日本では今後、東京五輪前後に建設した老朽インフラの増大が見込まれている(下表参照)。
ここで、老朽インフラの保全・運用管理業務での省コスト化/省人化を考えた場合、IT活用は不可避である。具体的には、IoTとセンサーネットワークを中心としたデータ収集、収集データの分析(画像解析、AIなど)、分析結果を基にした次世代保全ソリューション(予防保全など)などを組み込んだインフラ保全が考えられる。
また日本では、新設インフラ向けでのIT適用よりは、既設インフラへのセンサーシステムやIoTやクラウドの導入、より簡便な非破壊検査の適用など、後付け設置対応が主体となる。
【図表:建設後50年以上経過する社会資本】
出典:国土交通省
※道路、河川・ダム、砂防、海岸、下水道、港湾、空港、航路標識、公園、公営住宅、官庁施設、観測施設の12分野の合計
このようにインフラ保全においては、ITを活用した保全業務シフトは中・長期的に見て間違いない方向である。これまでも、橋梁やのり面(危険箇所)、コンクリート構造物の劣化診断などにセンサーシステムや画像解析技術を活用して、日常的な負荷や変異などをセンシングする仕組みが開発されており、その中のいくつかは実証段階を経ている。
しかし現状では、IoT用のセンサーシステムやデバイスは高価であり、加えてデータ解析には高度な知見(統計解析に加え、土木工学的な知見も求められる)が必要となるため、インフラ保全向けITの普及には、まだ時間を要すると見る。
一方、防災向けIT活用では、橋梁などのインフラ構造物モニタリングほどの精緻・大量データが必要ではなく、かつ保全用途向けのようなアルゴリズム開発も必要ないことから、比較的早期の普及が予想される。既に、アンダーパスでの冠水監視、マンホールポンプの遠隔モニタリング、河川氾濫予測などにIoTモニタリングシステムの導入が始まっている。
インフラ保全向けIT活用に関しては、自治体よりも交通インフラ大手(NEXCOグループ、JRグループ/私鉄大手など)が、保有インフラの維持・管理業務の効率化、人手不足対応/省人化、現場技術者の高齢化に伴うノウハウ・技能継承問題の解決などを睨んで強化しており、短期的にはここが主戦場になる。
保全用途以外でも、関連領域でのIT活用が進んでいる。
道路関連での画像モニタリング/画像解析では、高速道路・有料道路の逆走・高齢者運転での車の異常行動把握などで画像モニタリング活用/画像解析が進んでいる。また、危険運転予兆の検知といった安全強化面でのIT活用も検討されている。
鉄道では、踏切や駅構内/ホームモニタリング、ホーム転落モニタリング、乗客の異常行動、車内モニタリングなどを中心に、監視カメラ/画像解析ソリューションを使って、駅全体及び車両内のモニタリングによるトラブル予防、駅務管理の高度化などが進んでいる。
特に車内モニタリングではここ数年、京王線や九州新幹線などでの犯罪行為や迷惑行為があり、その防止・抑止力向上を目的に監視カメラの設置が急速に進んでいる。また行政サイドとしても、京王線での乗客刺傷事件を受け、「防犯カメラの設置など、安全対策の強化を進める考え」を示している。首都圏の電車では、社内への防犯カメラ設置率はJR東日本と東急で100%となっているが、その他の鉄道会社はまだ未導入車両も多く、全体としてはバラつきがある。
前述したように、インフラの保全・維持管理では、現場での人手不足/技術者の高齢化対応は待ったなしである。その一方で、「設備が古い(老朽インフラではIT化する意味がない、更新・新設対応)」「対象設備が多すぎる(橋梁では15m以上でも全国に17万箇所」「自治体にはIT技術者がいない/少ない」「費用対効果に懐疑的(既存の方法で充分ではないか)」「現場作業者のITリテラシィ不足」などが課題として指摘されている。
今後、社会インフラの維持・管理コストの膨張が予想されるなか、国や自治体の財政状況などを勘案すると、全ての老朽インフラを新設・更新する事は不可能である。このような制約下において、どのような対応を取ればベストかの模索が続いている。
ここで老朽インフラの維持・管理コストの低減策、さらには人手不足の解消策として期待されるのが、「ITを活用した社会インフラ保全」である。尚、ここで述べているのは、交通管制システムなどに代表されるような「従来型の社会インフラIT(レガシー社会インフラIT)」ではなく、IoTやデータ解析に基づいた次世代保全ソリューションなどに代表される「ITベンダーが提供するインフラ向けのITソリューション」である。
社会インフラ向けITソリューションを考えた場合、2020東京五輪関連でのインフラ投資(高速道路、幹線道路、鉄道、空港など)に一服感のある首都圏・関東エリアがある一方、2025年の大阪万博が控える近畿エリア、リニア新幹線特需のあるJR東海案件がある中部エリアなど、より西に向かってインフラ投資の盛り上がりが期待される。尚、2025年頃には、「IoT×ドローン×AI/映像解析」による次世代保全や防災向け画像解析ソリューションが進展すると見ている。
個別分野では、コロナ禍でIT投資が落ち込んだ鉄道や空港、道路のほか、(改正水道法が成立して3年ほど経つ)民営化/民間活用に踏み出す自治体が出てきた水関連分野などでは、老朽インフラ対応/コスト削減意向が根強くあり、2023~2024年頃からは拡大基調が加速する可能性がある。
今後のインフラ保全では、維持管理・運用業務にIT技術を活用するしかないと考える。
極論すると、「使わないインフラは保全もしない」といった対応も考えられるが、この考えが社会的・政治的に容認されるとは思えず、結局のところ、インフラ保全でのIT活用ニーズは高まっていくと見る。但し、当該マーケットが急激に伸びるといったことではなく、従来型インフラ保全と連動しながら、社会インフラ向けITソリューションが安定的に浸透すると予想する。
【分野別の社会インフラ向けITソリューションの普及イメージ】
(早川泰弘)
■レポートサマリー
●社会インフラIT市場に関する調査を実施(2023年)
■アナリストオピニオン
●IoT社会はセンサーネットワークによって実現する
●センサーネットワークは社会インフラ化する
●ITインフラモニタリングの期待と可能性
●ワイヤレスセンサーネットワーク(WSN)に対する考察<導入効果>
●ワイヤレスセンサーネットワークに対する考察
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