矢野経済研究所 ICT・金融ユニット

アナリストオピニオン
2023.11.02

インフラ保全で進むITテクノロジー活用!

老朽インフラの増加とIT活用

日本では今後、東京五輪前後に建設した老朽インフラの増大が見込まれている(下表参照)。
ここで、老朽インフラの保全・運用管理業務での省コスト化/省人化を考えた場合、IT活用は不可避である。具体的には、IoTとセンサーネットワークを中心としたデータ収集、収集データの分析(画像解析、AIなど)、分析結果を基にした次世代保全ソリューション(予防保全など)などを組み込んだインフラ保全が考えられる。

また日本では、新設インフラ向けでのIT適用よりは、既設インフラへのセンサーシステムやIoTやクラウドの導入、より簡便な非破壊検査の適用など、後付け設置対応が主体となる。

【図表:建設後50年以上経過する社会資本】

出典:国土交通省
※道路、河川・ダム、砂防、海岸、下水道、港湾、空港、航路標識、公園、公営住宅、官庁施設、観測施設の12分野の合計

このようにインフラ保全においては、ITを活用した保全業務シフトは中・長期的に見て間違いない方向である。これまでも、橋梁やのり面(危険箇所)、コンクリート構造物の劣化診断などにセンサーシステムや画像解析技術を活用して、日常的な負荷や変異などをセンシングする仕組みが開発されており、その中のいくつかは実証段階を経ている。

しかし現状では、IoT用のセンサーシステムやデバイスは高価であり、加えてデータ解析には高度な知見(統計解析に加え、土木工学的な知見も求められる)が必要となるため、インフラ保全向けITの普及には、まだ時間を要すると見る。

一方、防災向けIT活用では、橋梁などのインフラ構造物モニタリングほどの精緻・大量データが必要ではなく、かつ保全用途向けのようなアルゴリズム開発も必要ないことから、比較的早期の普及が予想される。既に、アンダーパスでの冠水監視、マンホールポンプの遠隔モニタリング、河川氾濫予測などにIoTモニタリングシステムの導入が始まっている。

投資余力のある交通インフラ大手からIT導入が進んでいく

インフラ保全向けIT活用に関しては、自治体よりも交通インフラ大手(NEXCOグループ、JRグループ/私鉄大手など)が、保有インフラの維持・管理業務の効率化、人手不足対応/省人化、現場技術者の高齢化に伴うノウハウ・技能継承問題の解決などを睨んで強化しており、短期的にはここが主戦場になる。
保全用途以外でも、関連領域でのIT活用が進んでいる。

道路関連での画像モニタリング/画像解析では、高速道路・有料道路の逆走・高齢者運転での車の異常行動把握などで画像モニタリング活用/画像解析が進んでいる。また、危険運転予兆の検知といった安全強化面でのIT活用も検討されている。

鉄道では、踏切や駅構内/ホームモニタリング、ホーム転落モニタリング、乗客の異常行動、車内モニタリングなどを中心に、監視カメラ/画像解析ソリューションを使って、駅全体及び車両内のモニタリングによるトラブル予防、駅務管理の高度化などが進んでいる。
特に車内モニタリングではここ数年、京王線や九州新幹線などでの犯罪行為や迷惑行為があり、その防止・抑止力向上を目的に監視カメラの設置が急速に進んでいる。また行政サイドとしても、京王線での乗客刺傷事件を受け、「防犯カメラの設置など、安全対策の強化を進める考え」を示している。首都圏の電車では、社内への防犯カメラ設置率はJR東日本と東急で100%となっているが、その他の鉄道会社はまだ未導入車両も多く、全体としてはバラつきがある。

社会インフラ向けITソリューションの普及が始まる

前述したように、インフラの保全・維持管理では、現場での人手不足/技術者の高齢化対応は待ったなしである。その一方で、「設備が古い(老朽インフラではIT化する意味がない、更新・新設対応)」「対象設備が多すぎる(橋梁では15m以上でも全国に17万箇所」「自治体にはIT技術者がいない/少ない」「費用対効果に懐疑的(既存の方法で充分ではないか)」「現場作業者のITリテラシィ不足」などが課題として指摘されている。
今後、社会インフラの維持・管理コストの膨張が予想されるなか、国や自治体の財政状況などを勘案すると、全ての老朽インフラを新設・更新する事は不可能である。このような制約下において、どのような対応を取ればベストかの模索が続いている。

ここで老朽インフラの維持・管理コストの低減策、さらには人手不足の解消策として期待されるのが、「ITを活用した社会インフラ保全」である。尚、ここで述べているのは、交通管制システムなどに代表されるような「従来型の社会インフラIT(レガシー社会インフラIT)」ではなく、IoTやデータ解析に基づいた次世代保全ソリューションなどに代表される「ITベンダーが提供するインフラ向けのITソリューション」である。

社会インフラ向けITソリューションを考えた場合、2020東京五輪関連でのインフラ投資(高速道路、幹線道路、鉄道、空港など)に一服感のある首都圏・関東エリアがある一方、2025年の大阪万博が控える近畿エリア、リニア新幹線特需のあるJR東海案件がある中部エリアなど、より西に向かってインフラ投資の盛り上がりが期待される。尚、2025年頃には、「IoT×ドローン×AI/映像解析」による次世代保全や防災向け画像解析ソリューションが進展すると見ている。

