矢野経済研究所 ICT・金融ユニット

アナリストオピニオン
2019.11.25

SDLを知らずしてサービスを語るなかれ

不可逆なサービス経済化の流れ

製造業のサービス業化、モノからコトへの転換、DX(デジタルトランスフォーメーション)、サブスクリプションエコノミーなど、昨今、サービスを中軸に据えた動きが注目されている。IT業界においては、コンピュータ・ハードウェアがIaaSやPaaSとしてサービス化されたり、iPhoneがサービス体験型のモノとして新たな価値を示すなどしてきたが、昨今では、製造業、例えば自動車産業においてはMaaS(Mobility as a Service)が重要キーワードになるなど、その裾野は広がり続けている。

クラウドの進展、リーンスタートアップの勃興、IoTの普及、デザイン思考、サービスサイエンスの研究など、さまざまな源流から集まった知見やトレンドが合わさり、大きなうねりとなって社会・経済を襲っているわけだが、今回はその源流の一つ、2004年に提唱されたSDL(サービス・ドミナント・ロジック)という重要な概念について振り返り、今一度、サービスとは何かを考えてみたい。

知らずに済まない“SDL”という概念

SDL(サービス・ドミナント・ロジック)とは、モノ中心の経済活動を、サービスの目線からすべてを捉えなおそうとする試みで、モノ含めてあらゆるものがサービスの一環であるという考え方に立脚した概念・モノの見方である。2004年にスティーブン・バーゴらによって提唱された。

これまで、経済の主流は製造業であり、モノが中心であった。企業は製品を製造し、販売することで売上を上げ(交換価値)、販売後は基本的には企業の手を離れるのが常であった。アフターマーケットとして“保守サービス”を提供する場合もあるが、それはモノに付随したオマケのような存在であり、サービスはモノに従属する売り物の一つという存在であった。
モノを持たないピュアなサービス業(医療や教育など)においても、マーケティングの発想を持ち込む場合は、モノに対比して考えることが通常であり、モノに対するサービスの特殊性として、生産と消費の同時性、非在庫性などといった特徴がフォーカスされるに過ぎなかった。要するに、サービスは常にモノの脇役として機能していたのである。

SDLは視点を大きく転換し、サービスこそが主役である、モノはサービスを媒介する存在にすぎないと主張した。また、価値を発揮するのは販売時点ではなく、消費者の使用プロセス、実践の場こそが価値創造の現場であるという考え方を提唱した。

自動車で例えれば、自動車はドライブや移動というサービスを媒介するモノに過ぎず、また、その価値は顧客が自動車を購入した時点ではなく、乗車体験しているプロセスにおいて創造されると捉えよ、と主張したのである。

こうした、体験や経験価値に重きを置く考え方は、今となっては当たり前と感じさせる概念であろうが、モノ中心の世界観に置かれていた当時においては、価値転換を感じさせる考え方だった。そして、SDLにおいては、消費者は企業にとっての共創者と位置づけられ、企業は価値の提案しかできず、価値の創造はユーザが一緒になって生み出すもの(共創)だと提唱した。この顧客志向な考え方もまた、DXやデザイン思考などで重要視されている概念に通じるといえるだろう。

IoTがけん引するも、結局は原点回帰が重要か

Webサービスやスマホを経由したサービスでは、各人が画面のどこをタッチしたなどといったデータが蓄積され、それを分析することでインターフェイスの変更などを常時行い、顧客の体験価値を最大化するための取り組みがおこなわれるようになった。インターネット経由ですぐに変更を反映できる強みをフル活用しているともいえる。
音楽であればCDは売上を落とし、代わりにサブスクリプションサービスが伸びてきた。そこでは消費者の音楽視聴体験をいかに高めるかがカギとなっている。小売店はECサイトを拡充し、店舗とECを組み合わせた購買体験の向上などに四苦八苦している。冒頭でiPhoneの事例を出したが、モノも続々とネットワークに接続されるようになり、自動車は今後、コネクテッドカーが主流になる。この流れは不可逆に思え、IoTやネットの普及は技術面からSDLの実現をサポートする役割を果たしたといえるだろう。

しかしながら、我々の世界はまだまだ従来型のモノ中心の経済で動いているのも事実である。この文章を読んでる方も、そのほとんどは顧客や消費者のサービス体験をどう変えていったらよいのか分からないでいるはずだ。「当社の製品にネットワーク接続機能を入れても、そのコストに見合うだけの何ができるのか」「従来型のビジネスモデルを変更してイニシャルコストからサブスクリプションにして本当に大丈夫なのか」などなど、これまでの成功モデルの廃棄を迫られるのだから結論がすぐに出ないのは無理のないことである。不安を抱えつつも、大いに検討し、新しい未来に向かってチャレンジしていかねばならない。

一方で、そのチャレンジは、IoTを無理やり適用しているだけなのでは、と感じる時がある。あなたのチャレンジは、IoTを用いた形だけのサービス化になっていないかという疑問である。

ものづくりの場においても、サービス化の概念が入り込んでおり、今日では、ものづくりとは設計情報の転写である、という考え方がなされている。つまり、開発者の考えた設計思想は図面化され、それを工場で実際のモノへと転写する。市場において消費者はモノを購入しているわけだが、実はその裏側では(というより、寄り添うように)開発者の思想や世界観をモノの利用を通じて体験する。
すなわち、そもそもモノそれ自体、サービスの塊として存在しているのであって、本質は開発者の思いであり、IoTは道具の一つにすぎないのではないかと思えるのである。

近年のAIやIoTの発展は、モノづくりからコトづくりへとシフトする世の中における、キーツールの役割を演じさせられ、普及してきた。ところが一方で、それらを具体的な成果物として世の中に送り出せたのは、どれほどあるだろうか。矢野経済研究所では当該分野の市場動向をウォッチしているが、多くない成功事例の陰に、山のような失敗事例が積み上げられていると感じる。
新製品開発が難しいのは当然ともいえるが、果たしてそのなかに、安易にIoTでサービス化するようなことがなかったか、いまいちど原点に立ち返り、考えてみる必要があるのではないだろうか。

忌部佳史

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忌部 佳史(インベ ヨシフミ) 理事研究員
市場環境は大胆に変化しています。その変化にどう対応していくか、何をマーケティングの課題とすべきか、企業により選択は様々です。技術動向、経済情勢など俯瞰した視野と現場の生の声に耳を傾け、未来を示していけるよう挑んでいきます。

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