矢野経済研究所 ICT・金融ユニット

アナリストオピニオン
2020.03.02

ITとオフィスの複雑な関係

先日まで屋内位置情報ソリューションのレポートを作成していた。GPSとスマホの普及により、屋外ではいつでも簡単に自分の位置が把握できるようになり、今や位置情報と地図情報は我々の生活では欠かせないツールとさえなっている。しかし、GPSの電波が届かない屋内においては、未だ位置情報は殆ど普及していないのが現状である。都会の広大な地下街において、スマホ片手に自分の今いる位置がわからなくなって困った方も多いのではないだろうか。現在、一般消費者が屋内で位置情報を把握する方法としては、スマホに搭載されているBluetoothやWi-Fiなどを利用する他、多様な技術があるのだが、まだデファクトとなる技術も定まっておらず、普及の目途が全く立たないような状況である。

コンシューマ向けにはそのような屋内の位置情報市場ではあるが、一方で業務用途での普及が先行しつつあり、工場やオフィスにおいては、次第に実績が積み上がりつつある。中でも、ここに来て急速に導入が進展しているとされるのがオフィス分野である。その背景として働き方改革などの影響から導入が進んでいるフリーアドレスオフィスの影響があるという。従来のように席が固定しているオフィスの場合、見える範囲なら相手の在席状況で、見えない範囲ならば例えば内線電話等で、用のある相手の所在を確認することができた。しかし、フリーアドレスになることで、用のある相手の所在はおろか、在席していてもその場所がわからなくなってしまったのである。だが、屋内位置情報システムを導入することで、フロア内にいる全社員の居場所が把握できるようになり、用のある相手が今いるのかいないのか、いるならどこにいるのかなどが一目で分かるようになるのである。相手の居場所がわかれば、訪ねて行って直接面と向かって話すことができるようになり、フリーアドレスのひとつのデメリットを解消できるようになる。屋内位置情報のベンダーに依れば、フリーアドレスの拡大ともに、大手企業からの引き合いが日々大量に来ているという。

フリーアドレス化のメリットには、コミュニケーションパフォーマンスが高くなる、コラボレーションが促進される等の他に、ひとりあたりのオフィススペース削減の効果も大きいという。最近はフリーアドレスを採用したというIT系企業の話を良く聞く上に、ペーパーレス化の効果もあるだろうから、IT業界のオフィス需要は年々減少しているのではないか思い、少し調べたところ状況は大きく異なっていた。

主要都市のオフィス需給は益々逼迫しており、東京等では供給量も大きく増えているにも関わらず、空室率は空前の低水準であるという。その要因としてIT系企業の人員の増加に伴う需要が強く、2019 年に竣工した東京の主なビルでもIT企業の入居が目立つという。このように各地のオフィス需給のひっ迫はIT系企業の需要拡大による部分が大きく、人手不足が続くなか、若くて有能な人材を確保するには、良好なオフィス環境が必要であり、立地だけではなく内装や共用スペースを重視するテナントも増えているという。たとえばオフィス内にカフェを作ったり、ミーティングや協業するためのフリースペースを多く作るなど、通常の執務スペースだけではない、プラスアルファのオフィス需要が需要に貢献しているそうである。

本来時間や場所の制約を取り払い、自由な働き方も促進するのがITの特徴であるにもかかわらず、IT業界でも全員がますます一か所に集まって、大規模なオフィス空間を利用しているとは、何とも皮肉な現象である。特に働き方改革のひとつのソリューションとして期待されているのがリモートワークであるにも関わらず、である。日本は総じて国土の面積が狭く、通勤が比較的容易であることから、リモートワークが普及しづらいと言われてきた。しかし、育児や介護中の従業員にとっては、オフィスに毎日通勤することなく働けるリモートワークは好ましい働き方である。しかし、一方でオフィスの環境が益々充実すれば、それを享受できないリモートワーカーには逆に不利益になるようにも思われる。

また、リモートワークは地方創生に少なからず貢献すると期待されてきたが、実際には東京一極集中は益々進んでいる状況である。通勤に伴う様々なロスは大きな社会的コストになっており、通勤時間によるロス、ラッシュアワーに伴うロス、都心の一等地に大量のオフィスを構えるロスなどは、日本に特有のものである。しかし、フリーアドレスオフィスは、その解決策としてはあまりに微力であると感じさせられる。

日本には世界的に競争力のあるIT系企業は少ない。名ばかりの働き方改革ではなく、真の意識改革がなければ、日本のIT系企業の競争力は一向に高まらないのではないかと感じさせる話題であった。

野間博美

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野間 博美(ノマ ヒロミ) 理事研究員
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