矢野経済研究所 ICT・金融ユニット

アナリストオピニオン
2020.11.11

ITはコト消費をモノ消費に

高まるコト消費への関心

近年、消費者の関心は、モノやサービスを購入する「モノ消費」よりも、購入したモノやサービスを使いどのような経験・体験をするかという「コト消費」に移りつつあると言われている。人口構造の変化による総需要の減少や、生活においてモノが充足し、コモディティ化が進み、機能的価値による差別が困難になったこと、また情報化の進展によりデジタル化されたコンテンツが複製によって簡単に手に入るようになり、モノを所有することの意義が低下しつつあることなどが理由として考えられる。

急速に進むデジタル化に伴い、特に製造業において「モノ売り」から「コト売り」に移行すべく、新たなビジネスモデルとして、サブスクリプションモデルで収益を上げることなどを検討する企業も多い。しかし移行は容易ではない。どのような「コト」を提供でき、その「コト」をどのようにして収益化するか、について考える必要がある。例えば顧客が何を価値とし、必要としているのかを知ることもその一つだろう。

日本の産業の中でも特に存在感が大きい自動車業界も例外ではない。取得や維持にかかる費用が高いことなどを理由に、自動車の保有価値は低下傾向にあり、ライドシェアやカーシェアリングなど、シェアリングエコノミーサービスへの注目が集まっている。移動(モビリティ)をサービスとして捉えるMaaS(Mobility as a Service)という言葉が出てきたことも、モノからコトへのトレンドの変化を表していると言える。

さらに、自動車業界以外で、早くから「コト売り」に取り組んでいる企業の一つにダイキン工業がある。ダイキン工業は、早くから空調機器をインターネットにつなぎ、遠隔監視、機器の保守点検・管理・省エネ制御・提案を行うエアネットサービスを展開してきた。さらに、近年は同サービスにAIやIoTを活用し、蓄積したデータと気象データを併せて診断・分析し、その結果から空調機器の故障予知や省エネ制御のロジックを確立して、各種保守・メンテナンスにつなげるなど、ビジネスを変革し続けている。

このダイキン工業の例をみると、エアネットサービスを利用したいからダイキン工業のエアコンを買う、というユーザがいそうだ。つまりコト消費がモノ消費につながっているのである。モノ売りからコト売りに移行するということは、モノを捨てるわけではなく、モノの購入につながる「コト」も提供するということであろう。これにAIやIoTなどITが貢献している。ITがコト消費をモノ消費につなげる一要素になり得ると言えるのではないだろうか。

ルージュを探せ

筆者も最近、コト消費がモノ消費につながった。資生堂のPERSONAL BEAUTY SESSIONを受講したのである。資生堂はDX推進企業の一つとして知られており、公式Webサービス「ワタシプラス」におけるデータ活用など、リアルとデジタルの融合を得意とする企業である。2020年7月に開業した資生堂初のブランド旗艦店「SHISEIDO グローバル フラッグシップ ストア」でも、写真を撮るだけでSHISEIDOのファンデーション30色の中からその人の肌にぴったりの色を測定し、自動で試せるデジタルテスターなど、最先端テクノロジーを駆使したコンテンツを提供している。

PERSONAL BEAUTY SESSIONにはいくつかのコースがあるが、筆者が受講したのは、ゴールデンバランス&パーソナルカラーメイクアップレッスン。顔のバランスと色、2つのアプローチで自分に「似合う」を見つけ、学ぶわけだが、美の黄金比「ゴールデンバランス」と自分との乖離を知るため、専門機器で顔全体のバランスを分析したり、肌色の分析をしたり、顔立ちを分析したりする。この分析に用いられるのがITである(※ITだけを用いるわけではない)。

そもそも受講したきっかけはルージュの色にある。自分に似合うルージュの色について、コスメカウンターのビューティー・アドバイザーに相談したことがある人は多いだろう。筆者もその一人である。ルージュの色は千差万別。赤と一口に言っても幅が広く、ブランドによっても異なる。その中から自分に似合う色を見つけるのは非常に難しい。筆者の場合は、ある時は赤系を薦められ、別の日はピンク系を薦められた。しかし、愛用しているのは薦められた色とは異なる。しかしそれがベストなのか、というと違う気もする。そんなことを思いながら出会ったPERSONAL BEAUTY SESSION。私の目的は自分に合うルージュを探すことであった。

白を基調とした部屋に入るとカメラや、外観がオシャレなPCが目に付く。プリンタは見えない場所に収納されているなど、特別な空間としての演出が施されていた。顔のバランスと肌色を知るために何度かの撮影、分析を行うが、分析結果は数値化されてカルテとして持ち帰ることができる。この「数値化」というところがポイントである。ビューティー・アドバイザーの知見に基づいたノウハウが無二のものであることも承知しているが、数値化されると信頼度が増す。例えば筆者の場合、口が小さいと言われることが多く、たぶん小さいのだろうと思ってきたが、やはりゴールデンバランスと比較すると小さいという結果が出た。思っていたことが数値として明らかになったことは大きい。 こと今回、このデータに基づきノウハウとテクニックを活かして頂くことで「これだ」と思う色に巡りあうことができたが、データへの信頼度が及ぼした心理的影響は計り知れない。

使用したコスメティックや使用していないものの、候補となる商品についてカタログにマーカーや線をひいた形で渡してもらえるため、後でどの商品かわからなくなることもない。当然店舗に足を運ばず、ワタシプラスで購入することもできる。コスメティックとの出会いには一期一会的なところもあるため、当然筆者は使用したルージュを購入し、併せてチークとアイライナーも購入した。まさにコト消費がモノ消費に繋がり、クロスセルにもなった事例と言えるだろう。

データには人を信用させる力があり、データを集めるにも活用するにもITは不可欠である。「コト」を収益化するためにITを手段とすることで新たなビジネスモデルを構築できる可能性は大きいと考える。

※PERSONAL BEAUTY SESSIONに関する本掲載内容は、あくまで筆者がプライベートで体験した感想である。

小山博子

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DX(デジタルトランスフォーメーション)に関する動向調査を実施(2020年)

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小山 博子(コヤマ ヒロコ) 主任研究員
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