矢野経済研究所では、自動車産業に対し“ITとデータ”を分析の軸に据えて市場動向の研究を行い、その成果を2021年10月末に発表している。
『2021 モビリティDX ~IT・データ視点から考察した自動車ビジネスの未来分析~』である。 (同上プレスリリース「モビリティDXに関する調査を実施(2021年))
ここではプレスリリースで触れているMIC(Mobility Information Circle:モビリティ・インフォメーション・サークル)について、もう一歩、深堀して解説したい。
自動車は急速に情報端末化し、今後、自動車関連のビッグデータをOEMは抱え込むことになる。そして、次の戦いは自動車を販売する以上に、このデータをどのように運用し、活用するかが重要になるというのは多くの識者が認識しているところだ。
そうした将来像を理解していくために、矢野経済研究所では、自動車がもたらすビッグデータの活用・運用の流れをモビリティ・インフォメーション・サークル(MIC)として整理した。今後、OEMや新興ベンダなど自動車メーカーにとって、競争の尺度はMICをいかに早く確立できるかに移ってくると矢野経済研究所では考えている
【MIC(Mobility Information Circle)概念図】
矢野経済研究所作成
※MIC(Mobility Information Circle):矢野経済研究所の造語。OEMが、今後目指すべきモビリティ・インフォメーションの循環・蓄積サイクル。デジタルによる一気通貫した情報連携。
MICとは、自動車OEMが今後目指すべき、車両情報(走行データや運転者の属人データなど含む)の循環・蓄積サイクルを表現したものである。
過去、自動車は販売されて以降、利用状況(走行情報など)を吸い上げることは困難であった。自動車が生活者の手に渡れば、接点は定期的な保守メンテナンス程度であり、出荷後の自動車の情報をOEMは入手することはできなかった。
しかし、自動車のコネクテッド化がすすみ、カーナビ関連情報、車両情報、走行関連情報・・・などが徐々に取得できるようになってきた。これは極めて大きな変化である。MICは、その変化の先、10年程度の未来を想定した概念となっている。
図では、右と左に大きく環を描いているが、矢野経済研究所では、それぞれ「MIC」「MIC for Service」と名付け、それぞれ下記のようなメッセージを込めている。
右:OEM社内・グループ内での新しいデータ循環
左:多様な企業に対し走行データ等を提供することで新しいサービスの創生
以下でもう少し詳細を紹介しよう。
自動車産業におけるデータ化は、まだまだ途上にある。将来的には全てコネクテッドになり、自動車は端末化されていくだろう。現在はカーナビや商用車ではドラレコといったものが、情報端末として自動車に付随していたが、今後はビークルOSがそれらに取って代わると予想される。
自動車の企画・設計・生産段階においては、トヨタはこれまでモノづくりの世界において、最強と呼ばれていた。コンカレントエンジニアリングを実践し、企画・設計の段階から生産関連も含めて検討に入り、後戻りをできる限り事前に防止する開発体制などが文化として根付いている。生産現場に至ってはTPS(トヨタ・プロダクション・システム)として、世界的に有名なトヨタ流の生産手法を確立、世界No1の実力を磨き続けている。
しかし、今後EV化が進めば、部品点数は減少、しかもモジュール化時代となれば、プラモデルを組み立てるようにモジュールを組み合わせれば自動車が作れるといわれるような時代になりつつある。安全性の実現など、実際にはそれほど簡単なものとは思わないが、少なくとも現在のモノづくりよりは、数段容易に模倣できるようになるだろう。言い換えれば、EV化は自動車生産のコモディティ化を加速させるということである。
このような時代を控え、自動車開発にはMICのような概念が極めて重要となる。抽象的な表現となるが、ハードウェアの付加価値が低下を避けられないなか、データやソフトウェアをいかに使っていくかが、付加価値の源泉になるだろう。
これまでもシミュレーションソフトを使って様々なテストを繰り返してきたが、今後は実際の走行関連データを使いシミュレーションを繰り返すことができる。実際のクルマの挙動を把握・理解することは、安全性や燃費の追求などに重要であり、新しい機能やサービスについて、こうした実データを使ってシミュレーションを繰り返すことで、よりニーズや目的に沿った機能・サービスを実装することができるようになるはずだ。
もちろん、OTAアップデートにも対応するので、市場に出荷されたあと、何らかの不具合が生じた場合は即座にアップデートができ、常に最新のソフトウェアを利用することができるようになる。
しかしながら、企画・設計・生産におけるデータの活用はまだまだサイロ化している。データをプラットフォームへ蓄積するように整備し、そのデータを企画・設計・生産の各段階で有効的・効果的に利用していく仕組み作りが必要になる。それがトヨタであれば開発プラットフォームとなるAreneの役目にもなっているのだろう。
