製造業におけるAIの活用として、最も注目されているのが故障予知である。2017年に弊社では『2017 製造業のIoT活用の実態と展望 -保全・故障予知の現状とAI(人工知能)の可能性-』を発刊した。
さて、データアプローチによる故障予知ソリューションの市場規模だが、現在ITベンダーは主にPoC(概念検証)で提供しており、無償ないしは利益にならない程度の金額しか受け取っていないことが多い。そのため、データアプローチによる故障予知ソリューション市場規模とした場合、大きな期待が寄せられているAI分野の割には、かなり小規模なものとなる。 しかし、現在はまだ黎明期であり、今後は、スマートファクトリーの進展に伴い、故障予知は必要不可欠なものとなってくるだろう。プラント全体の監視システムに搭載されるのはもちろん、生産ロボット、シーケンサ、コンベアなど製造機器類、冷凍機、ボイラなどユーティリティ機器にも搭載されていくだろう。将来はシステムが高度化し、あらゆる工場、機器が単独では存在できなくなる。システムとは、一部の挙動が全体に影響を与えるという特性を持つ以上、機械自身が故障を予知し(自己認識)、その対策を自律調整するといった機能を持つことは、いわば必然だからである。 それがいつ実現できるのかは、現時点では推し量ることが難しいが、ここでは一つのシナリオを提示したい。
工場設備や機器がインターネットに接続され、データがIoTプラットフォームに蓄積されるという動きは、ユーザー側(工場側)ではなく、機器メーカー側主導で起きるだろう。特に企業の競争力に直結しないユーティリティ設備、例えば冷熱源設備(冷凍機、ボイラ、熱源系のポンプ、バルブ類など)や工場内の空調などが先行するだろう。 これに伴い、製造業のサービス業化が進展していく。大手機器メーカーは、出荷した製品のデータをIoTプラットフォーム(クラウド)へと集約するようになる。データ量の増加、解析方法の知見増加によって、大手機器メーカーは、自社製品について、新たな物理的なメカニズムや故障予知モデルを発見するようになっていく。産業用ロボット、FA機器、組立機器、プレス機、ポンプなど各分野におけるトップベンダー(数社)は、ある程度のレベルまで故障予知システムを構築していくと予測する。 ユーザー側でも、自社工場のスマートファクトリー化をめざし、生産機器から発信されるセンサーデータの蓄積を進めようとする。とはいえ、生産等に直結する工場現場データについては、外部のクラウドに保存することを拒否するだろう。 フィジカルの世界は、まだまだ理解できてないことがほとんどといっていい。データが取れるようになると、これまで想定していなかったような挙動など可視化されていく。先端ユーザーは統計手法やAIなどにより、それらのメカニズムの解明を試みる。しかしその理解は、粒度の小さいコンポーネントに留まり、システム全容までは及ばない。 工場のデジタルツイン(CPS)についても、サイバー空間上での構築が進められていく。工場設備を3Dで表現するのは早い段階で実施されるが、まだ稼働データを連動するところまでは進展しない。先駆的にこうした取り組みを進められるユーザー企業(国内)は、大手製造業のうち、30社程度であろう。
機器メーカーは、IoTプラットフォームに多くのデータを蓄積し、故障予知システムなどのアプリケーションを充実させていく。機器に対するデータの厚みがあることから、メカニズムの解析は進み、故障予知の精度も格段に進歩するだろう。また、これまでユーザーからのデータ提供を拒否されていた産業用ロボットやコンベアライン、各種生産機器といったベンダーのIoTプラットフォームも、ユーザーからの提供をうけデータ量が充実してくる。 ユーザー側は、各ベンダーがIoTプラットフォームを提供するようになったことから、自社工場を管理するために、自社データとプラットフォームの連携を模索する。工場のCPSは、そうしたデータ連携を通じて構築されていくだろう。 この頃になって、ようやく工場システム全体のメカニズム解明ができてきたと実感することだろう。故障予知の研究は、工場システムのメカニズムの理解とほぼ同義であり、メカニズムの理解は、CPSの完成度向上に必須の要素となる。 メカニズムが解明されていくにつれて、自律運転の機能も高度化してゆく。故障予知をシステムが自己認識し、生産計画を踏まえた上で、最適なメンテナンス時期をシステム側が提案するといったことが実現できているかもしれない。 この頃にこうしたスマート工場に意欲的に取り組んでいる国内企業は、大手製造業のうち85社程度と推計する。他方、機器ベンダーについては、2020年初頭にある程度パッケージ化された故障予知ソリューションをITベンダーが提供できていれば、全体の25%程度の機器ベンダーが採用していると見込む。
他の工場や他のメーカーと深くデータ連携しながら、サイバー側が主導となる生産活動が行われるだろう。そこではサイバー側で、他の工場が持つデータ等と頻繁に連携が試みられ、常に最適解を探し続けるようなことが行われるだろう。サイバー側がシミュレーションを行い、そのアウトプットを指針に、フィジカル側が制御される時代ともいえる。 例えば、自社工場の調達部品について、部品メーカー側の生産計画などと連携して、設計計画が自動的に生成される。部品在庫がなくなれば、自動的に外部の部品メーカーに発注がいき、補充が行われ、故障がおきれば、類似工場へと自動的に生産計画・発注を振り替えるというようなものだ。 工場の運営・管理という観点では、あちこちにあるプラットフォームに分散して蓄積されたデータを、統合さえしてしまえば、工場の持ち主でなくとも、運営・管理できる状態になっているだろう。よって、工場のオーナーとは別に、工場運営を代行する企業なども登場してくるだろう。 製造業は今まで以上に、新製品の開発、製品の品質向上などに重点がおかれ、その製品を製造するための新しい技術研究、ソフトウェアの開発、流通網の整備などに注力することになるだろう。 以上、CPS進展のストーリーを描いてみたが、現時点では、CPSといっても、まだまだ概念主導であり、その実態はよくわからない。また、故障予知もまだまだ多くの課題を抱えていることは間違いない。このように不透明極まりない現状ではあるが、それでもそこへ向けた研究開発を行わなければ、新しい未来を切り開くことはできない。 時代の変節点にいる我々は、仮想であっても一つのシナリオを描き、そこへ向けてチャレンジし、翌年にはシナリオを再設計し、またチャレンジし、そうした営みを休むことなく続けていくことが求められている。
(忌部佳史)
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