矢野経済研究所 ICT・金融ユニット

アナリストオピニオン
2020.03.16

働き方改革最前線~ITベンダの先進事例4選~(前編)

2019年4月から「働き方改革関連法」が順次施行され、時間外労働の制限や年次有給休暇の取得など、各企業が法規制への対応に追われた。2020年4月からは、時間外労働の制限が中小企業にも適用予定であり、社内制度の見直しや新たなツールの導入など、働き方改革の裾野は更に拡大していくだろう。
また、直近では新型コロナウイルス感染症の影響に伴い、大手企業を中心としてテレワークを実施するとの報道が相次いだ。世間では大きな注目を集めており、テレワークを中心として働き方改革の取り組みが加速する可能性も考えられる。

今回は、ITベンダ4社が実践する働き方改革の事例を「制度」と「設備」の2軸で紹介する。情報通信業のテレワーク利用率は、39.9%(2018年)と全業種の中で最も高く、また、前年比8.8%増と取り組み状況が進展している※1。その情報通信業の中でも先進的な取り組みを行う各社は働き方改革にどう取り組み、どのような成果を上げているのだろうか。前編では、日本マイクロソフトとSCSKの2社を紹介する。

※1:総務省「平成30年通信利用動向調査」(2019年5月)

日本マイクロソフト

日本マイクロソフトは、2007年の在宅勤務制度の導入以降、10年以上に渡り、働き方改革の取り組みを継続している。Office 365、TeamsやSurfaceなどの自社製品・ソリューションを活用しながら、最適な働き方をトライアンドエラーで模索し、現在のスタイルを作り上げてきた。

■最大のインパクトは固定電話の廃止
働き方改革を本格的に実践し始めた初期段階で、最もインパクトが大きかったのが、2011年2月に現在の品川オフィスへの移転を機に実施した固定電話の廃止だったという。「場所」の制約が一切なくなったため、テレワークやフリーアドレスの普及に大きく貢献した。現在はインターネット回線を使用し、Microsoft Teamsを通じてPCやスマートフォンに直接架電されるようにしている。

■テレワーク普及までの長い道のり
2007年から在宅勤務制度を導入していたが、当時活用する社員は多くなかった。転機となったのは、2011年3月の東日本大震災。1週間の出社停止となり、必然的に在宅勤務を行う状況になった。Office 365やSkype for Business(現在のMicrosoft Teams)を活用し、在宅勤務で業務や会議を遂行できたことで、従業員の中でテレワークを活用する機運が高まった。
ただ、その後すぐにテレワークが普及した訳ではない。2012年3月に「テレワークの日」を1日設け、全社員が出社せずに働く日とした。2013年はそれを3日に増やし、2014年からは「テレワーク週間」として賛同する複数企業とテレワークを実施した。
そして、2016年5月に就業規則を変更。「フレキシブルワーク」と称してテレワークの利用頻度・期間・場所の制限を撤廃し、利用申請も不要にした。現在では、社員のほぼ100%がテレワークを活用している。会議は「オンライン+Face-to-Face」もしくは「オンラインのみ」の2種類が中心で、オフィスへの出社を前提とした会議のセッティングは行わない。

■テレワークの永遠の課題とは
テレワークの制限がないため、利用頻度は個人のスタンスに起因する。難しいのは、マネージャがFace-to-Faceのコミュニケーションを好む場合、部下のスタンスとは関係なしに部下がオフィス勤務中心になることである。会社としては、個人と組織がポテンシャルを最大限発揮できることが重要であるため、テレワークを推奨する訳でもオフィス勤務を否定する訳でもない。個人の裁量に委ねられる部分は永遠の課題である。

■フリーアドレスの運用で見えてきたこと
フリーアドレスは、社員の約8割に適用している。業務上、専用デバイス/ソフトウェアを活用する必要性が高い部門は固定席となっている。
フリーアドレスを運用する目的は、コラボレーションの促進とコミュニケーションの活発化である。ただ、各自が効率的な働き方を模索する中で、荷物の出し入れが便利なロッカー近くの席が定番席になっていたり、在席確認がしやすいため部署で近くに集まったり、といった傾向が出てきている。フリーアドレスを運用する中で最適化してきた結果とはいえ、本来の目的から離れてきている。このような状況を一度リフレッシュさせるため、2020年実施のオフィスリノベーションを機にフリーアドレスの席を作り替える予定である。

■テレワークが普及する中でオフィスの意義は?
働く場所が多様化する中で、オフィスの存在意義、オフィスに出社する意味は何であろうか。同社では、(1)Face-to-Faceでコラボレーションするため、(2)集中して仕事するため、の2点を挙げ、それらを実現できるオフィス環境を整備している。
電話やテレビ会議で活用する「フォンブース」や3~4人で会議ができる「フォーカスルーム」、他にも「ミーティングルーム」や「ファミレスブース」などのスペースが設けられているが、全スペースに電話会議用のディスプレイとホワイトボードが用意されている点が共通している。設備条件に左右されず、人数や目的、気分に応じて自由にスペースを選択できるようになっている。
 品川本社の19階には、全社員に関係する設備が集められた「ワンマイクロソフトフロア」がある。社員食堂やヘルプデスク機能、社内イベント用セミナールーム、ピクニックエリアなどが設けられている。社員食堂の飲食スペースを仕事のデスクとして活用したり、ソファスペースで仮眠を取ったりと各自が自由に利用している。