そして、社内の車両開発サイクルを高度化・最適化するだけではない。MIC for Serviceと名付けたが、そのデータを外部に開放し、モビリティからの情報を利用した新たなサービスを生み出す必要がある。
ここで“必要がある”という言葉を使ったが、自動車OEMは、これまでのモノづくりとしての自動車産業という枠組み留まっていては、十分にビジネスを拡張することはできない。成長を維持していくためには、ビジネスの転換が必要となってくる。
社会にとって永続的に必要不可欠な存在になるため、モビリティのデータは自動車の枠を超えて流通することが想像できる。自動車の運転データを使い、自動車保険の保険料を設定する(安全運転するドライバーには安く提供するなど)ことは、テレマティクス保険として実際に行われているのでイメージしやすいと思う。それは「運転データ-保険」という関係であるが、将来は、「運転データ-保険-カーシェア-駐車場」のようにサービス同士の連携も想定できるだろう。優良なドライバーは保険料も下がり、そのドライバーが運転するクルマをカーシェアとして提供する場合は(車の品質が高いので)収益分配が高くなるというような発想だ。
そうしたデータのリンケージは、無限の組み合わせがでてくるだろうが、そうした新しいサービスやビジネスをシミュレーションできる仕組みが「サービス開発基盤」である。OEMが持つ車両・乗員データに加え、サービサーが所有するさまざまなデータベースと連系させ、新しいサービスを設計し、それと連携した「ソフト開発基盤」によってサービスアプリを開発し、それを「Apps」として「ビークルOS」上にOTAを介して配信、ユーザがインストールすることで利用できるような世界観である。
そうした将来像を考えると、これからの自動車産業は、従来からある性能やデザインといったハードウェアの競争に加え、MICを何%完成させたかが競争の中核になると矢野経済研究所では考えている。データ連携、データの連鎖をどうデザインし、どう活用していくのか。自動車ビジネスの中核は、長い時間をかけてそこへ視点を移していくことになるだろう。
【図表:ビークルOSとモビリティPaaS概念図】
矢野経済研究所作成
MICは車両データや乗員データ、運転データなどの流れを軸に描いた図になるが、システム構成として表現すると上図となる。
機能として重要になるのは、ビークルOSとモビリティPaaSのデータ連携(通信)という縦の関係と、モビリティPaaS内にある横の連携である。
モビリティPaaSに相当するような機能は、現在進行形でOEMが開発中のものとなっている。以降で弊社の考えを論じるためにOEMサービス名を記載して簡単に紹介するが、あくまで弊社の解釈であり、各サービスの内容を正しく解説したものではない点には留意願いたい。
モビリティPaaSと自動車は、前者はクラウド、自動車はエッジ端末という関係性になる。モビリティPaaSは、トヨタでいえば「MSPF」と「Arene」、VWでいえば「VW.AC(V Volkswagen Automotive Cloud)」に相当する概念となる。トヨタの「AMP(Automated Mapping Platform自動地図生成プラットフォーム)はモビリティPaaSの外側で連携するものというイメージにしているが、モビリティPaaSの中にプロットしても特に違和感はない。MSPFやAMPは(実際がどうかは別にして)ソフト開発やサービス開発する側にとっては、ひとつのデータベースに過ぎないと考えられる。データ連携さえできていれば、内・外の議論にあまり意味はない。
モビリティPaaSに含まれるものは、矢野経済研究所では「車両・乗員データ」、「ソフト開発基盤」、「サービス開発基盤」に集約させた。
車両・乗員データは、文字通り車両や走行、稼働といった自動車にまつわるデータおよびドライバーに関するデータである。当然、プライバシー保護の問題は制御される必要があるだろう。
ソフト開発基盤は、ビークルOS上で動くアプリを開発するプラットフォームである。制御系に近いものはOEMと一部のTier1しか触れないだろうが、そうでないサービスアプリを開発するに必要なものはサードパーティに公開されることになる。
サービス開発基盤は、OEMやサードパーティが新たなサービスを展開する価値があるかをシミュレーションする基盤となる。さまざまなデータ(その地域の人口や施設、道路など外部データ含め広く連携することになるだろう)をみながら、新規サービスを展開した場合の事業シミュレーションなどを試すことができる。
最後に、将来、モビリティPaaSがどのようなものに使われるのか、いくつかのシーンにわけて当社の想定を紹介したい
(忌部佳史)
■レポートサマリー
●モビリティDXに関する調査を実施(2021年)
●車載ソフトウェア(自動車会社、自動車部品サプライヤー等)市場に関する調査を実施(2024年)
●車載ソフトウェア(ソフトウェア開発ベンダー)市場に関する調査を実施(2023年)
■アナリストオピニオン
●モビリティ×IT 激震の中核“ビークルOS”とは何か
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