矢野経済研究所 ICT・金融ユニット

アナリストオピニオン
2023.01.25

教育データを利活用するには

2022年1月にデジタル庁が「教育データ利活用ロードマップ」を公表してから1年が経過した。教育データとは、授業の理解度やテストの結果といった学習に関わるデータだけではなく、身体測定や校外のクラブ活動に関するデータなど多岐に渡る。現在、このデータは各学校や各自治体、各家庭などがそれぞれ独自に集め、管理方法も統一されていない。そのため、組織の間でデータを連携したり、データを引き継いで活用するといったことが難しい。子どもの転校や進級の際も、これまで蓄積された教育データが学校の間で上手く引き継がれないケースやデジタルで保存されているデータを一度紙に記載して引き継ぐといった手間が発生している。

こうした実態に対して、各省庁では教育データの利活用に向けたロードマップの策定に着手した。
教育データを適切に流通させるには、まずはこれまでばらばらに集められてきたデータを標準化する必要がある。しかし、教育に関わるデータは学校内外含めて様々な情報があり、全てを標準化させることは不可能である。そこで、標準化の対象となるデータを組織間で共通化できる教育データに限定した。具体的には、学習者・教員・学校の属性等の「主体情報」、学習した内容等の「内容情報」、学習以外も含めた活動である「活動情報」、これら3つが対象となっている。既に各情報の定義は公表されているが、今後も必要に応じて随時更新されることとなっている。

標準化されたデータを活用していくには、データの収集および連携ができる環境の整備を進めていく必要がある。この点についてロードマップでは、まず学習支援システムと校務支援システムのデータの相互流通を確保することが喫緊の課題だと示している。
そこで、デジタル庁は2022年10月に教育関連データの連携実現に向けた実証調査研究に参加する事業者の公募を実施した。この公募では初等中等教育における校務支援システム、学習支援システム、関連する教育アプリとの間の教育データ連携の実施研究が目的とされている。採択された事業者は校務支援システム事業者が10、学習支援システム事業者が8、学習アプリ事業者が25であった。採択事業者は2023年3月までの間に各システムの間でデータ連携の実証を行う。

こうした教育データの利活用に取り組んでいるのは国だけではない。例えば、さいたま市教育委員会は2022年10月に内田洋行、日本マイクロソフト、ベネッセコーポレーション、ライフイズテックの4社と連携協定を締結したと発表した。この4社と協力して教育データを活用するダッシュボードの開発を進めていく。このダッシュボードを活用することで学校現場で集められる学習記録や生活記録など様々なデータがまとめて可視化される。教職員はそれらのデータを活用して、学習者一人一人に対して最適な教育を実施する。
このような教育現場の実現に向け、まずは2022年度中にプロトタイプを11の実証校で運用し、データを取りながらダッシュボードの開発を進める。実証を通して研究を進めていき、2023年度にはさいたま市内全校への展開を目指す。

2022年はロードマップに基づき、様々な議論や検討が行われており、少しずつ教育データの利活用の実現に向かって進んでいる。しかし、実装するために必要なことは技術課題の解決や制度の改正だけではない。
ロードマップが公表された際、世論からの意見はネガティブなものであった。大きな原因としては一部メディアの報道によって、教育データの「一元化」という誤った認識が広がったことが挙げられる。その後、実際は「一元化」ではなく、「標準化」であり、データも分散管理であることがデジタル庁によって説明された。ただし、これによって教育データ利活用に関して国民の理解が得られたかというと疑問である。そもそも公表されたロードマップには様々な内容が記載されており、要点を理解するだけでも大変である。そのため、教育データの連携について、個人情報が無断で様々なサービスに連携されるという認識を持ってしまってもおかしくはない。当然、ロードマップではプライバシーの保護や法律に基づく個人情報等の適正な取扱いを確保する旨は記載されている。そのため、データの利用には本人の同意が必要である点や同意に記載されていない利用や組織への提供は行われない。しかし、教育関係機関による横断的な利用が掲げられているため、親としては子どもの個人情報流出に不安を覚えて当然である。
また、教育データにおいては未成年者のデータが多い。そのため、利活用の際には個人の同意を得るだけでは十分ではない。こうした点からも教育データを活用した仕組みを作っていくには利用者に加えて学習者の家族に対しても十分に理解してもらうことが必須となっている。

このような課題がある一方で既に教育データが活用されている事例もある。コニカミノルタは連絡帳や教材の閲覧などがデジタルで利用できる学習支援サービス「tomoLinks」を提供しているが、2023年春には新たにAIによる学習データを分析する機能を追加する。これは学校独自のテストやドリルを含む様々な学習データをAIが分析することで学習者一人一人に最適な学習を提案するサービスとなっている。大阪府箕面市教育委員会における先行導入では、児童生徒13,000人の9年分の学力調査データと生活状況調査データから学習状況を分析し、予測シナリオに基づく指導改善を実証した。

今後、デジタル化が進むことであらゆるサービスがパーソナライズされていくことが予想される。教育においても同様であり、学習者一人一人に合った教育が実施されるべきである。まだまだ課題が多い教育分野でのデータ利活用ではあるが、将来的には同じ学校で過ごしている生徒同士でも蓄積されたデータに基づき、全く異なる教育カリキュラムが組まれるようになるかもしれない。
また、現在は教育分野におけるデータ利活用が進められているが、これは学校教育に限定していない。ロードマップでは卒業後の社会人や高齢者も含めて生涯学習の提案が掲げられている。マイナンバーカードや情報銀行の活用により生涯を通して学びの機会が提供される仕組みが検討されている。教育以外の分野におけるパーソナルデータと結びつくことで、利用方法はさらに拡大するだろう。教育データの利活用が進めば、現代におけるデジタル人材の育成やリスキルの機会提供も将来はより最適な方法で学ぶことが可能となる。
こうした未来を実現するためには、まずは基盤となるデータの整理と連携を進めていく同時に利用者の理解を得ることが重要である。

今野慧佑

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今野 慧佑(コンノ ケイスケ) 研究員
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