■トライアンドエラーで最適化
日本マイクロソフトでは、働き方改革の取り組みを開始してから10年以上が経過した。様々な取り組みを実践して定着させてきた同社だが、トライアンドエラーの繰り返しを経て現在の制度や設備となっている。ただ、これが完成形ではなく、同社では今後も個人と組織のポテンシャルを最大限発揮できる環境づくりを継続する。そして、自社実践の経験や学びを顧客と共有し、同社の掲げる「ワークスタイルイノベーション」を推進していく。

SCSK

SCSKでは2009年当時の社長が現場に危機感を抱いたことが働き方改革推進のきっかけだった。そこからトップダウンで労働環境の改善に向けた数々の取り組みが行われ、現在では働き方改革先進企業の1社となっている。同社では、働き方改革の3つの柱として「スマートワーク・チャレンジ」「健康わくわくマイレージ」「どこでもWORK」を実施してきた。

■スマートワーク・チャレンジで労働環境を改善
2013年4月に、月間平均残業時間を20時間以内に削減し、年次有給休暇取得日数を20日、つまり100%取得させる取り組みを実施した。2008年時点での平均残業時間は35.3時間、有給休暇取得日数は13日だった。残業時間の削減で浮いた残業代を社員に全額還元させる施策や、有給休暇の取得推進に向けた全社一斉休暇取得日・取得奨励日の設定など、トップダウンでの施策が行われた。その結果、2017年度実績で平均残業時間が16.4時間、年次有給休暇日数が18.8日となり、労働環境が大幅に改善された。2015年7月からは固定残業手当の制度を導入。残業の有無に関わらず、20時間分の残業代を予め支給することで、残業時間が短い方がインセンティブのある仕組みとした。

■社員一人ひとりの健康が資本
健康な状態で100%の能力を発揮できている状況が重要という考え方から、2015年に「健康わくわくマイレージ」の取り組みを開始した。朝食やウォーキングなどの「行動」と健康診断の「結果」に対し、一定基準を達成した社員にインセンティブを支給する制度で、従業員に対し健康意識の向上を働きかけた。他にも、社員専用の診療所「SCSKクリニック」や、安価でマッサージが受けられるリラクゼーションルームなど、社員の健康に関する施策がいくつも行われている。

■どこでもWORKで柔軟な働き方を
2015年10月より「どこでもWORK」の施策の一つとして、テレワークを導入している。当初はスモールスタートで対象社員や利用回数を限定して実施したが、2017年8月より全社員が月8回まで利用できる制度となった。テレワークの際は自前のPCを活用し、会社で使用しているPCは会社から持ち出さない。自宅以外では、サテライトオフィスを活用することも可能である。どこでもWORKの普及により、産休・育休明けの社員が復帰しやすい環境になったという。

■フリーアドレスでの課題と工夫
ほぼ全社員がフリーアドレスに適用している。フリーアドレスに移行するにあたり、最も苦労したのは紙を捨てることだった。一人に割り当てられたキャビネットは決して大きくなく、必要最小限の荷物にする必要があったため、資料をPDF化するなどして対応した。また、フリーアドレスでは各社員の居場所がわからないため、オフィスに掲示している座席表に名前が記載されたマグネットを置いたり、部門によっては、無線タグを着用し、ブラウザ上で互いの在席状況を確認できるようにしたりしている。

■生産性向上に繋がるオフィスづくり
社員一人ひとりの生産性向上を目的とし、オフィス環境を整備している。パーテーションで囲まれた集中席は、資料作成など集中したい時に活用する。また、リフレッシュする空間として社内にカフェがある。頭の中を整理したい時やリラックスしたい時に使用し、カフェ内では打ち合わせなどの仕事をするのが禁止となっている。

■最高のパフォーマンスに繋がる環境整備
SCSKでは、数々の施策をトップダウンで着実に実行してきた。働き方改革推進の根底にあるのは、同社が掲げる「社員が心身の健康を保ち、仕事にやりがいを持ち、最高のパフォーマンスを発揮してこそ、お客様の喜びと感動につながる最高のサービスができる。」という考えである。
長時間労働では社員の心身は害され、劣悪なオフィス環境では最高のパフォーマンスを発揮できない。高い生産性を発揮できる環境を制度と設備の両面で整備したからこそ、SCSKは残業時間の削減と増収増益を両立させている。

日本マイクロソフトとSCSKの実践から見えてくるもの

両社の実践では、「ABW(Activity Based Working)」のワークスタイルであることが共通している。ABWとは、従業員が業務内容に合わせて労働場所を自由に選択する働き方であり、オランダのコンサルティング企業が1990年代から提唱し、日本でも導入が進み始めている。
ABWのメリットの一つに生産性の向上が挙げられる。業務内容に応じて適した空間を選択できるため、従業員は各業務を最も効率の良い状態で進められる。日本マイクロソフトもSCSKも、一人で集中できるスペース、少人数で打ち合わせできるスペース、リラックスできるスペースなど多くの空間を設け、従業員が自律的に選択できる環境が整備されている。

働き方改革の文脈では、法規制等の影響から総労働時間の削減が注目されがちである。しかし、最も重要な視点は、限られた時間の中で最大限の能力を発揮できること、つまり高い生産性である。両社は、オフィス環境の側面からアプローチを実施し、従業員の生産性向上に寄与している。

日本の時間当たり労働生産性(就業1時間当たり付加価値)は、46.8ドルで、OCED加盟国36か国中21位、主要先進7か国では最下位である※2。働き方改革に取り組む企業が増加する中で、総労働時間の削減だけでなく一人ひとりの生産性に着目し、従業員が最大限の能力を発揮できる環境づくりが求められる。

※2:公益財団法人日本生産性本部「労働生産性の国際比較2019」(2019年12月)

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