矢野経済研究所 ICT・金融ユニット

アナリストオピニオン
2021.12.28

モビリティ×IT 激震の中核“ビークルOS”とは何か

ITとデータを分析の軸に、自動車産業の研究結果を発表

矢野経済研究所では、モビリティDXに対し、“ITとデータ”を分析の軸に据えて市場動向の研究を行った。その結果が、2021年10月末に発刊した『2021 モビリティDX ~IT・データ視点から考察した自動車ビジネスの未来分析~』である。

そして、プレスリリース(Yano ICT | モビリティDXに関する調査を実施(2021年))では、今後のOEMの競争力のカギを握る概念として、MIC(Mobility Information Circle:モビリティ・インフォメーション・サークル)を掲げた。
MICとは、コネクテッドカーから吸い上げる情報を自動車の設計・製造(企画設計から生産、保守)および自動車周りのサービスに活用していこうとする概念である。そして、それを実現するための中核的なパーツとして、クラウド上のデータベース(モビリティPaaSと呼んでいる)を位置づけた。

そして、もうひとつ重要なパーツが、“ビークルOS”である。これは自動車本体に搭載されるOSである。このアナリストオピニオンでは、同レポートからビークルOSに関する内容を一部ご紹介する。ご関心のある方は、ぜひ『2021 モビリティDX ~IT・データ視点から考察した自動車ビジネスの未来分析~』にて深く研究して欲しい。

ビークルOSの基本的な役割

ビークルOSの最も基本的な役割は、ハードウェアとソフトウェアの分離である。WindowsOSが実現したものと同じことが自動車で起ころうとしているとも言える。そして、ビークルOSの存在は、多くの課題を解決できるパワーを持っている。

本レポートでは省略しているが、周知の通り、自動車のEV化が進んでいる。EV化は部品点数を削減でき、モジュール化しやすくなると言われている。よって、未来の自動車は、概念としては「図表:ソフトとハードの分離とスケートボード型プラットフォーム」のようなものになると言われている。

【図表:ソフトとハードの分離とスケートボード型プラットフォーム】

【図表:ソフトとハードの分離とスケートボード型プラットフォーム】

矢野経済研究所作成

ソフトA、ソフトB…というのは、スマホアプリと似たものと考えればよい。ビークルOSはSDK(Software Development Kitソフトウェア開発キット)が公開され、OEMではないサードパーティがアプリを開発、販売できるようになる。アプリをインストールすれば、HMI(Human Machine Interface)のデザインを自分の好みに変えたり、標準にはない新たな機能を追加したりといったことができるようになる。
数年後には特定領域ではL4自動運転も可能になる。そうした特定領域においては、平日であれば仕事支援系のアプリをインストールし、自動車をオフィス代わりに活用し、休日になれば睡眠支援系のアプリをいれて、熟睡して移動する…といったことも可能になるかもしれない。
まだまだ構想の域を出ない話ではあるが、ビークルOSという新たなソフトウェアプラットフォームは、上記のようなことを可能にし、個人の好みにあった機能や乗車体験、新たな付加サービスなどを提供する土台となるのである。

また、ハードウェアはスケートボード型プラットフォームなどが提供されるようになる。ビークルOSはハードとソフトを水平分離することから、車両の基礎機能を一体化したハードウェア・プラットフォームが作りやすくなる。例えばEMS大手の鴻海(Hon Hai/ホンハイ)は、EV向けプラットフォーム「MIH」を発表している。日本電産もEVプラットフォームへの参入を表明した。自動車のハードウェアとしての基礎を、部品メーカー等も手掛けられる時代に突入していくのである。鴻海はMIHオープンプラットフォームアライアンスを募り、ホームページをみると2000社に迫る企業名が参加している(2021.10月時点)。かつてパソコンでは標準化と水平分業を契機に、たくさんの新規参入が起き、低価格化とともに普及が加速した。鴻海の取り組みも標準化と水平分業であり、それと同様のことが起きようとしている。
こうしたEVカーは、発展途上国などへ提供される安価な移動手段になるだろう。また、先進国でもMaaSにおいては、専用車両として広く活用される可能性は高い。

さらに、ビークルOSはOTAアップデートが内包されていることから、車両に関する走行データや稼働データなどは逐次、クラウド上へアップロードされることになる。個人情報などの課題はあるが、各自動車の移動情報などを分析し、渋滞緩和や省エネを実現するルートなどを割り出し、ドライバーに提供するようなことは当たり前に行われるだろう。

つまり、ビークルOSは、自動車が解決すべき次の課題、未来の課題、それらに対する解をもたらすため、重要視されているのである。

ビークルOSの一般的な構成

【図表:ビークルOSの一般的な階層性】

【図表:ビークルOSの一般的な階層性】

矢野経済研究所作成

ビークルOSの情報はまだ秘匿性が高く、多くは流通していない。また、企業によって戦略等が異なるため、当然ながら各社によっても違いはある。そのため、何をもって一般的とするかは議論の分かれるところであるが、矢野経済研究所として「図表:ビークルOSの一般的な階層性」の階層性を持つものと考えている。

