矢野経済研究所 ICT・金融ユニット

アナリストオピニオン
2012.12.25

位置/地図情報 弱者の戦略『転がる石に苔は生えない』

転がる石に苔(こけ)は生えない

ローリングストーンズは「転がる石に苔は生えない(A rolling stone gathers no moss)」と云う諺(ことわざ)の一部がバンド名だ。その意味は「新しい刺激や環境を求め動く者は、ものの見方や価値観が古びることなく常に新鮮な人間でいられる」というものだという。その点でロックンロールをベースにその時々の流行り音楽に敏感に反応し取り入れていくローリングストーンズは、転がり続けるバンドといえるかもしれない。昨年バンド結成50周年を迎えた。
同バンドのボーカリスト、ミック・ジャガーはYoutubeで観た「Mick Jagger live White House 2012」の映像で、米国大統領バラク・オバマの目前3mのステージで、相変わらず腰をくねらせながら軽やかにステップを踏み歌っていた。ちなみに当時ミック・ジャガーは68歳で、バラク・オバマは50歳。
その諺には前述の意味の反面で、人生どうとでもなれ好き勝手に生きてやれという意味もあるのだが・・・。で、ミック・ジャガーは68歳になっても転がり続けているように見えた。
さて、ここのところ「位置情報/地図情報活用ビジネス市場」に関する調査レポート(2012年12月発刊。スマートフォンにおける位置情報/地図情報活用アプリ13分野別可能性分析など)を作成していたが、調査中にしばしば取材対象者の「転がる石に苔は生えない」的な発言を耳にした。それでミック・ジャガーのライブ映像が妙に頭に残った次第である。

強者スマホOSベンダの位置/地図情報戦略

2012年6月、アップルは世界に向けて、自社オリジナルの位置情報アプリを強く打ち出した。iPhone向け次期モバイルプラットフォーム「iOS 6」を発表し、OS機能として位置/地図情報を付加したのである。それもこれまで採用していた米Googleの地図システム「Googleマップ」を捨て、TomTomとの提携による独自の「Maps」アプリケーションを搭載することを明らかにした。その後、地図の不具合から、iOSは再びGoogleの地図システムのアプリ活用を始めたが、アップルの方針として位置/地図情報を強化していく狙いは変わらない。

そしてスマホOSの覇権をアップルと競い合っているGoogleも半年遅れの12月に、独自の位置/地図情報サービス「グーグルナウ」を発表。同社のタブレット端末「ネクサス7」で初めて提供された。利用者がスマートフォンのカレンダーに入力した予定や検索履歴、GPSに基づく現在地などの情報を連携させ、次の行動を自動的に予測するというもの。例えば、外出する時間が近づくと目的地までの地図を、駅に着けば電車が来る時間を、持ち主に代わって自動的に検索して表示する。アップルの「SIRI」やNTTドコモの「しゃべってコンシェル」など、話しかけると検索を補助してくれるサービスはあるが、「グーグルナウ」では話す必要もないという特徴があるという。

このように2012年はアップル、Googleというスマートフォンの2大OSベンダが、次世代戦略の鍵として位置/地図情報をかかげた年であった。OS内に位置/地図情報を持つスマートフォンが出現したということは、「もはや地図は無料という時代が到来した」ということを意味する。もちろん有料地図サービスは精度の点ではるかに高いという違いはあるのだが・・・。だが仮にもOSに地図があるため、単なる位置/地図情報サービスではスマートフォン上の有料ビジネスモデルが成立しにくくなったことは間違いない。
いわば位置/地図情報サービスベンダ(DBベンダ、コンテンツベンダなど)は自社のビジネスモデルを、2大OSベンダによる無料サービスの脅威にさらされた格好になったといえよう。

サバイバル戦略=弱者の戦略

国内の大手デジタル地図DBベンダは数社に過ぎない。だが、携帯電話やスマートフォン向けに位置/地図情報サービスを提供しているコンテンツベンダは大企業・ベンチャー取り混ぜて軽く100社を超えて存在する。この地図情報無料化時代に、これだけ多くの企業は、どのようにしてサバイバルを図ればいいのか、どのようにして利益を得て生き残っていけばいいのか・・・。今回のレポートではそれを明確化するという狙いがあった。

調査を進める中で明確となってきたのは、地図DB市場、地図プラットフォーム市場はOSベンダの地図でまかなわれてしまう部分もでてくるかもしれないという点。だが、逆にユーザが利用するプラットフォームがPCから携帯電話、スマートフォンにシフトしてきたことで、逆に位置/地図情報コンテンツベンダには大きなチャンスが誕生しそうだ。
位置/地図情報アプリはガラ携にも搭載されていたが、ガラ携での使い方は限定的で、位置情報と地図、位置情報とルート案内のように、直接移動する際の利用に限定されているものが多かった。しかしスマートフォンでの位置/地図情報活アプリは多様で、様々な利用シーンが生まれそうであり、スマートフォン自体の重要な機能の1つになっている。

今回の調査対象としたスマホ向け位置情報アプリは,下記のa.~m.の分野に及ぶ。

a.スマホ/携帯電話地図・ナビ・乗り換え案内サイト
b.スポット情報/店舗情報/クーポン
c.位置ゲーム
d.チェックイン/SNS
e.AR
f.トラッキング/セキュリティ/動態管理
g.コミュニティマップ
h.防災
i.位置連動広告
j.ライフログ
k.コンシェルジュ
l.行動予測
m.ギャザリング
 

