矢野経済研究所 ICT・金融ユニット

アナリストオピニオン
2022.11.25

データ取引市場は広がっていくのか

企業が経営を向上させるための手段としてデータの利活用がある。例えば、気象データは売上データと組み合わせることで売上予測を立てるのに役立つ場合がある。こうした気象情報は気象庁がオープンデータとして提供しているため、入手するのは容易である。しかし、データの保有が民間企業であれば手に入れるのは難しい。提供企業にとっては事業で活用する重要データであったり、単にビジネスを推進する中で集積したデータなど様々考えられるが、いずれも他社にとって価値あるデータとなり得る可能性がある。提供する場合には適切な価値で、安全に流通させる必要があり、こうした取引を行うための市場として「データ取引市場」がある。
このデータ取引市場は下図のようになっており、売り手と買い手が取引所を通してデータを売買している構図となる。この市場に必要なのはデータ提供者と活用を希望している者である。そのためデータ取引市場には事業者だけでなく、個人や情報銀行も想定されている。

【図表:データ取引市場のイメージ】

【図表:データ取引市場のイメージ】

出典:IT総合戦略本部 データ流通環境整備検討会「AI、IoT時代におけるデータ活用ワーキンググループ 中間とりまとめ」(2017年3月)

データ取引市場のメリットはデータの共有にある。従来公開されていない閉じられたデータでも、様々な企業と共有することで価値が高まっていくのである。また、データを収集したい企業にとっても欲しいデータを当てもなく探す必要はなく、市場の中から必要なデータを購入することができる。

2021年6月に閣議決定された「包括的データ戦略」でもデータ取引市場や情報銀行といったデータ利活用環境の整備が重要だとされている。この戦略の中でデータ取引市場の運営事業者は「公平・中立」の立場であることに加えて、「状況による契約条件変更に対する柔軟な対応」「利便性向上」などの機能が求められている。今後は市場におけるニーズ分析や利用条件の設定・明示の仕方、データの記述形式の標準化や契約支援機能の開発を検証する実証的な調査を行い、データ取引市場の実装を検討するとしている。

こうしたデータ取引市場だが、既に国内でも事業が始まっている。エブリセンスジャパン株式会社ではIoTストリーミングデータ取引市場「EverySense」と企業間蓄積型データ取引市場「EverySense Pro」というサービスを提供している。EverySenseは各デバイスが持つセンサのデータ構造をEverySenseに登録したり、クラウドサービスとの連携によってデバイスのデータを集められる仕組みになっている。そのためデータを希望する場合、入手したいセンサデータの種類をリクエストすることでデータを収集できる。実際の取引は収集者と提供者の間で行われ、その際、EverySenseはシステム的な仲介にとどまり、データの売買、保持をせず、価格決定権も持たない仕組みとなっている。
EverySense Proは企業が持っているデータを提供・購入するサービスとなっている。異業種・異分野の提供者がデータを掲載しているため、様々なデータを取得することができる。また、データの売買に関してはEverySense同様、企業同士が合意の上で取引を行うこととなっている。

データ取引市場によってデータ利活用される社会が実現されるのだが、当然課題もある。まずは認知度の向上が必要になるだろう。取引できるデータが少なければ利用価値が上がらない。あらゆるデータが流通されるために、まずはデータ取引市場の認知度を上げることで参入事業者を増やすことが必要だ。しかし、提供を決めたら即参入とはならないだろう。提供側にとってはデータの抽出にも一定の工数が発生するからである。自社データが需要のあるものであったとしても、提供できるように整理されているとは限らない。提供者を増やすにはこのようなハードルをどう超えていくかが課題である。
さらに自社のデータに需要があると理解し、かつ個社で販売できる体制が整っていればわざわざ他社プラットフォームを活用する必要がない。大手企業は個社で販売を行い、中小企業がプラットフォームで売買を取ることが進んだ場合、購入者からすれば購入したいデータがまとまっていない状態となってしまう。
さらに提供されるデータが十分になれば購入者が増えるというわけでもないだろう。購入したデータを扱える人材が企業に属していない限り、意味がないからである。現在、国を挙げてデータサイエンティストの育成が進められている。しかし、実態としてデータサイエンティストを社内で確保する取り組みを行えているのは一部の大手企業に限られている。このままでは、データの流通は分析の体制が整っている一部の企業に限られてしまう。

また、契約内容にもよることにはなるが、一度売買したデータは購入者側の手元に残っていく。パーソナルデータについては、データ提供側は個人情報が分からない状態で提供していることにはなっているが、一般の消費者がデータを売買されることを認知しているとは限らない。データ提供側はサービス提供前に利用者に対して規約の同意を得ているとしているため、問題ないと判断していても、長文で書かれている規約全てを読んでいるとは限らず、消費者側はこうしたデータ提供が知らぬ間に行われていることに拒否感を持つ事態が発生しかねない。企業が簡単にデータを流通できるようになった世界において、データが取引される上で誰の許可が必要であり、どこに波及して、どういった影響があるのか、データを提供する企業すべて意識すべき事項である。

データ取引市場が実現すれば個社では得られない膨大な情報が取引される強力な市場となることが予想される。これにより大きなプラットフォームを持ち、データを独占していた一部大手企業と同様のビジネスを中小企業でも展開することが可能になる。
そのために、まずはデータ利活用の重要性から認識していくことが重要である。企業でもデータ利活用の取組みが始まっており、データの質を向上させたり、人材育成を始めている。しかし、こうした取り組みに対する意識は大企業と中小企業の間で顕著な差がある。中小企業にとっては現在の事業が回っていることから、データ利活用にリソースを割く重要性が低く、取り組みが進んでいない可能性がある。しかし、実態としてDXやWeb広告などでデータ利活用の成功事例は現れ始めている。こうした成功体験が増えていくことで様々な企業で経営に対する意識変化に繋がり、データが広く活用されるようになるだろう。
徐々に企業によるデータ活用が始まるだろうが、最初は自社が保有するデータ等の活用からだろう。そのためにはデータサイエンティスト等の育成が行われるほか、分析ツールの普及といったことも考えられる。データ利活用が広まることで、ある程度データの抽出や分析ができるツールの開発・導入を担う事業者も増加していくだろう。こうして企業のデータ活用の基盤ができ上がることでようやくデータ取引市場の利用につながっていく。 こうした背景を考慮すると、データ取引市場場が拡大するにはまだまだ時間がかかる。しかし、国を挙げたデータ活用の推進やデータ活用の成功事例が出てきているのは事実であり、これらを参考にする企業が増えていくことで遠くない将来、データ取引市場は広がっていくだろう。

今野慧佑

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今野 慧佑(コンノ ケイスケ) 研究員
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