矢野経済研究所 ICT・金融ユニット

アナリストオピニオン
2014.04.09

グーグルの産業構造逆転システムに挑む日本自動車産業

広告⇔製造の産業構造逆転

筆者はグーグルという企業は「産業構造逆転システム」を持っていると感じている。では「産業構造逆転システム」とは何か? それは、既存の産業ピラミッドのヒエラルキーの上下関係をひっくり返してしてしまうシステムを指す。グーグルという企業は、もともと、というか、体質的に「産業構造逆転システム」的な性格を持っていると考える。そのように考える理由を下記に書いていこうと思う。まずはグーグルのインターネット広告が、製造業との立場を逆転したケースについて書く。

2000年までの歴史において、広告と言うものはあくまでも製造業における出費項目のひとつでしかなかった。製品を販売する際の広告宣伝費であり、あくまでも製品そのものが“主”であり、広告は“従”の関係で存在していた。
ところが2000年以降世界で急激に普及した インターネットの世界の常識においては、広告というメディアこそが収益の根幹を成す“主”である。なぜならグーグルは、その顔である検索サイトについては、誰もが無料で使用できるように開放しており、そこに掲載されているインターネット広告の料金を収入源として成立しているからだ。
またグーグルが自社開発した「アンドロイドOS」搭載のスマートフォンは世界最大の台数を誇るが、PCユーザばかりでなく、このスマートフォン・ユーザもインターネット広告を見る。アンドロイドOSは無償で提供されるオープンソースであり、グーグルの売り上げにはならない。したがってグーグルは、インターネット広告を見せるために、アンドロイドOS搭載スマートフォンを製造させたような結果となっている。つまり広告が“主”であり、製造が“従”である。これまでの“主”“従”が逆転してしまった。
これまで“主”であった製造業の多くは、グーグルが実現したこの“主”“従”逆転現象に危機感を感じずにはいられないであろう。(参考「“広告”“製造”主従逆転の中、業界ノウハウが生きる商用車テレマティクス」)

キャリア⇔OSの産業構造逆転

グーグルによる産業構造逆転は、広告⇔製造の主従逆転ばかりではない。グーグルが自社開発したアンドロイドOS搭載スマートフォンの世界的普及は、モバイル通信産業におけるキャリア⇔OSの逆転現象も巻き起こした。
スマホ以前の携帯電話市場、特に日本の2009年までの携帯電話市場においてはNTTドコモ、KDDIなどのキャリアが全体を支配していた。例えば、NTTドコモは、端末メーカに開発・製造させた端末を自社ブランドで販売し、そこにモバイルインターネットサービスであるiモードを普及させることで、音声通話に加えてデータ通信による利用料金を徴収するビジネスモデルを成功させた。パナソニック、NECをはじめとする端末メーカがキャリアに採用されるべく、世界的に見ても最高水準の携帯電話機を開発したのが、いわゆるガラケーである。
しかし、2007年以降スマートフォンが徐々に携帯電話市場の中心となるにしたがい、アップル、グーグルというOSベンダが力を持つようになり、キャリアではなくOSベンダがモバイル通信産業をリードするようになった。OSベンダが端末メーカを決めるようになり、モバイルインターネットサービスについてもアップル「アップストア」とグーグル「グーグルプレイ」というOSベンダのサービスが中心となった。
このように、かつてのキャリアを頂点としたモバイル通信産業の構造(ヒエラルキー)をグーグルとアップルが逆転させたことは、ガラケーと呼ばれる独自の携帯電話市場を育んだ日本にとっては、特にインパクトが大きかったと言える。