こうした多様な位置/地図情報アプリのプレーヤ達の、OSベンダに対する姿勢は反発、抗い、戦い、恐れ、というものではなかった。そこに見られたのは、「OSベンダを脅威には感じていない」「ベンチャーではきめ細かいニーズを取り込みニッチ領域で戦うことが必要と考えている」「むしろそれらOSベンダのプラットフォームを基点とした新サービスを作っていきたい」という発言であった。OSベンダが支配する市場の中で、「勝つ」ことよりも「自らがサバイバルしていく」ことに主眼をおいた弱者の戦略といえる。
弱者というと少々聞こえが悪いが、2大OSベンダと比べれば、世界中のほとんどの企業は弱者という立場に立たざるを得ない。マーケティングにおける弱者の戦略とは「力のない中小企業は、一つの特殊な分野に特化することで、そこまで手を回す余裕のない大企業の隙を突いてのし上がれる」という力を一点に集中させるニッチ戦略を指す。戦略というと「どうして勝つか」という点に光が当たりがちだが、力の弱いものが生き残るのであれば、それは「勝つ」ことと同義なのである。2012年に公開された邦画「のぼうの城」でもそんなことを言っていた。
また、あのマキャベリを生んだ戦略論の母国イタリアのプロサッカーリーグ「セリアA」でも、弱者の戦略は日常茶飯事である。資金に乏しい下位のチームは、得点を大量に取れるスター選手を獲得できないため、「年間試合の半分以上をひたすら体をはって守り抜くことで引き分け、ポイント1を稼ぎ続け、最後にちょこっと連勝して上位に食い込む」という戦い方だ。“大勝せずとも引き分けで上位”な感じである。一見卑怯のようだが、これにより強い選手不在の下位チームでも希望を捨てずに生きられるのだから軽視できない。

戦略は転がる石

では具体的に、弱者の戦略とはどのような戦略になるか。下記の(1)(2)はよく聞く。

(1)決め細やかな有料サービスでOS内地図と差別化
OSに組み込まれている地図は精度の点で粗さが残る。そこを突いて、きめ細やかで使いやすい有料位置/地図情報サービスでサバイバルを図る。月額300円程度の課金であるのだから。
 
(2)とにかく「ユーザ数(会員数)を確保すること」
NHNのLINEはデータ通信を利用した無料通話サービスだが、2012年には8000万人以上のユーザを獲得した。この抱えた大量ユーザとプラットフォームを提供することで2012年にKDDIと提携が成立し、豊富な資金提供を受けられるようになった模様。とにかく多くのユーザ数を確保すれば道が開ける。
 

だが、ここでNO.1の問題が出現する。対策は「別のアプリ領域を新たに作り出し、そこでNO.1になれ」だ。そこでは「転がる石に苔は生えない」的な姿勢が重要となる。

(3)成功するのはNO.1ベンダのみ
ユーザ数(会員数)を確保するのはいいが、ここでひとつ注意すべきポイントがある。それは「ひとつのアプリ分野において、成功するのはNO.1ベンダのみ」という法則があるらしいのだ。B2Cユーザにとって同じようなアプリはいくつもいらず、有力なサービスひとつが選ばれて生き残る。そこで重要なのは「NO.1になれないことが判明した場合、別のアプリ領域を新たに作り出し、そこでNO.1になればよい」という考え方である。「転がる石に苔は生えない」的な常に新しい刺激や環境を求め動く姿勢が重要となる。
 

さらに転がる石に苔は生えないことの重要性を説く声もあった。

(4)変化を止めず、新たな分野に投資を集中させる
さらにひとつの成功を収めた後でも、「転がる石に苔は生えない」的な常姿勢は重要だ。ARで有名なある企業は、その技術の斬新さに世界中から声がかかり資金を調達できた。だが資金ができても「自分たちはARの専門家」と変化を収束させずに、過去の成功を振り捨て、新しい分野に投資を集中させた模様。この変化が同社を転がる石的なものに位置づけ、業界内外の注目を集め続ける理由となっている。
 

ニッチ狙いはアプリ領域だけでなく、地域限定にも意味があるという。

(5)ニッチ領域は「アプリ分野×地域」で考える
アプリ分野だけで考えるとNO.1になるのは難しいが、ある地域限定でユーザを絞り込んでビジネスモデルを考えると可能性が見えてくるという声もあった。OSベンダは地域ユーザの生の声をきくところまでは降りてこない。したがって地域特有の需要をうまく把握したサービスを展開できれば、弱者といえどもサバイバルできるのではないか。
 

ここではこれ以上のコメントを表記しないが、調査結果としてでてきたのは、単純にOSベンダに脅威を感じず、きめ細かいニーズを取り込みニッチ領域で戦おうと考え、むしろそれらOSベンダとも協調することで、新しいものを作りあげようとする前向きの発言であった。そして過去の成功に留まることなく、新たな目的に投資を集中させようと変化を求める姿勢であった。
位置/地図情報活用ビジネス市場は、OSベンダのような強者だけが生き残る市場になっていくのではなく、これまでの中小国内ベンダは変化し、新たな価値を生み出すことでサバイバルしていくのではないか・・・と感じた。弱者の戦略の狙い通り、強者と正面衝突するのではなく何らかの提携策を模索し、自らも変化し、引き分けを続けながら、「転がる石に苔は生えない」的な姿勢で歩み続けていけるのではないか。
その結果ローリングストーンズのように50周年を迎えることになることが、企業の真の目的ではないにしても。

★追記★
この一文は「国内のベンチャー=善、海外のOSベンダ=敵」という概念で書いたものではありません。ベンチャーが生き延びる上でも「アップルが最大の競合であるグーグルの地図を採用する」という発想、つまり「最良の提携は、最大の敵との提携である」という考え方などは非常に参考になる尊敬すべきものだと考えるからです。

関連リンク

■レポートサマリー
位置・地図情報関連市場に関する調査を実施(2020年)>

■アナリストオピニオン
GAFA対抗プラットフォーム戦略としての自動車

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