矢野経済研究所 ICT・金融ユニット

アナリストオピニオン
2022.11.10

加賀市が進める「医療版」情報銀行の可能性

昨今の企業活動において需要が高まっているものの1つにデータ活用がある。中でもパーソナルデータの収集・分析はインターネット上でビジネスを確立させるためには必要不可欠な存在となってきている。
こうしたパーソナルデータ活用事例の1つとして情報銀行がある。情報銀行については2018年に総務省・経済産業省が取りまとめた「情報信託機能の認定に係る指針ver1.0」の中で「個人とのデータ活用に関する契約等に基づき、PDS(パーソナルデータストア)等のシステムを活用して個人のデータを管理するとともに、個人の指示又は予め指定した条件に基づき個人に代わり妥当性を判断の上、データを第三者(他の事業者)に提供する事業」と説明されている。
実際の事業については以下の図の通りである。情報銀行は事業者あるいは個人からパーソナルデータを預託され、他の事業者に適切に提供する事業である。データを受け取る事業者にとっては自社では収集できないパーソナルデータを得られるサービスであり、データを提供する側はパーソナルデータを預託することでポイントや商品券などが還元される仕組みとなっている。個人としては情報銀行を通して事業者を選択することが可能であるため、自身の情報がどのように流通しているかが分かる安心感がある。

【図表:情報銀行のイメージ】

【図表:情報銀行のイメージ】

出所:内閣官房IT総合戦略室「AI、IoT時代におけるデータ活用ワーキンググループ 中間とりまとめの概要」(2017年3月)

2018年からは「一般社団法人 日本IT団体連盟」(以下「IT連盟」)が「情報銀行」認定に関する申請受付を開始している。認定を受けることで事業者は、情報セキュリティやプライバシー保護対策等に関する認定基準に適合していることを示すことができるため、データ提供者から信頼を受けやすくなる。「情報信託機能の認定に係る指針Ver2.0」によれば、基準は「事業者の適格性」「情報セキュリティ・プライバシー」「ガバナンス体制」「事業内容」の4つとなっている。この認定は2種類に分かれており、サービス実施中の事業を対象に認定する「通常認定」とサービス開始前のサービスを対象とした「P認定」がある。「P認定」に関しては開始後に通常認定の取得を条件としている。「情報銀行」認定マーク取得済みサービス・事業(2022年9月時点)は以下の通りである。

【図表:情報銀行認定事業】

【図表:情報銀行認定事業】

出所:情報信託機能の認定スキームの在り方に関する検討会「情報信託機能認定に係る指針Ver1.0」をもとに矢野経済研究所作成(2018年6月)

こうしたサービス事業者の認定が進められている一方で認定日から分かる通り、新規の事業申請は1年半近くなされておらず、通常認定されているマイデータ・バンク「MEY」は2022年10月にサービス終了が発表されている。

ではなぜ情報銀行サービスは上手くいっていないのか。この点については筆者が実際に利用してみた感想だが、まずはユーザー側の負担が大きい点が挙げられる。ポイントやクーポンといった便益を受けるためにデータを開示するのだが、当然一定以上のパーソナルデータを登録する必要があり、サービスによっては情報提供時に追加の入力やアンケート回答が必要なのだ。また、様々な便益が準備されている一方で各個人のニーズに合ったものが準備されているとは限らない。複数の企業がデータの提供を望んでいるが、データ提供をしても当選しなければ還元がなかったり、ちょっとしたポイントの付与程度ではわざわざ事業者に情報を提供するのは面倒であった。
そして、最大の課題は利用者にとってパーソナルデータを提供することへの不安感が強いことだろう。氏名や住所のほか、行動記録として位置情報、資産など様々な情報の登録を推奨されることがある。情報銀行が安全なサービスであり、民間企業に提供されるデータは加工されていて、個人が特定されないとしてもパーソナルデータとなると登録に抵抗感がある人も多いと考える。

こうした実態がある中で今回情報銀行に注目したのは、「デジタル田園健康特区」に採択された事業に情報銀行としての役割を担う提案があったからである。このデジタル田園健康特区とは地域における健康、医療に関する課題解決に取り組む複数の自治体をまとめて指定し、地域のデジタル化と規制改革を強力に推進することを目的としている国の政策である。
加賀市の提案では制度規制改革として「医療版」情報銀行への健康医療情報の提供を掲げている。具体的には患者それぞれが情報銀行にアカウントを作成することで、情報銀行から自身の健康状態を閲覧することが可能となる。この健康状態については患者が診療に通う医療機関が患者の同意に基づき健康医療情報を情報銀行に提供する仕組みである。つまり、これまで医療機関ごとに管理していた健康医療情報を一元的に管理し、患者は総合的に自身の健康状態を確認することができる。
また、加賀市では医療版「情報銀行」によって得られたデータを予約・決済等の機能を有するサービスを連携させた健康医療サービスやMaaS等の移動サービスと連携することを目指している。

「医療版」情報銀行は情報銀行が抱える課題に対応していると考える。第一にユーザー側の負担については初回の登録や病院ごとの同意といった手間は発生するが、その後の情報預託は医療機関が担う。そのため、診察毎にデータ提供者が情報を入力する手間は発生しないのである。また、便益に関しては医療情報の一元管理や移動・決済サービスの利用など、医療サービスを受ける上で十分な内容だろう。こうして自治体の医療サービスが向上していくことは、パーソナルデータを提供する住民に対する還元として非常に分かりやすい。
また、自治体が中心となってサービスを進めている点も大きい。自治体が主体となっているという点は安心感を得られることに加え、市民に対する説明の場を設けることで情報提供へのハードルを下げることに繋がるだろう。

このようなヘルスケアに特化した情報銀行は既に事業者によって提供されている。株式会社三井住友フィナンシャルグループは2019年に大阪大学医学部附属病院(以下、阪大病院)の協力のもと、これまで患者個人が閲覧するのが難しかった診療したデータを閲覧・管理できるアプリ「decile」を提供した。これにより患者はデータを基に自主的な健康管理を行えるようになった。
また、大日本印刷株式会社は「FitStats」を提供している。利用者が健康管理の一環として入力した情報をもとに健康状態を可視化して生活習を見直す機会を与えるサービスである。このサービスに入力したデータを事業者に提供することでヘルスケアに関する商品やサービス情報を得られる。
こうしたサービスでは診療や健康管理の「ついで」でデータ入力され、提供先も多分野の中から選択するのではなくヘルスケア分野に絞られている。つまり、データの入力や情報提供した場合には提供者のニーズにあった便益が用意されているのだ。

加賀市の取組みが進み、医療機関を中心に利用が進めば情報銀行の認知も高まるだろう。これにより他分野の情報銀行も広がっていく可能性がある。しかし、次々に分野ごと独立した情報銀行が乱立していくことは望ましくない。各分野で情報を連携していかなければ結局は独立した領域でしかデータ分析ができない。仮に分野ごとの情報銀行が広まった場合にはこうした点が課題になるだろう。分野ごとの情報銀行であっても、ある程度決まった入力事項としておくことで連携をしやすくしたり、将来的には別の情報銀行と連携する可能性がある旨を予めユーザーに十分説明するなど将来の利用方法を見据えてサービスを開始する必要がある。
今後、企業経営にとってはデータの利活用が重要になっていくことは確実である。企業がパーソナルデータを収集する手段として情報銀行は貴重なサービスである。

今野慧佑

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今野 慧佑(コンノ ケイスケ) 研究員
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