最下層は、制御系が該当する。ハードウェアの領域と言い換えても良い。現状を考えれば、数は減らす方向ではあるものの、当面はECUは使われ続けるだろう。将来的にはECUではなく、HPC(高性能コンピュータ)で制御するようになるかもしれない。いずれにしても、この領域は制御系と呼ばれるハードウェアに近接したソフトウェア領域になる。

2段目は、スタンダードOSとなる。AUTOSARやAGL(Automotive Grade Linax)などであり、ビークルOSとハードウェアとの間に位置するものだ。スタンダートOSでは、リアルタイム性と安定した動作保証を得られることから、現状でも多くのクルマで利用されているが、ビークルOSの利用に際しては、車体機能とのインターフェイスの機能を有し、よりビークルOSの自由度を向上させることが可能になる。
ビークルOSが各OEM等の自動車の特徴をつかさどることになるのに対し、スタンダードOSはそれより低レイヤの基本機能が組み込まれることになるだろう。これは、どのようなベンダ(OEM、Tier1、進行のサプライヤ)が提供する車体(H/Wプラットフォーム。前述のスケートボード型プラットフォームなど含む)であっても、標準化された基本的なインターフェイスを介して接続できるレイヤということができる。

そして、3階層目にあたるのがビークルOSである。ビークルOSは、今後、各社が発売するクルマの特徴を決めるものである。各社ともにユニークな機能はここに搭載してくるはずだ。制御系と情報系の両方を有機的に結合し「走る・止まる・曲がる」の基本的な機能に加え、自動運転やスマートシティのモビリティ機能の実現など、自動車が解決すべき次の課題、未来の課題などに資する付加的機能が盛り込まれることになるだろう。

4層目はアプリ開発プラットフォームである。ビークルOSは自動車の心臓部とも言えるレイヤであるが、同時に外部環境との重要なインターフェイスでもある。クルマを交通環境や社会へと連携させる為のハブの機能も有しており、その姿は現在私たちが利用しているスマートフォンのような機能と類似しているということもできる。であれば近未来の自動車は、スマホのようにアプリ開発をサードパーティなどにも委ねるようになるが、さすがに心臓部となるビークルOSへ直接関与させるようなことはしないだろう。自動車の安心・安全を確保するために、そのバッファゾーンともいうべきアプリ開発プラットフォームを一枚かませて、そこをオープンなプラットフォームとすると思われる。
また、スマホと違い、自動車はメーカー数が多い。アプリ開発にはエコシステムの形成がその発展のために不可欠となるが、自動車メーカーが多いと、サードパーティなどはOSごとに開発する必要があることから、無駄な投資が求められることになる。そのため、ビークルOSの上にビッグテックなどはアプリ開発プラットフォームを提供し、プラットフォーム on プラットフォームの形(プラットフォーム上に別のプラットフォームを構築する動き)で、市場制圧を狙ってくるだろう。

5層目はサードパーティなどを含めた、アプリケーションが載ってくるレイヤとなる。OEM自身が提供するものもあれば、サードパーティが提供するものもあるだろう。

以上が矢野経済研究所が考えるビークルOSの階層構造である。

もちろんこれは、一般的・標準的と思われるモデルを示したに過ぎない。「図表:ビークルOSの一般的な階層性」で示した各レイヤのほぼすべてを満たす、ないしは満たす努力をしているのは既存のOEMである。だが、ビークルOSを境に、下位レイヤに特化するベンダ、上位レイヤに特化するベンダへの分化が可能となりつつある。すなわちビークルOSの登場で、下位のレイヤである車体のみを製造するベンダが現れ、上位のレイヤであるソフトウェア開発を行うベンダ(例えばスマホ開発ベンダ)の参入の可能性が生まれた、ということになる。

このゾーンは、現在進行形で各社が虎視眈々と探りを入れつつ、狙いどころを探している状態だ。今後も注視していくことが重要となる。

ビークルOSを境とした上位レイヤはかつては存在しておらず、下位レイヤがクルマに搭載されたシステムであった。しかし安心・安全のさらなる進歩や車の機能の向上は、ソフト依存度を高め、多数のECUと1億行ものコードとなり、開発の複雑性やコストを高め、その課題意識はOEM各社の共通の認識となっていた。この状況は現在も変わらないが、新興OEMであるテスラの革新的な車載システムが、次の時代の扉を開けることになったといえよう。彼らはそのシステムをビークルOSとは呼ばないが、それに相当するものが誕生し、実際の車両で運用され、OTAを介したアップデートや車両走行情報の取得・蓄積がなされた姿は衝撃的であった。これを境に既存のOEMはビークルOSの開発に力を入れ始めたと言って良い。
テスラは垂直統合方式で車を製造しているため、水平分離を促す意図はなかったであろうが、彼らがきっかけを作ったビークルOSのレイヤ構造が、様々な企業の自動車産業への参入を促したことになる。いわばパラダイムを転換させたトリガーでもあったのだ。

忌部佳史

関連リンク

■レポートサマリー
モビリティDXに関する調査を実施(2021年)
車載ソフトウェア市場に関する調査を実施(2020年)

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