矢野経済研究所 ICT・金融ユニット

アナリストオピニオン
2013.07.05

改めて考えたい「組織」と「個人」との関係 ~学習する組織とゲーミフィケーション(後編)

環境に適応し、進化しつづける「学習する組織」

前回、不透明な時代を生き残るには、組織においても個人(組織メンバー)においても「環境に適応し、変化する力」が重要であるとお伝えした。この能力があれば、変化の激しい経営環境においても、継続的に高い成果を生み出し続けることが可能になる。

環境変化によって生じる様々な問題に対応するために、個人がビジョンを共有しながら、行動と学習を自発的に繰り返すことで組織全体としての能力が高まるという概念および経営手法は「学習する組織(ラーニングオーガニゼーション)」と言われる。なお、ここでの「学習」とは、単に知識の習得にとどまらず「思考や行動パターンをも変えていく」ことを指している。
この概念はハーバード大学のクリス・アージリスによって提唱され、その後MITのピーター・センゲによって実施手法として体系化されたものである。
センゲは、学習する組織を「あらゆるレベルのスタッフの意欲と学習能力を活かす術を見出した組織」であるとしている。つまり、すべての個人が自律的に、過去の組織文化や戦略の枠に縛られることなく、柔軟に変化に対応しながら自己を改革していく機能を備えている。それら個人アクションの積み重ねが、結果として「組織としての力」に繋がるとの考えに立っている。従来のように知識やノウハウだけでは組織としての「普遍的な強み」となりえない環境変化が激しい現代では、組織の学習スピードが競争優位となり、学習サイクルを循環させることで「持続的な成長」が実現できると考えられているのである。

では、「学習する組織」の構築をどのように進めていけば良いのだろうか。センゲは実現に向けての方法論として、以下の5つのプロセスを提示している。

1.自己マスタリー
自己の人生におけるビジョン(ありたい姿)と現状の差を明確に認識することで、継続的に自己の能力向上に取り組むこと。
 
2.メンタルモデルの克服
個人に固定化されたイメージや概念を認識し、検証・改善すること。
 
3.共有ビジョンの構築
将来の姿を構成員全員で共有すること。
 
4.チーム学習
意見交換やディスカッションにより、共同してチームの能力を向上させること。
 
5.システム思考
あらゆる物事・事象を相互関係で捉え、一連のシステムとして理解する考え方。

要するに、学習する組織とは、メンバーそれぞれが「自らのありたい姿と現状とのギャップ」を認識し、「思い込みや固定観念」を修正しながら、組織のメンバー全員で「未来像や目標」を共有し、全員が望む成果を生み出すために「コミュニケーションを通じて相互に支援」しあい、実現に向けての複雑に入り組んだ「問題の本質を捉え、解決策を見いだす」という一連のサイクルそのものと言えるのである。

【図表:「学習する組織」構築実現に向けての5つのプロセス】
【図表:「学習する組織」構築実現に向けての5つのプロセス】

矢野経済研究所作製

すべての出発点は個人の「内発的動機」を高めることにある

私が注目しているのは、「学習する組織」を実現するためには、個人が自らの意思で「ありたい姿」を描くことが出発点に置かれている点である。組織から準備される教育プログラムではなく、あくまで組織を自己実現の場と考えて、自発的に能力を高めようとするモチベーション(内発的動機)を前提としている点に最大の特徴があると感じている。
一般論になるが、子供を教育する場合でも「勉強しなさい」と頭ごなしに言うよりも、むしろ「将来何をしたいのか」を問いかけ自ら考えさせる方が、学習意欲の向上に繋がると言われる。つまり、人間は本来「自分は将来こうなりたい」という欲求(ビジョン)があれば、誰に言われずとも高いモチベーションをもって自ら進んで学習に取り組むものなのである。

しかし、ここで若手社員の早期離職の問題を少し思い返していただきたい。
仮に自らが「将来ありたい姿」をイメージし、内発的動機を高めることで自らを高め、その先に組織と一致したビジョンを実現していくことができれば、早期離職をする若手社員は減少すると考えられる。しかし、現実には早期離職は増加傾向にある。

今までも述べてきた通り、高度経済成長期には、昇給や昇進などのインセンティブ(外発的動機)によって、組織と個人のありたい姿(利害関係に近い?)が一致していた側面が大きい。しかし現代は、もはや十分な外発的動機を提供できるだけの余裕がある企業はごく限られてしまった。大多数の個人と組織が合意形成できる明快なキャリアモデルが存在しなくなり、「将来ありたい姿」が不透明になった若手社員は、内発的動機も外発的動機も高めることが非常に難しくなっているのが実態ではないかと考えている。
そう考えれば、組織として一刻も早く「自己マスタリー」促進に向けて、個人の内発的動機の向上に取り組まなければ、持続的な成長を実現することは困難になるであろう。

内発的動機を高める「ゲーミフィケーション」の仕組みに要注目

内発的動機の向上という観点において、昨今関心を寄せているのが「ゲーミフィケーション(Gamification)」という概念である。
ゲーミフィケーションとは、遊びや競争など人を熱中させる「ゲーム的な要素」を組み込むことで、ビジネス領域に応用したマーケティング手法の一種である。ゲーム以外の分野にゲーム的要素を組みこむことで、主に顧客のモチベーションやロイヤルティを向上させることを目的に導入される仕組みである。

昨今、このゲーミフィケーションの考え方を人事制度や日常業務に取り入れる企業が増えている。評価制度や業務プロセスにゲーム的要素を盛り込むことで、個人の内発的動機の向上を狙っているのである。
個人と組織の関係において、なぜゲーミフィケーション理論が活用されうるのだろうか。その背景には、ゲーミフィケーションが成立する「4つの条件」が関係している。

【図表:ゲーミフィケーションが成立する「4つの条件」】
【図表:ゲーミフィケーションが成立する「4つの条件」】

矢野経済研究所作製

以上の4つの条件が整うと、そこには「ゲーム性」が成立するとされる。
要するに、自ら設定したあるゴールを目指し、自らの成長を実感しながら、そのプロセスにおいても小さな成功体験を積み重ねながら、達成したあかつきには待ち望んでいたご褒美を得ることができるということを示している。
これが、ゲーミフィケーションの仕組みであるが、ゲーム好きの方はもちろん、普段はゲームをしない方々でも共感できる部分が多いのではないだろうか。

今回はゲーミフィケーション理論を一例に挙げたが、重要なのは環境変化が激しく先行きが不透明な時代にこそ、いかにして個人の内発的動機を高めて自発的な能力向上を促し、組織としての競争力に吸い上げるという「学習の循環」を回すことである。
これからの個人と組織は、互いに依存するのではなく「触発」しあうような関係が理想であると私は考えている。

関連リンク

■アナリストオピニオン
改めて考えたい「組織」と「個人」との関係 ~カギを握る環境適応力~(前編)

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