構想の実現に取り組む自治体に対してデジタル田園都市国家構想交付金(以下、デジ田交付金)を支給している。デジ田交付金には「地方創生推進タイプ(先駆型・横展開型・Society5.0型)」というカテゴリがある。これは、観光や農林水産業の振興など、地方創生に資する取り組みを支援するものである。その一環として、eスポーツによる地方創生を目指す自治体もデジ田交付金を活用して事業を推進している。
現在のeスポーツ大会においては選手だけではなく、観戦目的の来場者も多い。そこで、eスポーツ事業に取り組む自治体では関連施設を整備することで、地域内外からの訪問者を増やし、地域経済全体に波及効果をもたらそうとしている。また、eスポーツの大会はオンラインでの開催も可能である。そのため、交通の便が限られている地域でも定期的に大会を開催することができ、関係人口の創出につなげることができる。このように定期的に大会を開催することで「eスポーツのまち」として地域ブランドの向上を目指す自治体が出てきている。
さらに、地域コミュニティの強化を目的としたeスポーツイベントも開催されている。例えば、難易度を抑えたリズムゲームやパズルゲームを用いることで、初心者でも気軽に参加できるイベントが開催されている。これらのイベントは、高齢者や障がい者にとって社会参画の機会を創出するものとして期待されている。
こうした福祉分野での活用にとどまらず、人材育成の面でもeスポーツが活用されている。例えば、若年層に対してeスポーツを通じてデジタルツールを活用する機会を提供し、デジタルスキルの向上を図る取り組みなどが行われている。

これらのeスポーツ事業のようにデジ田交付金はさまざまな分野で活用されている。一方で、採択された自治体にとっては事業を継続させるための仕組み作りが課題となるケースが多い。自治体における地方創生の事業は地域住民の生活向上や地域活性化を目指すものであり、収益を直接生み出すことが主目的ではない。しかし、デジ田交付金の支援対象は事業の実装までであり、その後の運営に対する支援は含まれていない。そのため、自治体は実装後も安定した運営を実現するためのモデルを構築しなければならない。
eスポーツ事業の場合、イベントや大会の参加費といった収入は確保できる。しかしながら、リアルスポーツと比較すると社会的な認知は低く、経済効果は小さい。そのため、施設の維持や継続的にイベントを開催していくためには中長期的な視点を持ったモデルの構築が重要である。
また、eスポーツには開催場所を問わないという強みがあるが、同時に特定の地域で開催する意義を示すことが難しいという課題もある。現在はeスポーツに関するイベントの数が限られているため、主催する自治体のブランド向上に寄与している。しかし、将来的に全国各地で頻繁にイベントが開催されるようになれば、地域ごとの差別化は難しくなるだろう。
地域のブランド化を成功させるためには、eスポーツ単体での開催ではなく、地域の観光資源や文化、食といった独自の魅力と組み合わせることが求められる。また、地域内外の企業との協力によるスポンサーシップの確保や、地域の人材を活用した新たなサービスの開発など、複合的なアプローチが重要である。

このように、今後の事業継続に向けて検討すべき課題はあるものの、eスポーツを活用した地方創生の事業は実証が始まった段階である。イベント開催が地域にもたらす影響や、福祉・人材育成における成果についても、今後の実証を通じて明らかになっていくだろう。十分な成果が確認されれば、自治体による予算化も進めやすくなる。
ストリーマーやプロゲーマーによる配信活動の影響で、若者を中心にeスポーツの認知が高まっている。これにより、自治体のeスポーツ事業にも良い影響が現れてくると考えられる。国際的には長らく後れを取っていた日本のeスポーツだが、地域活性化の新たな道として注目されており、今後の展開次第で地方創生の一翼を担う存在となるだろう。

今野慧佑

※1:「エレクトロニック・スポーツ」の略で、広義には、電子機器を用いて行う娯楽、競技、スポーツ全般を指す言葉であり、コンピューターゲーム、ビデオゲームを使った対戦をスポーツ競技として捉える際の名称
※2:動画配信者。動画配信プラットフォームを用いてゲームプレイやライブイベント、雑談など多様なコンテンツをリアルタイムで配信する。
※3:デジタル実装を通じて地方が抱える課題を解決し、誰一人取り残されずすべての人がデジタル化のメリットを享受できる心豊かな暮らしを実現する構想

関連リンク

■レポートサマリー
自治体型スマートシティ市場に関する調査を実施(2024年)

■同カテゴリー
[ICT全般]カテゴリ コンテンツ一覧

関連マーケットレポート
今野 慧佑(コンノ ケイスケ) 研究員
IT業界の発展はめまぐるしく、常に多くの情報が溢れています。 調査を通して、お客様にとって有益な情報を提供していけるように努めてまいります。

YanoICT(矢野経済研究所ICT・金融ユニット)は、お客様のご要望に合わせたオリジナル調査を無料でプランニングいたします。相談をご希望の方、ご興味をお持ちの方は、こちらからお問い合わせください。

YanoICTサイト全般に関するお問い合わせ、ご質問やご不明点がございましたら、こちらからお問い合わせください。

東京カスタマーセンター

03-5371-6901
03-5371-6970

大阪カスタマーセンター

06-6266-1382
06-6266-1422