グーグルカーによる自動車産業構造逆転

グーグルによる産業構造逆転は、広告⇔製造の主従逆転、モバイル通信産業のヒエラルキー逆転ばかりではない。自動車産業においても、グーグルが産業構造逆転の台風の目になろうとしている。また、ここ1~2年前からは、自動車産業において、グーグル以外のIT関連企業もさかんに参入を続けてきている。まるで元来の自動車産業界の企業達とのヒエラルキー逆転を狙っているかのような勢いだ。そのIT関連企業最大の狙いは、車載HMI(Human Machine Interface)である。新しいインフォテイメント、運転支援システムなど、車内の情報をドライバの負担にならないように伝え、操作できるようにするシステムの事だ。

筆者は、2013年8月に、市場調査レポート「車載HMI/OSSの現状と将来展望」を発刊した。調査開始当初は「インパネのデザイン、スイッチ形状」や、車載HMIとからむ「車載カメラ、車載液晶の数量の算出」といったハードウェア主体の内容を構想していた。ところが調査が進むほどに、むしろソフトウェア主体の市場であることがわかってきたのである。
現在の自動車は、1台当たり1億行ともいわれる膨大な容量のソフトウェアにより作られている。車載HMIを構成するインパネやHUDにおいても、ソフトウェア開発がもっとも時間と人件費がかかる最重要事項だという。今や「欧米のソフトウェアメーカ・半導体メーカは、車載HMIをLinuxOSで構築すべく意図しており、既に欧米OEM(自動車メーカ)・Tier1(1次請け部品メーカ)に向けて営業をかけている」とのことであった。
LinuxOSといえば、サーバ、メインフレームから始まり、携帯電話、テレビ、HDD、カーナビで活用されているOSだ。アンドロイドOSと同じく無償で提供されるオープンソースである。ここにきて車載HMI(センターディスプレイ、クラスタディスプレイ、HUD)の統合化が進んでおり、そこにもLinuxOSが用いられるべく、考えられているという。

それでは、なぜここにきて、欧米ソフトウェアメーカ・半導体メーカが車載HMI事業に注力するようになってきたのか?取材の中でわかってきたのは、「2012年に米国においてグーグルが自動運転カー(いわゆるグーグルカー)の実証実験に成功したことが基点にある」という事であった。これまで自動車業界の外にいたプレーヤであり、しかもスマートフォンにおけるリーディングカンパニーであるグーグルの、自動車産業の未来を握る鍵ともいえる“自動運転カー”への本格的進出が、これまで自動車産業になかなか入り込みきれなかった欧米ソフトウェアメーカ・半導体メーカの背中を押したことは間違いない。またこうしたグーグルの動向について、欧米の自動車産業界が心底脅威に感じている点も、さらなる刺激となっている模様である

【図表:自動運転カー グーグル以前・以後】
【図表:自動運転カー グーグル以前・以後】

矢野経済研究所作成

自動運転カーについては、グーグルカーの実証実験以前には、国家インフラ整備不足を理由に本格的に乗り出せなかった自動車業界だが、実験以後は、OEM各社ともさかんに開発状況をメディアにアピールするようになった。「20年には実現!」と時間軸をきっての発表もなされている。
グーグルカーの実証実験以後、IT・半導体・ソフトウェア業界は、車載HMIなど情報系からさかんに自動車産業に参入してきた。音声認識やジェスチャー認識など、車載HMIに用いられる技術開発にも注力している。
実は、車載HMIと自動運転カーには深い関係性がある。自動運転カーでは「手動運転と自動運転との切り替え警告」や「ドライバの個人認証をした上で手動運転と自動運転との対応判断」など、クルマと人間とのHMIが重要になる。
自動運転カーの利用目的には、安全以外にも、時間と資源の有効活用が考えられる。今後、自動運転カーの開発が進むにつれ、HMIによる多様な利用方法、アプリ、サービスが世に出てくることになる。そして、それらの多くは車載用情報系システムを伴うことで可能となるものだ。逆に自動運転カー開発の進展が、車載用情報系システムに大きな影響を与えるともいえる。

