矢野経済研究所 ICT・金融ユニット

アナリストオピニオン
2021.07.19

アフターコロナの企業の課題

財務省が2020年10月30日に発表した2019年度の法人企業統計では、企業が蓄えた内部留保に当たる利益剰余金が、前年度比2.6%増の475兆161億円となり、8年連続で過去最高を更新したという。消費税増税や新型コロナウィルス感染拡大による景気の先行き不透明感を背景に、企業が投資を抑制し、内部留保が一段と積み上がったとされている。
企業の内部留保、つまり利益剰余金は2009年頃の200兆円台後半から一貫して増え続けており、この10年程度で200兆円近く増加している。さらに言えば、あのバブル経済当時は200兆円にさえ届かなかったにも関わらず、現在はその倍以上に膨れ上がっているのだ。
過去、バブル経済の崩壊、リーマンショックを経て、近年の企業は目先の利益を優先する姿勢を顕著にするとともに、将来のリスクに対して内部留保をできるだけ積もうとする極めて保守的な姿勢を貫いてきていると言えるのではないか。こうした中、誰もが予想しなかった新型コロナウィルスというパンデミックが起きたことにより、今後ますます企業の保守的な姿勢が強まる可能性は否定しがたい。

一方、売上総利益に占める人件費の割合は、1980年以降、好不況の波に合わせて上下してきたものの、2000年代以降は低下傾向にある。2018年の人件費割合は54.8%、2018年と景況感の近い2005年は57.1%で、2ポイント以上比率が低下している。ここ10年は企業が人件費やそれ以外の販売費及び一般管理費を減らして、営業利益率の確保に励んだという構図になっていると言えそうだ。企業が内部留保を積み上げているにも関わらず、人件費に配分しないことがデフレ経済を招いているという意見は根強い。
また、当社が毎年実施している国内企業のIT投資の動向調査によれば、近年の日本企業のIT投資額は、年によって上下はあるものの、やはり概ねほぼ横ばいで推移していると言ってよい。日本の設備投資全体を通して見ても、傾向は同様である。

こうしたことから、リーマンショック後、企業は業績を改善させるべく目先の利益の確保を優先し、積極的に人件費を引き上げるわけでもなく、人の代わりにITや設備に積極的に投資している状況でもないと言うことができるだろう。
一方、近年IT業界では様々な新しい技術やソリューションが提案されており、ビッグデータ、IoTは言うまでもなく、コロナの流行に合わせてDXがある種バズワードのようになっているほど、新しい技術に対する関心度は高い状況である。

しかし、実際には多くの分野で様々なソリューションが提案されながらも本格的な導入に至らないという状況も同時に起きている。市場関係者の話を聞いていると、実証実験は多数やらせてもらうものの、結局は大半が実験止まりとなり、本格導入には至らず終了するということが何度となく繰り返されているという。彼らは、事業者側がROI をきちんと提示できないことが本格導入されない原因であると説明する。もちろん理屈としてはその通りであると言えるが、根底には上述のようなユーザーサイドの姿勢が大きく影響していると感じている。

日本の多くの企業経営者は、バブルの崩壊、リーマンショックを通じて、企業の短期の利益と将来の未知のリスクに備える姿勢を優先し、リスクの高い将来に向けての戦略的な投資に対しては長らく及び腰になっていると言えるのではないか。しかし、現在のようなIT化社会において、人にもITにも積極的に投資することなく、将来の成長への道筋をどのように描いているのであろうか。

この数十年、日本のGDP成長率は低迷し、世界の多くの国に後れを取るようになってきている。この理由の一つが国内企業のこうした保守的な姿勢にあるのではないかと考えている。しかし、新型コロナウィルスというパンデミックが起きる中、これを企業変革の千載一遇の機会と考え変革を起こすか、更なる保守的な姿勢を強化すべき要因と受け取るかによって、それぞれの企業の5年後が占えるのではないだろうか。
また、国は、デジタル庁の役割を単なるIT化に立ち遅れた行政対策に留めることなく、官民挙げた国としてのデジタル戦略を積極的に示し、その実現にリーダーシップを発揮する存在に位置付けてもらいたいものである。

野間博美

関連リンク

■レポートサマリー
国内企業のIT投資に関する調査を実施(2021年)
工場デジタル化市場に関する調査を実施(2021年)
ERP及びCRM・SFAにおけるSaaS利用状況の法人アンケート調査を実施(2020年)
DX(デジタルトランスフォーメーション)に関する動向調査を実施(2020年)

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野間 博美(ノマ ヒロミ) 理事研究員
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