矢野経済研究所 ICT・金融ユニット

アナリストオピニオン
2023.08.10

優良観光客を囲い込むデータの利活用

2023年5月に新型コロナウイルス感染症が5類感染症に移行したことで、政府が国民に対して一律に感染症対策を求めることはなくなった。これにより、人々の旅行や外出に対する意欲も上がってきている。およそ3年の間、苦境に立たされていた観光業も回復していくことが予想される。

コロナ禍以降、ビジネスの場ではオンライン会議が普及したり、消費行動においてはECサイトの利用が増加するなどデジタルシフトが進んだ。こうしたデジタル化への意識が高まっているのは観光業でも同様である。そこで観光庁では、DXの推進が観光地における課題の解決につながると考え、2021年度から先進事例の創出のための実証実験等の取り組みを進めている。

観光DXでは、業務の効率化を目指すだけではなく、デジタル化によって収集されるデータの利活用にも注力している。このデータ利活用を実現すべく、各観光地ではツールの導入など様々な取り組みが行われている。中でも積極的に行われているのがCRM(Customer Relationship Management)ツールの活用である。CRMツールとは顧客との関係性を構築するためのツールであり、主に企業が自社の顧客情報を管理するために活用されている。このCRMツールを観光客に対しても活用しようという取り組みとなっている。

 

2022年度の「DXの推進による観光・地域経済活性化実証事業」に採択された三重県の「ロイヤルゲスト育成を目指す観光DX推進事業」ではまさにCRMを活用した施策を実施している。
この事業で掲げているロイヤルゲストについて「三重県内の地域のあり方に共感し、地域に特別な愛着を感じてくれる方」と定義している。ロイヤルゲストは他の観光客に比べて購買行動やリピートが期待できる存在であるため、積極的にアプローチしていくことが非常に重要である。このアプローチを実施するためにはまず、数いる観光客の中から対象となる人物を把握する必要がある。

また、民間企業がマーケティング活動の一環で見込み顧客を育成して購買意欲をあげるのと同様に、観光客についてもロイヤルゲストとなる可能性が高い人物に対して育成を施すことは有効な手段となる。そのため、抽出するのはロイヤルゲストだけではなく、育成の対象となる人物も含まれる。

こうしたセグメンテーションを実施するには、個々の人物に関するデータが必要である。三重県ではデータを入手するためにアンケートシステムや地域OTA(Online Travel Agent)、観光アプリなどで獲得できるポイントを共通化し、蓄積されたデータをCRMに一元管理する仕組みを導入した。これによりポイントを基に観光客のセグメンテーションを行うことが可能となり、ロイヤルゲストの特定や育成といった施策ができるよう整備した。

 

結果的にこの事業によって得られたデータから、具体的にどういった行動をとっている人物をロイヤルゲストにすべきか定義を精緻することができたという。また、周遊地数が少ないなど一見、ロイヤルホストとは関係がないように見える人物の中にも消費額が多いユーザーや地域周遊数が多い県外のユーザーが多数含まれていることが明らかになった。こうした結果を踏まえて、それぞれに対して最適なアプローチを実施し、ロイヤルゲストの育成を行うといった方向性を定めることができたという。
今後について、さらなる蓄積データの充実化を目指し、自治体や企業が実施している既存事業や、ふるさと納税、移住等の幅広い施策とのデータ連携を進める意向である。

今後こういった事例が増えていくことでデータを活用した観光DXの取り組みは活発化することが予想される。しかし、データを利活用する仕組みを整えるのは簡単なことではない。

第一に資金が必要である。CRMといったデジタルツールの導入・利用には当然、費用が発生する。自治体内部で財源を確保することが理想だが、難しい場合には国の事業で給付している交付金を活用するといった対応が必要になる。
また、ツールは単純に導入すればよいというものではなく、導入までにも現状の課題整理やツール導入に係る目的の明確化など検討しなければならないことは多い。無事に導入してからも、効果を高めるには常にPDCAサイクルを回す必要がある。この導入からPDCAサイクルまでを円滑に実施するには、マーケティングに関する知見が必要であり、自治体内部だけで完結させることは難しい。現在こうした課題に対しては外部から有識者を招き入れるという対応が取られている傾向がある。実際に観光DX推進において構成される組織には自治体の担当者以外に、ITベンダーやコンサルティングファームの企業の人材なども含まれていることが多い。

そして、実際にデータ利活用を始めるにあたり課題となるのがデータ収集だろう。民間企業がデータドリブンマーケティングを実施する際には基本的に自社で保有するデータを管理・統合することになる。しかし、観光においては個々の店舗や宿泊施設などがそれぞれでデータを蓄積しているため、観光地が一体となってデータ利活用に取り組む必要がある。さらに、各店舗や施設が協力の意思を見せてもそれぞれが保有する顧客情報をデータとして管理しているとは限らない。小さな施設であれば紙を利用して管理していることも十分に考えられる。そのため、デジタルを活用した顧客管理の実現とそれらを統合する仕組みを設計することで、初めて観光地全体の顧客管理を行うことができる。
ただし、この点については初めから観光地全体でデータ利活用を始める必要はなく、最初は一部施設で共通のシステムを利用するなどスモールスタートで開始して徐々に拡大していくことも可能だろう。

 

こうした自治体によるデータ利活用の促進については観光分野にとどまらない。現在、多くの自治体で取り組みが進められているスマートシティでもデータ利活用が焦点となっている。データ連携基盤を活用することでヘルスケア、防災、教育、観光など様々なサービスで得られるデータの活用に取り組んでいる。

このように多くの分野でデータ利活用を進められているが、その中で観光については他の分野とは異なるメリットがあると考える。それは地域経済の活性化である。他の分野については公共サービスとしての意味が強いため、無料あるいは低料金での提供が基本とされ、収益の確保が難しい側面がある。一方で観光についてはデータ利活用が促進されると地域の施設や店舗の売上に直接影響するのである。こうしたビジネスモデルの確立が期待できるという点は継続して事業を続けていく上で重要な点になるだろう。

 

人々の旅行への意欲が戻ってきている現在において、観光DXを推進することは地域活性化に非常に有効な手段となる。消費者の立場としても自身に最適なサービスを受けられることは嬉しいことである。私自身、過去に何度か赴いている観光地がある。そうした地域からロイヤルゲストとしてサービスを受けられるとすれば、ついつい足を運んでしまうだろう。このように観光客を呼び込む施策としてデータ利活用の重要度は高まっていくことが予想される。

今野慧佑

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■レポートサマリー
デジタルマーケティング市場に関する調査を実施(2023年)

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今野 慧佑(コンノ ケイスケ) 研究員
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