2021年1月のアナリストオピニオンでも記載したように、超高速社会の基盤の1つとして量子コンピュータの研究開発が世界中で進められている。そうした中、ハードが完成したとしても、活用できる人材やアプリケーションが揃わなければ、宝の持ち腐れであり、市場の拡大も見込めない。
こうした「量子コンピュータを活用できる人材」について、メディアなどでは「量子人材」との言葉で表現、目立ち始めているものの、具体的にどんなスキルを持った人材なのか、正直、よく分からないうえ、誰かが定義しているわけでもない。そこで本稿では、当社が考える「量子人材」について求められるスキルセットを含めて発信してみたい。
量子人材にフォーカスする前に、量子コンピュータとは何かを定義しておく必要がある。当社の量子コンピュータの定義は、「あらゆる産業において量子コンピュータがもたらす影響度合いを注視せよ」でも記載したように、当社では、「量子状態を管理し、特定のルールで操作することにより、粒子と波の二重性や重ね合わせ、量子もつれなどを利用し計算を行う計算機」である。
こうした量子コンピュータを活用したプロジェクトを進めるうえでは、ベンダー側、ユーザー側に相応の人材を揃える必要がある。特に量子コンピュータの活用に際しては、ユーザー自身が「この業務であれば、この場面であれば量子コンピュータが活用できる可能性があるかも!」と積極的に探索、発掘しなければ、プロジェクトはスタートしないため、重要である。
さて、次項から具体的に「量子人材」の具体化にチャレンジしてみよう。
■ベンダー側
●ベンダー側の量子人材とは
2021年10月に『2021 量子コンピュータ市場の現状と将来展望』において実施した取材結果に加えて、データサイエンティストの定義を参考に量子プロジェクトに携わる人材の定義、必要となるスキルの考えてみたい。
まず当社では4人材(アルゴリズム開発者、量子コンサルタント、量子アーキテクト、プロジェクトマネージャー)を必要な人材として定義した。狭義の「量子人材」とした場合には「アルゴリズム開発者」が該当する。
特に狭義の量子人材(=アルゴリズム開発者)は、高度な数学や物理学の知見を求められるため、既に世界中でハーバード大学やトロント大学、ウォータールー大学をはじめとした博士課程の学生の獲得競争が始まっている。実際に筆者が取材した企業では、アイビーリーグを筆頭に世界ランクの高い大学の博士課程を中心に、高度な数学人材や物理学人材を含めた人材が在籍、積極的に採用に動いているとされる。
次にアルゴリズム開発者に求められるスキルセットは、大きく①高度な数理的知見(量子関連の知見/数理最適化の知見)、②エンジニアリング力(問題を定式化・解く/システムへの実装)、③ビジネス力(=問題を発掘する能力)で区分している。詳細は「図表:矢野経済研究所が考える量子プロジェクトに携わる人材の定義」を見て頂きたい。 こうした人材は、取材した感覚ではあるものの、数人~多くても数十人程度/社程度であり、筆者は日本国内に限った場合、現時点で100~150人程度に留まると想定している。
【図表:矢野経済研究所が考える量子プロジェクトに携わる人材の定義】
矢野経済研究所作成
●育成方法
こうした量子人材はどのように育成していけばよいのか、少し踏み込んでみたい。各社さまざまな取組みを行っており、概ね3つに分けられる。まず大学や人材育成会社との協業がある。NECやblueqatは2021年5月から東京大学大学院理学研究科に「量子ソフトウェア」寄付講座を開設しているほか、日立製作所は子会社の日立アカデミーとともに研修プログラムの開発を進めている。
また、ハッカソンを通じた人材育成として、フィックスターズが2021年3月に「Fixstars Amplifyハッカソン」を開催、高校生や大学生を中心に、初めて量子コンピュータに触れた方々から多くの提案が集まるなど人材育成の場となっている。
加えて、その他の取組みとして、日立製作所はIPAの未踏ターゲット事業のうち、アニーリングマシンを活用した取組みを通じて、量子ソフトウェアの開発人材の育成に取組んでいるほか、グルーヴノーツは自社製品のMAGELLAN BLOCKSの機能向上は、人材育成の補完的な意味合いも含まれていると指摘する。
■ユーザー企業側
●ベンダー側の量子人材とは