グーグルの強みは大脳(判断)機能技術

自動車の運転は下図のように「認知(小脳)」「判断(大脳)」「操作(小脳)」の3段階がある。自動運転カーは「検知→判断→実行」で動くが、この「判断(大脳)」の部分がキモだという。手動運転の場合は、この「判断」の部分は、生身の人間が行うが、自動運転の場合は、ここはIT技術が行う。
この「判断(大脳)」の部分こそがグーグルの強みである。グーグルなどIT業界のプレーヤは、この「判断」の部分からビジネスモデル化して、自動車産業に参入しようと図っている。

【図表:自動運転の3要素(グーグルの強みは大脳)】
【図表:自動運転の3要素(グーグルの強みは大脳)】

矢野経済研究所作成

それに対してOEM各社は「認知(小脳。センサ、カメラ、レーダの技術)」「操作(小脳。アクチュエータ、走行系技術)」の部分で強みを発揮する。ここの処理システムは車載であり、カメラやレーダなどのセンサデータをリアルタイムで処理するコンピュータだ。ここは日本の自動車業界のプレーヤが強い分野である。
逆に「判断(大脳)」部分においては、グーグルのような強力なITベンダがいない日本の自動車産業は、欧米に比べて遅れているといえるかもしれない。
だが、これは必ずしもグーグルと自動車産業に限っての話ではない。広告⇔製造の産業構造逆転や、OS⇔キャリアの産業構造逆転に見られるように、IT技術が製造業を初めとする産業構造をどう変えてしまうのか、変わっていく構造の中で既存事業者はどのように生き残りを図るのか――という話に通じる。他の製造業においても、こうしたグーグルとのサバイバルをかけた競合関係は、今後も間違いなく巻き起こるものと考えられる。

車載HMIにおいて世界をリードする日本自動車産業

そうはいっても、自動運転カーはここ5年、10年で大きく普及するわけではない。2020年実現という声もあるが、それは一部の高速道路や特別地区での利用に限られる。自動運転カーの一般道路での実現は2030年、2040年というレベルであろう。一見、欧米のIT関連企業が攻め込み、自動車産業が守勢に入っているような流れで語られているものの、実際にはここ2020年までの企業動向によって、2030年、2040年の未来の姿などいくらでも変わってしまう。

車載HMI市場において、2020年までの時間軸で見れば、日本は世界をリードする可能性が高い。これまでの歴史の中で、日本の自動車関連企業は、蓄積してきた車載カメラ、デジタル地図、カーナビゲーション等の情報系システムと、ADASを中心とする制御系の技術を、世界のトップレベルで推進させてきた。この2つの技術を融合させ、最終的には自動運転システムを視野に入れた車載HMIを製品化してくるものとみられる。このように、車載HMIにおいて、日本は世界の中でも優れた技術を保有しており、今後もOEMやTier1が車載HMIの製品化を進めていく。
特に2020年に開催される東京オリンピックにおいて、日本は世界各国から来日する観客に向けて、自動走行カーや交通システムまでを含めて、この車載HMI技術と見識を発信していくだろう。また、今後日本に訪れる高齢化社会における高齢者向けモビリティとも相まって、世界から注目を浴びることは間違いない。それはトヨタを代表とする日本の自動車産業、さらには製造業の希望となり、「3.11東北大震災」からの復興の象徴となるのではないか。

一方で課題もある。こうしたITを活用したプラットフォームやアプリケーションの開発を進めるためには、オープンなコミュニティ(世界中の誰でもが参加して自由に技術開発協業ができるような団体)の構築・運営が必要である。アップルのアップストア、グーグルのグーグルプレイのような、オープンなコミュニティであれば、全世界から多様で優れたアプリが集まってくるため、世界的な標準プラットフォームになりやすい。しかし、一般的に日本の自動車産業では有力なアプリケーションベンダと組んで構築するようなオープンなコミュニティの構築・運営といった前例があまりないことから、今後の車載HMI製品化にむけては、こうした動きも期待される。

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