個別分野では、コロナ禍でIT投資が落ち込んだ鉄道や空港、道路のほか、(改正水道法が成立して3年ほど経つ)民営化/民間活用に踏み出す自治体が出てきた水関連分野などでは、老朽インフラ対応/コスト削減意向が根強くあり、2023~2024年頃からは拡大基調が加速する可能性がある。

社会インフラ向けITソリューションの普及イメージ

今後のインフラ保全では、維持管理・運用業務にIT技術を活用するしかないと考える。
極論すると、「使わないインフラは保全もしない」といった対応も考えられるが、この考えが社会的・政治的に容認されるとは思えず、結局のところ、インフラ保全でのIT活用ニーズは高まっていくと見る。但し、当該マーケットが急激に伸びるといったことではなく、従来型インフラ保全と連動しながら、社会インフラ向けITソリューションが安定的に浸透すると予想する。

【分野別の社会インフラ向けITソリューションの普及イメージ】

道路分野
NEXCOグループでは、スマートメンテナンスハイウェイ(SMH)構想により、高速道路の老朽化対策にICTや機械化を積極的に導入している。
台帳ソリューションやカメラ画像による近接目視点検を補完する技術が普及。
点検困難箇所では、ロボット対応が始まっている他、分析・評価段階ではAI・画像解析技術を使い、修復箇所の判定を行う取り組みも進んでいる。
鉄道分野
走行中の車両のデータを溜めて、予防保全的なアプローチを検討している。
港湾分野
ROV(Remotely Operated Vehicle:遠隔操作無人探査機)を用いた設備・施設点検が進展している。桟橋上部工点検用ROVでは、撮影画像に位置情報を付加することで3D化による精度向上につながっている。
ROVを用いた桟橋下面調査、UAV(ドローン)を用いた点検診断、非接触型肉厚測定装置を用いた測定システムの導入も始まっている。
河川分野
河川管理では、防災目的での流量や水位、降雨量などの定点監視(遠隔モニタリング)が行われている。さらに監視カメラとセンシング(水位計など)を併用して監視精度を高めるとともに、防災シミュレーションを探る動きも進む。
広域センシング技術を使った河道/堤防の効率的な点検・診断、ITを活用した河川関連構造物監視・点検の自動化といった仕組みも研究されている。
ダム分野
運営・管理/保守・点検分野においてIT/IoTの利活用が増える方向。
ダムITで期待されるのはIoTモニタリング。特に、人手による点検では効率が悪い、もしくは危険箇所での適用拡大が見込まれ、目視と経験に依存していた既存業務を、画像・センサーデータとクラウド、AI、ドローンなどを活用した座組に転換する取り組みが研究されている。
水関連(上水道、下水道、浄水場など)分野
水関連インフラでは、設備・機器の維持管理業務でのIT活用があり、近年ではIoTモニタリングが増えている。
中でも、下水道ポンプ監視(マンホールポンプ監視)に着目。下水道のマンホールポンプは設置場所が辺鄙な場合も多く、運用管理の効率化を図る取り組みとして、既にIoT型の遠隔モニタリングシステムを導入している自治体もある。
防災分野
防災分野では、危険個所監視などで「IoT×センサーネットワーク」や「ドローン活用」が、また減災分野では河川やアンダーパスなどでの「監視カメラソリューション」や「IoT×画像データ×AI」などが普及し始めている。
インフラマネジメント分野
将来的に、インフラの劣化診断を行う現場技術者の絶対数が不足すると予想され、診断判定などでAI/解析ソリューション活用が広まりつつある。
AIによる判断精度を向上させるためにはデータ量を増やす必要があり、そうなると、必然的にIoTへと向かわざるを得なくなる。当然、老朽インフラでの予防保全/予知保全への期待が出てくる。
現場作業支援分野
膨大数のインフラ設備の点検に対応して、音声による巡視点検や保全記録、日報・報告書作成の自動化(音声のテキスト化/台帳ソリューション)などの実装が始まっている。
ハンズブフリーで点検結果を入力することで、記録用紙を持たずに巡視点検記録の作成が可能になる。また点検中に異常箇所を発見した場合、これを撮影し、その場で概要を音声入力し、報告書への写真添付とコメント入力が注目される。

早川泰弘

関連リンク

■レポートサマリー
社会インフラIT市場に関する調査を実施(2023年)

■アナリストオピニオン
IoT社会はセンサーネットワークによって実現する
センサーネットワークは社会インフラ化する
ITインフラモニタリングの期待と可能性
ワイヤレスセンサーネットワーク(WSN)に対する考察<導入効果>
ワイヤレスセンサーネットワークに対する考察

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早川 泰弘(ハヤカワ ヤスヒロ) 主任研究員
産業調査/マーケティング業務は、「机上ではなく、現場を回ることで本当のニーズ、本当の情報、本当の回答」が見つかるとの信念のもと、関係者各位との緊密な関係構築に努めていきます。日々勉強と研鑽を積みながら、IT業界の発展に資する情報発信を目指していきます。

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