矢野経済研究所 ICT・金融ユニット

アナリストオピニオン
2018.06.12

CPS時代を迎え、注目されるPHM(Prognostics and Health Management)

PHMとは

保全関係者で注目されつつあるPHMという言葉をご存じだろうか。
PHMとは、Prognostics and Health Managementの略であり、「故障予測と正常性の管理」などと訳される。その目的は、保全に係る時間とコストの削減・最適化であり、具体的には、状態監視や診断技術などを用いて故障を減らすことで、ダウンタイムを無くし、生産効率・設備効率を上げようとする考え方や取り組みのことを指す。

国内の製造業ではAIブームを受けて、“故障予知”が大いに期待され、多くの企業が手探りでデータ解析に乗り出した。しかしながら、その道のりは険しく、成果がでているとは言い難い。そのようななか、海外で先進的に研究されてきたPHMが、手がかりになるのではないかと注目されている。

PHMは、もともとは軍事業界、航空機業界で研究が重ねられてきたものだ。パーツやコンポーネントの状態をリアルタイムでモニターすることで障害を予測し、適切な処置を行うことで、航空機の整備をプロアクティブに実施することを意図して研究された。

PHMの目的は、次の3つからなるとされている。AIブームにより、統計やマシンラーニングなどによるデータドリブン手法がもてはやされたが、PHMではそうした手法のみならず、物理原理・現象論に基づく物理ベース手法も重視している点が一つの特徴である。

(1) Diagnostics
機器の状態を把握することで、異常の予兆を捉える(Anomaly detection)、不具合の種類・箇所を特定する(Fault Isolation)、また不具合の程度を知る(Fault identification)こと。
 
(2) Prognostics
機器の劣化進行をモデリングすることで残寿命(RUL)を予測すること。
 
(3) Health Management
Diagnostics/Prognostics の結果およびその他利用可能な情報やオペレーション上の要求に基づいて、メンテナンスやロジスティクスに関する適切な意思決定をすること。

(出所:株式会社電通国際情報サービス 資料による)

協会としては、PHM Societyがあり、PHMの発展を支援する非営利団体として設立されている。昨年(2017年)は初めてアジア地区(韓国)で年次総会が開催されており、日本からは東海大学 教授の今村誠氏が共同議長として出席している。

CPS時代に必要な物理メカニズム把握の取り組み

PHMが期待されるのは、AIの失敗が背景にあるといえる。データを集めただけでは故障予知するのは容易ではなく、その現状については、昨年、『2017 製造業のIoT活用の実態と展望 -保全・故障予知の現状とAI(人工知能)の可能性-』において詳細をレポートした。

しかし、“AIは使えない”といって、故障予知をはじめとする製造現場への適用を取りやめるわけにはいかない。CPS(サイバー・フィジカル・システム)やインダストリー4.0などのコンセプトが、製造業のありようを変えようとしているからだ。この変革からは逃げるわけにはいかない。
特に重要なのはCPSだ。ゴールは故障予知ではなく、CPSを見据えなければならない。

CPSは、物理的なものと瓜二つのものをサイバー空間上で再現しようという試みである。CSPとほぼ同義語でデジタルツインという言葉があるが、まさに“デジタルの双子”を作ろうとするものだ。

しかしながら、製造現場におけるフィジカルの世界は、まだまだ理解できてないことがほとんどである。3D CADで見た目上は双子を作れたとしても、製造システムとしての再現度はまだまだ低い。

そしてCPSを完成させるためには、メカニズムの解明が不可欠だ。今後、たくさんのセンサーデータを取ることで、これまで想定していなかったような挙動などが可視化されていくだろう。工学系の知見に加え、データ分析やAIなどを活用することで、工場システムのメカニズムの解明が試みられるだろう。故障予知は、その第一歩として格好の研究対象といえる。

これからは物理とサイバーは密接不可分なものとして存在することになる。故障予知の研究を通じて、工場や製品のシステム全体に対するメカニズムを理解していくことができれば、故障を予知するのみならず、サイバー空間上でシミュレーションを展開する際にも役に立つ。そしてシミュレーションが高度化すれば、工場設計、製品設計というプロセスが、更に強いものとなるはずだ。
いま、こうしたメカニズムの解析・理解について一番近い取り組みがなされているのはPHMだろう。航空・宇宙という予算規模の大きな業界が主導しており、一般産業がすぐに取り入れられるのかは分からないが、これまでも航空・宇宙産業での先端技術は、こなれてくると他の産業へと展開されている。CPSの取り組みが本格化すれば、注目度はあがってくるだろう。

日本の強みは、IT側ではなく、機器や部品といった物理側にあるといえる。加えて、TPMといった全員参加活動を効果的に行える優秀な人材が現場にも多数いる。現場を知る者が統計解析やホワイトボックス型の機械学習などを使いこなすことができれば、メカニズムの解明に高いアドバンテージを持って挑むことができるのではないだろうか。
データアプローチは、今後、さらに重要性を増していくことだろう。しかし、データの解釈のみに目を奪われるのではなく、そこにある物理的な現象そのもののメカニズム解明に挑むことが、将来のCPSという世界において、大きな役割を果たしていくのではないだろうか。

忌部佳史

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忌部 佳史(インベ ヨシフミ) 理事研究員
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