続いてユーザー企業側における人材についても必要となるスキルの定義を試みたうえで、優先順位をつけてみたい。当社では、取材をもとに大きく3つの能力が求められるものと考える。まず「量子コンピュータに対する理解力」がある。業務課題の解決に際して、量子の特徴など基礎知識を身に着けておく必要がある。
次に「量子の活用可能性を考慮した業務課題の発見力」である。新機能材料や化合物の探索など既に古典コンピュータについて計算の限界が来ている領域では、量子コンピュータの活用が比較的容易に想定される。
しかし、そうした領域は一部に留まっており、多くは既存の業務の中での活用となる。そうしたなか、仮にベンダーとともに適応領域を探索するとしても、ベンダー側はユーザー側の現場の課題を細部にわたり把握しているわけではない。このため、ユーザー企業主導で最適化や候補の探索、自動化など、量子を活用できる可能性のある業務課題を探索していく必要がある。また、当該課題は、どのような制約条件から構成されているのか分解して考える能力が必要と考える。
そして、「数理的な理解・応用力」。現状、量子コンピュータを活用するうえでは、数理モデルの構築やモデルへの変換などが必要となる。ただし、Jij社の「Jij Zept」を用いて量子コンピュータに計算させるために必要なフローを一定程度自動化できるため、同能力については現状必要であるものの、将来的には不要となる可能性があることから優先度合いとしては「△」としている。
【図表:矢野経済研究所が考えるユーザー企業における量子人材の定義】
矢野経済研究所作成
●育成方法
ユーザー企業側の人材育成について、量子コンピュータに関する知見を蓄積すべく座学と併せて、実際に課題を持ち寄りディスカッションするなかで、「量子の活用可能性を考慮した業務課題の発見力」を身に着けていく育成方法があろう。
既にベンダーが提供している取組みとして、座学の面ではNECの提供するハンズオンセミナーでは量子に関する知見と併せて、応用事例なども踏まえて知見を獲得していく。また、ディスカッションとしては前述のハンズオンセミナーのほか、量子技術による新産業創出協議会では、協議会内に複数の分科会を設置。分科会の中で知見の共有やディスカッションを通じてユースケースを作っていくとする。
また、2021年9月に発足した「量子技術による新産業創出協議会」においても量子人材の育成に取組んでいくほか、仏QuantFiでは量子金融を体系的に学べるトレーニングコース「金融のための量子アルゴリズム (Quantum Algorithms for Computational Finance)」を英語版で提供しているほか、2021年9月から日本でも金融業界および大学や研究機関向けに日本語字幕をつけたトレーニングコースを開始している。
現在、内閣府において「量子技術イノベーション戦略」の見直しに向けた会議が行われており、そうした会議の中でも人材育成が議題として挙がる見通しときく。量子ソフトウェアやアプリケーションの開発と並行して、実際にそうしたツールを業務に適用していくうえで、ユーザー企業側にベンダーと議論できる人材を増やしていくことが強く求められる。
最後に今まで記載してきた量子人材が支える量子コンピュータ市場規模について、2021年度には139億4,000万円、2025年度に550億円、そして2030年度には2,940億円と急速な推移を予測している。
レポート執筆に際して、2050年までの量子活用ロードマップの作成に際して、2020年に発刊した同レポートからの見直しを行っていたところ、学術用途に加えて、化学分野や金融分野、材料化学、リコメンド広告など、徐々に活用に向けた実証実験の幅が明らかに広がってきており、徐々に量子人材が出てきていることを実感している。
これから本当に量子コンピュータ市場が急速な伸びに向かっていくかどうかは、ハードやアプリケーションなどのIT的な側面のみならず、適用領域をいかに開拓していけるかに掛かっている。同市場を支える方々のモチベーションや量子コンピュータ領域へのIT投資の増額に向けたご努力に、市場規模が役立てば幸いである。
(山口泰裕)
■レポートサマリー
●量子コンピュータ市場に関する調査を実施(2021年)
●量子コンピュータ市場に関する調査を実施(2020年)
■アナリストオピニオン
●あらゆる産業において量子コンピュータがもたらす影響度合いを注視せよ
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